第27話 返却不可
※
体育祭の部活対抗リレーの出場選手として、半ば無理矢理エントリーさせられたその三日後。
部室には椅子に座り互いに向き合う俺と立花先輩、そして部室の隅で書庫の整理をしているらしいクロ先輩という面子。そんな中、俺はずっと気になっていたことを優雅にお茶を飲む立花先輩に聞くことにした。
「立花先輩は何カップですか?」
「これはティーカップだが?」
「Tカップですか、凄いですね!」
「おっとその反応は予想外だった」
俺の反応に呆れる立花先輩。
もしかして俺が「そういうこと聞いてるんじゃないですよ!」なんてベタな返答をするとでもお思いで?先輩もまだまだ俺のことを理解出来てないようですね。
「今お前の中で非常に不本意な誤解をされてる気がするんだけど」
「気のせいだと思います」
「というか…」と立花先輩は続ける。
「お前それ、セクハラだからな?」
「いやそういう意味で言ったんじゃないんですよ」
「人に胸の大きさ聞く理由が他にあってたまるか」
ごもっとも。
しかし本当に待ってほしい。俺は常々思っていたのだ。
「先輩って、本当に経験あるんですか?」
「は?お前何言ってんだ。当たり前だろ」
そこである。
俺が聞きたいのは。
「でも先輩って経験談とか語らないですよね?それって、」
「私が経験したことないから、ってことか」
こくこく、と俺は頷く。
そう、つまり、
「先輩ってファッションビッチなんじゃないんですか?」
俺の問いに、立花先輩は「ハハハッ」と魔王のような笑いをする。
「高2で最もイケメンで人気な桐生も見る目がねーなぁー!」
「ふはは、ふはは、ふぁっーふぁっー!」と笑う。
どんな笑い方だよ。悪魔か。
「私は男の股間を見るだけで大小を判別し、覚醒時の大きさを測定できる女だぞ?」
「そんな特殊能力知らない」
ここは異世界ファンタジーですか。
そんな特殊能力あったらパンツが意味をなさないじゃないか。
「そんな私が経験したことないわけないだろ?」
「は、はぁ…?」
なんか誤魔化されてる感がハンパないんですが。
すると、クロ先輩が整理しながら声を掛ける。
「立花は本当に経験済みだよ。僕が証明する」
「え、なんでですか?」
俺の問いにクロ先輩は、
「立花の初めての人は、僕の兄なんだ」
「…………」
これ以上触れないでおこう……。
※
10月半ば、宮崎高校の体育祭がスタートした。天気は快晴、気温も適温で、まさに体育祭日和と言えよう。
クラスごとに配られた赤、青、緑、黄の色分けTシャツ。各々自分のクラスの色のTシャツを着て、その色の手作り応援アイテムを身に纏う。俺達は赤組だ。
皆、全ての競技に出る訳では無いので、どちらかというと暇な時間の方が多い体育祭。競技を見る者、応援する者、待機の仕方は人それぞれだ。
そして、俺はといえば────
「桐生くん、写真、いいかな?」
「うんいいよ!」
絶賛イケメンとしての責務を全う中です。
俺は屈んで、話しかけてきた女子と同じくらいの目線の高さにする。
パシャとその女子が自撮りをし、「ありがとー♡」といって俺の元を去っていく。
いやーモテるわー。久しぶりだなーこの感覚。いつも、俺を無下に扱う立花先輩に絡まれているせいか、『俺はモテる』という事実をいつの間にか忘れていたらしい。
そんなことを思いながら俺は一言、
「イケメンも楽じゃないな」
「久しぶりに聞いた気がするそれ!明日人だから許されるセリフ!」
肩の力を抜きながら呟く俺に傍で見ていた凛がすさかずツッコミを入れる。どこか懐かしいやり取りだ。
「何気、匠も人気だよねー」
「まぁ、サッカー部だしな。そりゃあ人気もあるだろ」
「そうだねー」
俺達から少し離れた所で、女子から写真を頼まれツーショを撮る匠。
凛はそんな匠を眺めながら呟く。
そんな凛を横目に見ながら、俺は凛の言葉をふと思い出す。
『匠に告られた』『好きだよ明日人』
結局、凛の二度目の告白には応えていない。そして、簡単に「付き合えない」と割り切れるほど俺は凛のことを想っていない訳では無い。
凛の気持ちは今どこにあるのか、ついそれを気にしてしまう。
「お待たせ二人とも。悪いな待たせて」
俺、凛、匠。関係も立ち位置も何一つ変わっていないのに、春とは明らかに違う関係性。
その変化が嬉しいような、寂しいような。俺の心中はとても複雑だ。
匠が合流し、その後も俺は何人もの女子からツーショットを頼まれながら体育祭は進行する。
各々様々な思惑を胸に秘めながら────
※
「あーかーりっ!」
「わっ!……凛さんに匠くんに桐生くん……お揃いですね」
体育祭も中盤にさしかかり、一通り写真を撮り終えた頃。俺達は梔子さんのクラスの応援席に来ていた。
梔子さんは黄色組なので黄色の応援Tシャツを着ている。可愛い。
ちなみに、四月に会った時には匠のことを「たっくん」と呼ぼうとしていたが、やはりハードルが高かったらしく、今は君付けに収まっている。
「そういえば朱里はどの競技に出るの?」
「私ですか?……私は徒競走と棒引きですね」
ほうほう、梔子さんは徒競走と棒引きに出るのか。しっかりとこの目にその勇姿を焼き付けておかないとな。
すると、
「みんな、写真撮ろー!」
凛がそう言い、体操着のズボンのポケットからデジカメを取り出して内側カメラを起動する。俺らも合わせるように「撮りましょう……」「撮ろう」と口々に賛成する。
「はいほら寄って寄って」
「お、おう」
凛に促されるまま、俺達はデジカメのカメラに映るよう距離を詰める。
並び順は凛、梔子さん、俺、匠という順番で、俺は梔子さんと肩を寄せ合う形になる。
ふと隣にいる梔子さんを意識してしまい、自分の頬がみるみる赤くなっていっていることがわかる。
あぁ、好きだな……。
自然と自分の気持ちを再確認した俺は、願わずにはいられなかった。
「はいいくよー!」
いつか梔子さんを好きでなくなる時が来ても────
「はいチーズ!」
「「「はいチーズ!!!」」」
────この気持ちだけは忘れないでいよう。
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