第26話 時代は人見知りヒロイン
※
俺が梔子さんに追いつく覚悟を決めた三日後。
俺は如月先生の指導の元、文化祭で出した小説の手直しと書き足し作業を行っていた。
一分一秒とて無駄には出来ない。そう、
「ねぇ、変なことしてないで私の宿題手伝いなさいよ」
ホームルームはとうに終わり、閑散とした教室で俺と市ヶ谷の二人きり。俺が市ヶ谷を無視すると、「もうっ」と自ら目の前のプリントに向き合う。
窓が開いているせいか、教室内に涼やかな風が舞い込んで市ヶ谷の金髪を靡かせる。
根は真面目なんだな……
心の中でそう呟く。
おっと、甘酸っぱい展開を期待したそこの諸君。諸君の脳内はお花畑かなんかなのか?
市ヶ谷は確かに美少女と言えるので、興味が無いかと言われればもちろんあるが、興味があるかと聞かれれば無いに等しい。多少の良い面だけで人の印象は簡単に変わったりしないものだ。
「あーもう!なによこの三角関数の合成の復習って!」
「…………」
この女と甘酸っぱい展開になるなんて笑止。
俺は部室にいると先輩達が絡んできそうだったから教室に居残っただけに過ぎず、断じて市ヶ谷と戯れる為ではない。
「そんなの復習しなくたって覚えてるわよ!加法定理の逆なだけじゃない!」
「…………」
市ヶ谷が仰け反ったりドタバタと跳ねるので、無駄にたわわな胸が強調されるが、そんなこと俺には一切関係のないことだ。
「全く!私はなんで残されているの?!」
「…………」
間違いなく宿題未提出の罰だと思いますが。と、そんな野暮なツッコミなどしない。言うだけ無駄だ。
先程から視界にちょくちょく市ヶ谷が入ってる気がするが気のせいだろう。なぜなら俺から市ヶ谷までは前方斜めに二メートルほど視線をやらなければいけないのだ。小説の手直しで忙しい俺がそんなことをしている暇があるわけが無い。
「うーーーん」
市ヶ谷は背伸びをする。伸びた制服が市ヶ谷の体に見事にフィットし、やはり胸が強調される。
…………ダメだ、雑念が混ざっているな。
平常心だ平常心。そうだ素数でも数えよう!2、3、5、7……
「ねぇ!やっぱり手伝いなさいよ!」
「うるせぇぇぇ!!!俺は今、お前の宿題よりも可及的速やかにやんないといけない事があるんだ!少しは黙って宿題やれよおおお!!!」
「私の宿題よりも優先すべきことがあるわけないでしょう?」
俺の渾身の叫びに、なんら表情を変えることなく言い切る市ヶ谷。
そんな彼女の言葉に、思わず「いやあるだろ」とツッコミたかったが、声には出さなかった。
この女、めんどくせぇ……。
※
「今年は我々文芸部も部活対抗リレーに出ます」
「嫌だ」
「出ます」
「嫌だ」
「出ます!!!」
十月二週目の最終日。緊急の用だと呼び出された文芸部員。
全員が集まると開口一番、クロ先輩がそんなことを言い出した。それに反発したのは立花先輩。
「いいか?!二年生……いや、この学校のアイドル的存在である桐生がいるんだ。出ないという手段はないんだ!」
「ぐっ……」
「体育祭の部活対抗リレーは文芸部としても良い宣伝になる。もし、桐生を見た生徒が入部してくれたら言うことは無いだろう?」
クロ先輩の言ってることはわかるのだが、そんな簡単じゃない気がする……。
立花先輩がクロ先輩に言い押されている。珍しい光景だなぁ……暴行事件にならないといいが。
するとクロ先輩は右手の人差し指を立て、ここぞとばかりに言う。
「桐生に憧れて男子生徒が入ってくるかもしれないぞ?」
「出よう」
…………驚きのチョロさ。
立花先輩、予想以上のちょろいお手頃女じゃないですかー。
ラブコメでチョロインは甘えですよー。時代は
「というか、そもそも誰が出るんですか?」
「「「「…………」」」」
俺の問いに皆が押し黙る。
十月三週目に行われる宮崎高校の体育祭。別段特別なことをするわけでもなく、世間一般の体育祭といえば、と連想して出てくる競技しかない。
文化祭に比べ見劣りしてしまうが……。
「桐生は確定だろ」
「え、」
俺の問いに最初に答えたのは立花先輩。
立花先輩は俺の反応に、
「お前が出なきゃ男が入ってこねぇーだろ!愛しき私のため!尊い犠牲となれ!」
「それはそうかもですが!……って、愛しくないです!記憶改竄やめてください!」
するとクロ先輩がホワイトボードに黒いペンでキュッキュと『桐生』と記す。
……なんてブラックな部活なんだ……!
すると、
「わ、私も……桐生くんが走る姿……見たいです……」
俯きながら恥ずかしそうに言う梔子さん。
めっちゃ可愛いんですけど……!天使かな?天使なんだね。
それに、そんなこと言われちゃったら……
「で、出ますがな!」
出るしかないじゃないか。
その後、今さっきまでの調子はどうしたと言わんばかりに出場者が決まり、部活対抗リレーに出るのは俺とクロ先輩、立花先輩に決まった。
※
部活対抗リレーの出場者を決めた2日後の日曜日。俺は如月先生に小説の手直しを見てもらうため学校に来ていた。
「…………ふむ、読み終わったぞ」
「ど、どうでしたか?」
俺が手書きした原稿用紙から目線を上げた如月先生は、「そうだなぁ…」と言いながら感想を考えた。
「ストーリーの組み方は素晴らしいし、キャラも個性があっていいだろう。だがな……」
「……?」
如月先生が「言っていいのか?……作品のためには必要だよな?……でも教師として……」とボソボソと呟く。さっさと言って欲しいのだが。
「なんでも、思ったことを言ってください」
「え?言っていいの?」
「はい」
俺の言葉に如月先生は覚悟を決めたようだ。
「……エロがない」
「…………」
永遠とも取れる沈黙。
あれ、俺の目の前に座る方は如月先生ではなく、立花先輩だったのかな?まさか教師であろう方が「エロがない」などと言うわけがあるまいて……
「エロがないんだよ、エロが」
……やっぱり如月先生だ。
この前は「個性そんな強くないじゃん」などと思っていたが、ぶっちゃけ立花先輩とキャラ被りしてますよね?
誰とは言わないが、もうネタが無いのだろうか?
「いいか!小説なんてものはぶっちゃけ作者のオナニーと一緒なんだよ!そして評価されるのはそれだけ魅力的なオナニーということだ!」
「ちょっと何言ってんのかわからないです」
「つまりな!この中には読者を引き込むようなオナニーが書かれていない!」
「そんなの書くわけないでしょう?!」
ちょっとこの人何言ってんの?!
というか一気にギア掛かりすぎじゃないですかね?
「エロだエロ。お前ほどの有名人だ、女の子の一人や二人くらい手駒にして好き勝手やってるんだろう?」
「やってませんよ!!!」
「え、じゃあ桐生、童貞なのか……?」
「そうですが何か?!」
如月先生は先程まで掛かっていたギアが外れ、落ち着いた口調で言った。
「……なんか、ごめん……」
気まずそうに俺から目を逸らす如月先生。
この人の闇の部分を垣間見た気がしたのは気のせいだろうか……。
…………帰ろう。
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