第24話 ラブコメに平和パートはいらない

 ※

 実はここ数日、梔子さんが部活に顔を出さなくなった。

 学校が終わるとすぐにどこかに行ってしまうらしく、杉本ですら事情を把握していないらしい。


「どうしたんだろう……梔子さん」


 特に文化祭が終わった辺りから来なくなった。

 まさかあのナンパしてた奴らに日々絡まれてるとか?有り得る話だが、それなら杉本に相談しそうなものだ。


「あの……そろそろ助けてほしい……げふっ?!」


 進路希望の相談をした五日後。

 俺は部室の机に頬杖をつき、右手を頬にあてながら一人考え事に耽ける。

 今聞こえたSOSはきっと幻聴だろう。そうか、俺は疲れてるんだな……。色々あったもんな。


「き、……桐生くん……君には人の心がないのか……?」


 いくら幻聴とはいえ、俺に人の心がないとは酷いことを。

 俺はむしろ人の心がある方だろう。

 そう、目の前に広がる────


「な、いいだろ?ちょっとだけだから!」

「や、やめろー!死ぬ!これ以上は死んじゃう!」

「えい♡」

「ぎゃぁぁぁぁああああ?!?!?!?!?!」


 ────人の心がないとしか思えない立花先輩に比べれば。

 下田先輩は悲鳴とも奇声とも取れる声を上げ、立花先輩が離れると床にうつ伏せのまま起き上がってこない。

 ちなみに、今二人がやっていたのは最近JKに流行っている柔軟体操らしい。

 いつもの如くアイドル応援活動、略してアイカツに精を出していた下田先輩を見た立花先輩が文化祭での勝った権利を行使。その結果がこれである。


「……桐生くんはこの光景をみて、大丈夫?の一言も掛けない……」

「大丈夫ですか先輩」

「大丈夫じゃないよ!」


 大丈夫そうだ。

 慣れとは怖いもので、部室内で誰かが怪奇な声を上げていても特に思う所がない。これは進化なのか劣化なのか。


「人とは……成長するものだなぁ……」

「ねぇ今感慨に耽る場面じゃぁぁあいたぁぁぁあ!!!」


 再び下田先輩の悲鳴が部室内に響き渡り、立花先輩が笑い転げる。

 ふと、ここで脳内に文字列が降りてきた。俺は思い浮かんだまま口にしてみた。


「『人とは環境に影響を受けるものであり、環境とは人が造りだすものである』」

「「つまり?」」


 俺の言葉にゴクリと先輩二人が唾を飲む。


「先輩達が俺をこんなにしたんだ」

「「人のせいにするな!!」」


 同時にツッコまれた。

 あれぇー?俺おかしなこと言ったかな……?



 ※

 十月も半ばに差し掛かり、紅葉した葉が舞い散る光景がチラホラ見え始める頃。

 俺には最近になってまた一つ厄介事が増えた。


 ……いや、増えたというよりやって来た。


「桐生、数学教えてほしいんだけど」


 教室で部活までの時間を潰していた俺に話しかけてきたのは市ヶ谷鈴里。

 何故か最近こいつによく絡まれる。


「勉強に関する質問は受け付けてないぞ。そういうのは凛とか匠の方がオススメだ」

「あなたは言葉を理解できないの?私はに聞いてるの」

「それが教えを乞う態度かよ……。悪いが俺は暇じゃないんだ。あっちいけしっし」

「スマホでガチャを回しながら言われても説得力ないわよ」


 ちっ……。

 俺は心の中で舌打ちをしつつ、爆死したガチャのアプリを落とす。


「そもそも私が教えを乞っているのよ?私に教授出来ることに感謝しなさいよ」

「おっとそろそろ部活の時間だぁーじゃあなー」

「いいでしょ遅れたって!運動部じゃあるまいし!」


 俺が横に掛けたスクバを取り席を立とうとすると、伸ばした手の手首を市ヶ谷が掴んだ。


「逃げようとしても無駄よ。今日という今日は逃がさないわ。観念なさい」


 お前はどこの女警官だよ……。

 というか握る手の握力考えよう?徐々に力がこもってきて痛いんだが……。


「わぁーたよ、何がわかんないの?」

「観念したのね偉いわ。えーと、この放物線の準線・焦点の一般化なんだけど……」

「わかるわけねーだろ!!!」


 数Ⅲの範囲じゃねーか!

 大して賢くない高2に難しいやつやめて!



 ※

 梔子さんが部活に来なくなって一週間程度経ったある日。

 いつもの光景から梔子さんだけがなくなってしまった部室。心なしか物寂しい。

 そんな中、俺は一度気になっていたことを口にした。


「うちの部って顧問誰なんですか?」


 部が存続するためには当然だが顧問という立場の教師が必要不可欠だ。だがしかし、未だかつて俺は一度も顧問を見たことがない。入部届は担任に渡したし……。


「なんで先輩達目を逸らすんですか」


 俺が顧問を聞いてから一向に目を合わせようとしてこない先輩三人。


「顧問、いますよね?」


 ここもしかして顧問のいない寄り合いだったの?

 と、そんな俺の疑問に答えるようにクロ先輩が答える。


「いや、顧問はいる。いるんだが……」

「何かあるんですか?」

「ある。……いや、問題というより個性が強すぎるんだ……」


 個性が強いってなんだろう。

 俺からすれば、ここの先輩三人は全員個性が強いのだが……。


「その個性がゆえに周りの人間、もとい生徒は近寄ろうとしない」


 なんだそれ……どんな超人社会だよ。

 そんなに強烈な……。しかもただえさえ強烈なクロ先輩達が言うのだから何かあるのだろう。


「だから、部室出禁にした」

「え……」


 部活の顧問なのに部室出禁になるとか前代未聞すぎませんかね。どんだけヤバい人なんだよ。

 すると立花先輩が、


「あの人はヤバいぞ。何がヤバいってとにかくヤバい」

「すいません、今のところ俺にはとにかくヤバいって情報しか入ってないんですが」


 もっと具体的なことを聞きたい。

 するとタイミングを見計らったかのように校内放送を合図するチャイムが鳴った。


『文芸部、桐生明日人。至急職員室に来るように』


 流れたのは若い女性の声。しかし聞き覚えがない。

 すると、


「桐生!お前何しでかした?!」


 立花先輩が俺の両肩を掴むとグワングワンと揺らす。え、色々と身に覚えが無さすぎるんですが……。

 しかし、呼ばれたからには行かないわけにもいかないので……。


「とりあえず行ってきます」


俺は皆から「生きて帰ってこい……」と言われながら立ち去った。



 ────職員室前に立った俺はふぅと息を吐き出すと扉をノックする。

立花先輩達のあの動揺を見るに、俺を呼んだのは恐らく文芸部の顧問の先生なのだろう。あの先輩達があれだけ動揺するのだ、果たしてどんな猛者なのか。

覚悟を決めた俺は横開きの扉をスライドさせる。


「失礼します。桐生です」

「……お、来たな桐生!」


 俺に声をかけたのはやはり若い女性だった。

 スラリとした顔立ちで、ストレートに長く伸びた黒髪。そして体にフィットしたジーンズがその長く細い脚を強調する。そこにまさかのジャージという異色の組み合わせ。


「初めましてだな、私が文芸部顧問の如月洋子きさらぎ ようこだ。よろしく、桐生明日人」


 如月洋子と名乗ったその女性は妖美な笑みを浮かべてみせた。

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