第22話 合理的虚偽は合理的

 ※


「俺のカノジョに何か用ですか────ッ!」


 俺の声が校舎裏の空間に響き渡る。

 男達、唖然。梔子さんも唖然。

 俺以外誰一人として状況把握ができていない中、俺は続ける。


「お兄さん達、すいませんが俺のカノジョなのでちょっかい出さないでもらえませんか?」


 足はガクガク。声が震えたり裏返ったりしないよう気をつけるだけで精一杯だ。

 頼む、引いてくれ────


「なんだ、男いんのかよ…。ちっ」

「もっと早く来いよクソガキ」


 男達は冷たい一言を放ってこの場から離れていく。

 男達の姿が完全に見えなくなってから……


「はぁ〜……こっわ!」


 俺はみっともなく呟き、肩を撫で下ろした。

 嫌だって怖いものは怖いじゃん!めっちゃ怖いんよ!なろう系主人公マジどうかしてる!


「梔子さん、大丈…?!」


 俺が梔子さんに声をかけた途端、梔子さんが俺の胸元へ飛び込んできた。

 え?え?えぇぇ?!


「怖かった…です……」

「ごめん、もっと早く来れなくて…」

「いいんです……。来て……くれて……。……助けてくれてありがとうございます」

「うん」


 俺はそっと梔子さんを両腕で包み込む。

 ヤバい柔らかいよぉ!女の子の、しかも好きな人の体抱きしめてるよぉ!!!


「本当に……ありがとうございます……!」

「うん」


 やったかいがあったという達成感とは、まさしくこういうことなんだろう。

 なろう系主人公が何故ヒロインのために頑張るのか。それはきっと、道中どんな辛いことがあっても、それを乗り越えて助け出した時に貰う「ありがとう」の一言がこんなにも嬉しいからなんだ。


「よかった……無事で」

「はい…」


 そりゃかの有名なマリオも何度もピーチ姫を助けに行くよな……。


「戻ろう」

「はい……!」


 俺と梔子さんは校舎裏から人混みの多い通りへ移動する。

 いや待て、ここでこのまま帰ってはダメだ。これはきっと神様が俺に与えたチャンス!

 これを逃してしまうものか!


「梔子さん大丈夫?変なこととかされなかった?」

「いえ……なにも」


 人混みを掻き分けるタイミングを見計らう俺と梔子さん。

 入るタイミングがない。これは好機!

 話すネタになり、かつ梔子さんとの時間を確保出来る話題。それは、


「ここを突っきるより、回り道した方が早いかもね。どうする?」


 提案しておいて決定権を相手に与えるというセコい手。回り道した方が早いなんて嘘だ。しかしこの人混みでは所要時間は恐らくそんなに変わらないので、部活のシフトにも大幅に欠席ということにはならないだろう。素晴らしい合理的虚偽!

 梔子さんは「……そ、そうですね……」と少し考えて、


「回り道……しましょうか……」


 俺は心の中でガッツポーズを決める。

 今日の神様は俺の味方だ!



 ※

 裏口から校舎内に入った俺と梔子さん。

 とりあえずは人の流れに逆らわずに流される。


「すごい人だね」

「そうですね……外よりはマシですが……」


 どうしよう。思っていたより校舎内にも人がいて二人きりで話せる空間がない。

 ………いや待てよ?


「梔子さん!」

「……はい?……っ!」


 俺は思い切り踏み出すと、梔子さんの手を握る。

 立花先輩は言った『" 後出しがダメ " なんて誰が決めたんだ?』。なら存分に後出ししていこうじゃないか。

 そしてその舞台は既に整っている。


『お前みたいなクソ童貞野郎は、いつどのタイミングで〜ってうじうじ悩みそうだからな』────告白祭。


 俺なら出来る。

 あとはそれまでにアプローチをどれだけできるか。


『これに出ろ、掻っ攫え』────最高にカッコよく、誰にも劣らない告白を。



「はぐれないように手繋ごう!」



 俺は梔子さんに告げる。

 梔子さんは一瞬目を見開き、辺りの様子を見渡した。


「そうですね……でも、は、恥ずかしいので……低い位置でお願い……します…」


 確かにこの人混みなら低い位置で繋げば手を繋いでいるとバレる心配はない。

 普通なら彼氏がいるのに他の男と手を繋ぐなどあってはならないが……、梔子さんにこそ通じるこのタブー。


「うん」


 この瞬間、大きな一歩を踏み出した気がした。



 ※


「おかえり朱里ちゃん!」


 文芸部のブースに帰ると、今日の販売分を売り終えた立花先輩が梔子さんに駆け寄った。

 バレないようそっと手を離す俺と梔子さん。サービスタイム終了か……。


「遅いから心配したんだ大丈夫?!」

「だ、大丈夫です……桐生くんが来てくれたので…ん」


 少し顔を赤らめる梔子さん。

 すると立花先輩は「お前……」と俺の方をむく。


「今夜はわっしょいだな!」

「「わっしょいわっしょい」」


 立花先輩の言葉に合わせてクロ先輩と下田先輩が盛り上げる。

 なにこのノリ……。


「わっしょいってなんですか?」

「わああああ!!!梔子さんは大丈夫!知らないくていいことだから!」


 この汚れた先輩達のようにはならないで、いつまでもピュアでいて欲しい。

 なにより、せっかく上げた好感度を下げるわけにはいかない!


「まぁ無事でなにより、桐生と梔子は上がっていいよ」

「「ありがとうございます」」


 ちなみに立花先輩の小説はお昼を待たずして完売している。……エロの力ってすごい。

 文芸部ブースを離れた俺は凛と合流し、今度はクラスのシフトへ。それも程なくして終了し、お昼を挟み、その後も何かと一悶着あって、なんとか宮崎祭一日目が終了。


 明日は二日目。そして後夜祭もとい告白祭がある。少しでも好感度が上がるように努めたし、これを逃したら次はいつ来るかわからない。



 ────最高にカッコよくかっ攫ってやる!



 そして待ちに待った二日目の朝。俺の決意は唐突に、そして無惨に切り捨てられた。



『悪天候のため、本日の宮崎祭及び後夜祭は中止とします。』



 学校から送られてきたその一通のメールによって。

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