第23話 傷心者ども

 ※


「ふぁっふぁっふぁっひゃっひゃっひゃっ!」


 部室内に響き渡る怪奇な声。

 声の主はもちろん立花先輩。肩に『本日の主役』と書かれたタスキを掛けている。

 そんな立花先輩に見下ろされているのは下田先輩。正座をしながら歯をきしませている。

 そういえば、二人は売れた冊数で勝負してたんだっけ……。勝った方がなんでも言うことを聞く、という契約らしい。

 しかしそんなこと、今の俺にはどうだっていい……。


「なぁ見ろ!ドルヲタをついに討ち取ったぞ!」

「「……ぐっ!」」


 立花先輩の言葉が俺と下田先輩の心に50ダメージ。なんという殺傷能力。

 今この部室には俺と立花先輩、下田先輩の三人。梔子さんがいないので、立花先輩は平気で無抵抗な俺と下田先輩をボコボコにする。


「おい負け男、いつまで突っ伏してんだ。私があのドルヲタに勝った瞬間だぞ?写メだ写メ!」


 もはや、ただのオーバーキルと言うべきだろう。

 俺は顔を上げスマホを取り出し、速攻でパシャると再び突っ伏した。


「いつまで落ち込んでんだ二人とも」

「「誰のせいだと?!」」

「え、私か?」


 あんた以外誰がいんだよ!

 ただでさえ告白するタイミングを逃して落ち込んでんのに追い討ち掛けてきたのは誰だよ!あんただよ!


「一回告白失敗した程度で落ち込むなんてさすが童貞だな!」

「失敗じゃないし!タイミング逃しただけだし!」

「ポジティブなのはいい事だぞ!童貞らしい!」

「励ますのか貶すのかどっちかにしてくださいよ……」


 その後、俺と下田先輩は数十分に渡り死体撃ちされた。



 ※

 9月最終日、学年も折り返しになる頃。高2の俺たちには避けて通れない関門が訪れる。

 それはとある日の帰りのホームルーム後。


「進路かあ……」


 そう言って俺は担任から配布された『進路希望書』と大きく書かれたプリントを眺めた。

 プリントには【進学or就職】【志望大学】【志望動機】【希望の職業】【私文or国文】という四つの項目。【私文or国文】なのは高2のクラスが文系クラスだからだ。


「あーーすーーーとっ!」


 担任が教室を出ていったのを見計らって凛が寄ってきた。そして匠もやってくる。

 清々しい凛の顔を見ると、未だスポッチャでの告白に対するちゃんとした返事をしていないのが後ろめたく感じてしまう。

 それもこれも全部立花先輩のせいにしようと思う。


「明日人はどうするの?進路」

「俺なー……どうしよっかなぁ……匠はどうなんだ?」

「俺?俺はスポーツ推薦」

「「えぇ?!」」


 すすす、スポーツ推薦?!

 うちの学校ってそんな凄いとこまでいったの?!


「……を狙っていこうと思う」

「「………」」


 なんだろう、この釈然としない感じ。

 そうだよ、よくよく考えればスポーツ推薦を取れるような成績を出したなら校内で大々的に取り上げるはずだ。俺と凛が知らないはずがない。

 匠ってこんな冗談言うやつだったっけ?


「……じゃあ凛は?」

「じゃあの使い方合ってなくないそれ?まあいいけど……。私はねー、国文だよっ!」

「「ほー」」


 凛の進路に俺と匠は思わず頷く。


「私の成績なら、国文でも私文でも変わんないしね。だったら学費浮かすためにも国文のほうがいいかなって!」

「「案外しっかりと考えてて意外」」

「失礼って言葉知ってる?男子共」


 凛がちゃんと考えているのは意外だった。

 こいつは真面目なところは真面目だけど、こういうのは勢いで決めがちな奴だと思っていたから。

 ……俺はまだ凛のことも匠のことも全然知らないってことだな。


「それで、明日人はどうするの?」

「そうだなぁ…。俺はもう少し考えてみるよ」


 考えることが多すぎる。一度整理しないといけないと思う。

 進路のこと、梔子さんのこと、凛のこと、匠のこと。どれも全て大切なことだ。


「そうだな、部活の先輩とかに相談して見るのもアリなんじゃないか?」

「匠ナイス」


 そうだよこの手が合ったじゃないか!

 俺には部活の先輩という頼れる存在が────



 ※


「進路?テキトーだな」


 ────頼れる先輩がいるような部活じゃないことを俺は悔やんだ。

 俺は匠の案を名案だとばかりに興奮し、部室にいた立花先輩を捕まえると机を挟むようにパイプ椅子に座った。その結果がこれだ。

 ……なんで俺はもっと冷静になれなかったのか。


「進路なんて今からしっかり考えるやつの方が少ないだろ。将来なりたいものを見つけて、それに必要なのはなんなのかを考えりゃいい」

「…は、はぁ…」

「ちわー」


 俺が立花先輩に進路について聞いていると、クロ先輩が部室に来た。

 この際、クロ先輩にも聞いておこうか。

 俺はクロ先輩に立花先輩にしたのと同じ説明をした。


「うーん、進路かぁ。もうそんな時期だもんね」

「意外と早いもんだよな〜」

「あんまり重く受け止める必要はないと思うよ。この紙一枚で全てが決まるわけじゃないし」


 最初からクロ先輩に相談すればよかった……。


「まあ、僕は将来なりたいものとか行きたい大学は決まってたから悩まなかったけど」


 うんー?さっきまで「説得力あるなぁ」とか思ってたけど実はないのでは……。


「私もそんな感じだな」

「先輩は将来の夢『お嫁さん♡』とか書いてそうですよね」

「ありそう。結婚願望強い人ほど婚期逃すって言うけどね」


 瞬間、俺とクロ先輩の髪が立花先輩によって鷲掴みにされる。


「おい、言いたい放題じゃねーか。あぁ進路希望書には『立派なお嫁さん』と書いたさ!それに婚期逃してないし!こちとらまだピチピチのJKだぞコラァ!」


 どこのチンピラだよ……。ここは千葉じゃないんだから……。というか書いたんかい。

 立花先輩は俺の髪を勢いよく手放し、俺はその反動でパイプ椅子に背中を仰け反らせた。


「JKの希少価値もわかんねえーのかクソ童貞が!」

「JKってのに誇り持ちすぎでしょ……」

「JKに誇り持って何が悪いんだクソ童貞!」

「クソ童貞クソ童貞言わないでください!」


 立花先輩は俺を髪を掴んでいた手とは違う手て机を強く叩く。そして俺と立花先輩は気付いた……


「…ふ、…二人とも……落ち着け……」


 立花先輩が叩いたせいで、漫画のように額から湯気を上げているクロ先輩が死にそうな声で言った。


「「すいません」」

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