第25話 新たな決意と共に
※
「改めて、私の名前は
俺は職員室内にある来賓用の応接室に案内され、センターテーブルを挟むようにダークブルーのソファに腰掛ける。
俺の正面に腰掛けた如月先生は、改めて自己紹介をするとノートパソコンを起動させる。
「桐生明日人。君が文芸部に入部した理由は大体察している」
「へ……?」
俺が文芸部に入部した理由は梔子さんに近付きたい一心だったのだが……。もしかしてバレているのか?いやでも、如月先生は部活に顔を出してないから梔子さんの変貌も知らないはず……。
「まぁ、それをここで論ずるつもりは無い。どんな理由であれ大歓迎だ。それで、だ。…………これを見てくれ」
「?」
如月先生は俺がノートパソコンの画面を見れるように回転させる。
画面に映し出されているのはワードで入力された文章。
これは……
「そう、我が部活に所属する梔子朱里の文章だ」
「はぁ……それがどうかしたんですか?」
俺の反応を見た如月先生は「まだ言ってなかったのか……」と呟くと、こほんとわざとらしい咳払いをする。
するとソファの背もたれに深々と腰を沈め腕を組む。
「我が文芸部は先日の宮崎祭で本を売り出したな?」
「はい、そうですね」
「そこで売り出した小説がある出版関係の人の目に止まってな」
それって……
「梔子朱里の小説を出版したいという打診が来た」
なるほどなるほど。
…………へ?
「今なんて?」
「梔子朱里にスカウトが来た」
「そマ?」
「そマだ」
如月先生は念の為か俺にその出版関係の人からというメールを見せる。どうやら本当らしい。ちなみに「そマ?」というのは「それマジ?」の略だ。
ということは、同じ冊子で出した俺の小説にも目を通している可能性がある。
「あの、俺には?」
「来てないな」
即答だった。なんか切ないな……。
どうやら目を付けてもらったのは梔子さんだけらしい……。そこで俺はふと文化祭でも杉本の発言を思い出す。
『今の朱里の腕は、そこらのプロ作家と並べるくらいある』
やはりあれは贔屓目などではなく、純粋に評価していたのだ。梔子さんにはプロと並び立つくらいの実力があると……。
そしてそれを見抜いたのが、同じ文芸部の俺ではなく杉本なのが無性に悔しい。
「ここ最近、梔子は部活には来ていないだろう?」
「……はい、そうですね」
「それはこの出版社に赴いていたからだ。彼女は書籍化に前向きだ」
「そうですか。……でもなんでそれを俺に?」
そう、別に俺に言う必要は無いのだ。
恐らくだが、先輩達の行動を見ている限りでは先輩達も知らないだろう。
なら何故俺に言うのか。
俺の言葉に、如月先生は妖美な笑みを浮かべながら言う。
「さぁ、
どうするって……。と俺は心の中で呟く。
如月先生の意図がわからない。
「どうするってどういうことですか?」
「察しが悪い主人公だなぁ」
「何の話ですか」
どこかに俺が主人公の小説でもあるのか?なんか触れちゃいけなさそうなとこなのでやめておこう。
「梔子朱里は、大事が無ければこのまま小説家となる道を辿るだろう」
「はぁ……」
如月先生の話に俺は曖昧な相槌を打つことしかできない。
どうするって、普通に考えれば小説家となった梔子さんに対する対応。という話になるのだが……。
「教師の立場として贔屓するのは良くないんだが……」
と言って再びノートパソコンでなにやら作業をする如月先生。
マウスを動かす手を止めると画面を再び俺にむける。
画面は満遍なく文章が打ち込まれたワード。しかしその文章には見覚えがある。
「これって、……俺の」
「そうだ」
如月先生は「これは提案なんだがな……」と言いながら、画面を見ずにマウスを動かしインターネットのとあるページを開く。
なにその珍技。普通にすごくない?
「お前の作品を手直しし、これに応募する。……どうだ?」
とあるページ────出版社の新人賞の短編部門を俺に見せながら如月先生は提案する。
新人賞受賞なんて並外れたこと、俺に出来るわけがない。俺は一瞬にしてそんな考えが脳裏をよぎる。だけど────
────今ならまだ梔子さんに手が届く。
きっとこの機会を逃して梔子さんが小説家としての肩書きを手に入れたら、俺はもうきっと梔子さんには手が届かない。
俺の持つ肩書きと梔子さんが手に入れる肩書きは、価値や重みが違う。
なら、答えは一つしかないじゃないか。
「はい、やらせてください!」
俺が長考した末に出した結論に、如月先生はにへらと微笑んで見せた。
※
職員室を後にした俺は、荷物を取りに部室に行き、先輩達が帰っていることを確認すると帰ることにした。
「それにしても……」
クロ先輩が言っていた強烈な個性とはなんだったのだろうか。
直接話し合った分には大して強烈な個性を感じなかったのだが……。
すると、
「……あ、あの……!桐生くん」
「?……梔子さん」
廊下を歩いていた俺に後ろから声をかけてきた梔子さん。
腕にスクバを通している所を見ると、どうやら梔子さんも帰るつもりらしい。
「久しぶり」
「あ、お久しぶりです……!すいません……最近部活出れてなくて……今日はその、忘れ物をしてしまって……」
気にしてたのか……。
そもそも俺と梔子さんはクラスが違うから部活のない日などはあまり……というか全然話さない。こうして話すだけでも久しぶりだ。
忘れ物をしちゃう梔子さんもキュートでベリーグッド。
「いいよ全然。それより聞いたよ、出版社の人に目を掛けてもらったんだって?凄いじゃん!」
「……あ、聞いたんですね。あ、ありがとうございます……」
俺のいつもの何気ない対応に、梔子さんは安心したような笑みを浮かべる。
それを見るとやはり思ってしまうのだ────
────やっぱり好きだなぁ……。
君のその笑顔をずっと見ていたい。
俺にだけその笑顔を見せて欲しい。
今の俺には考えるべきことが多すぎる。
凛や匠、小説のこと、梔子さんのこと。
間違いなく全て大切で、何一つ
だから、まずは一個、ケジメ。……いや、覚悟を決めようと思う。
「梔子さん」
「……はい……?」
君が誰かの彼女になっても、俺の彼女じゃない限り、俺は君を諦められない。
だから、まだ待っていて欲しい。置いていかないで欲しい。
「負けないから」
俺が、君に追いつくまで────
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