第21話 動き出す未来

 ※

 宮崎高校の校門から校舎へと続く一本の大きな通りに沿うように、各部活の出店が立ち並ぶ。

 来場者が行き交い、盛んに声が飛び交う。

 そんな中、


「売れる!売れるわ!あっひゃっひゃ!売れてるわ!私の本が!」

「売れてるぞおおお!!!僕の本が売れてる!」

「私の方が売れてるし!」

「いいや、僕だね!」


 文芸部の出店から溢れ出すのは煩悩と欲望。

 なんて申し訳ないのだろう……。文芸部以外は一所懸命に部活紹介や受験生への応援、純な熱意に溢れているというのに。

 しかも次第に他の部活を見てた人達がこっちに流れてくるもんだから申し訳ない。


「あ、私…飲み物買ってきていいですか?」

「うん、いいよ。任せといて」


 梔子さんは部活の出店を後にし、飲み物を買いに行く。もちろん制服で。立花先輩がメイド服なのだから、梔子さんも着てくれるかもと期待したが、一切そんなことは無く……。

 すると、立花先輩でも下田先輩でもなく、俺の売り本の前に誰かが並んだ。


「あ、いらっしゃ……」

「よっ桐生」

「なんだお前か……杉本」


 現れたのは杉本風磨。

 何しに来たんだ……?この前の続きなら後にして欲しいが…。


「一冊買う」


 普通に買いに来ただけかよ。

 俺は「300円です」と言って、100円玉3枚と交換する。


「彼女の本を買いに来るとは、随分と優しいんだな?」

「そう?普通だと思うけど……。というか、俺は朱里の小説のファンだし」


 普通?普通なのか?!彼女の本を買いに来るのは普通……。そっか普通か……。付き合ったことがない俺にはその感覚は全くわからない。

 というか、


「ファン?」

「そうだ。前に朱里が書いた小説を読んだ時から」


 梔子さんの自作小説…だと?!

 しかも知ってるのは杉本と本人だけというスーパーシークレットノベル。

 う、羨ましい!


「今の朱里の腕は、そこらのプロ作家と並べるくらいある。流石にミリオンセラー作家とは並べないだろうが」

「……お前、小説読めるのか?」

「桐生。俺のことを運動神経抜群のお前より少しだけ顔が悪い奴だと思ってるだろ?」

「微塵も思ってないんだが」


 なんだこのナルシストは。俺?俺は違うよ事実じゃん。しかしこのナルシストは俺の心中など知らずに話し続ける。


「読める。と言ったら少し変だが、文の善し悪しはわかるつまりだし、朱里の小説は贔屓目無しで十分商業作品として通じるレベルだ。部活という枠組みに収めているのが勿体ないくらいに」


 杉本の言葉を真に受けるわけではないが、本当に梔子さんにそんな力があるのか……?

 杉本はそれだけ言うと、


「それじゃあ俺は部活の方に戻るよ」

「おう、二度と来んな」

「はいはい」


 呆れたように文芸部のブースを離れ、人混みの中に紛れていった杉本。

 そんな杉本の後ろ姿を眺めていた俺は突然後ろから声を掛けられた。


「おい桐生」

「な、なんですか?」


 立花先輩に後ろから肩を掴まれた俺はぎょっとしながら振り向く。

 すると立花先輩は神妙な面持ちで言った。


「あいつ、いい男だな」

「追い討ちやめてぇ!」



 ※

 梔子さんが持ち場を離れて十五分。

 いくらなんでも時間がかかりすぎではないだろうか。ここから近い自動販売機は五分としない所にある。人混みで漂流でもしてない限り帰ってこないというのはおかしい。

 様子でも見に行ってみるか……?


「クロ先輩、一旦離れてもいいですか?」

「うんいいよ」


 俺はクロ先輩の承諾を得て、文芸部のブースを離れる。

 人混みを掻き分け、とりあえず文芸部のブースから一番近い自動販売機へ急ぐ。

 すると、


「あれ、明日人。もうシフト終わり?」

「凛か、悪いまだ終わってないんだが……」


 凛は俺と梔子さんのシフトが終わるまでブラブラすると言っていたが、ここで出くわすとは。

 そんなことよりも、


「ごめん急いでんだ。梔子さんが…」

「朱里?なにかあったの?」

「自販機行ったっきり帰ってこないんだよ、そんな遠い距離じゃないはずなのに…」

「分かった私も探すよ」

「悪い助かる」


 俺と凛は手分けして探すことに。

 俺は当初の予定通り、文芸部のブースをからすぐの自販機に到着するが……


「……やっぱ、いないか…」


 既に購入を終えているのであれば、戻ってないのはおかしい。梔子さんはシフトをサボるような人間ではないし、彼氏の杉本が連れ出したにしても、なんかしら連絡は寄越しそうなものだろう。

 俺が自販機から離れようとした瞬間、



「ちょ……やめてください……!」



 自販機の更に奥を曲がった辺り、言わば校舎裏から声がした。

 まさか……!

 俺は校舎の壁に張り付くと、そっと裏の様子を覗く。


「な?いいだろ?俺たちと楽しもうぜ!朝から朝までよぉ!」


 ワンナイトラブどころじゃないじゃないか。


「……マジかよ」


 やはり絡まれていたのは梔子さん。

 筋肉が浮き立った二人組のタンクトップ男に挟まれている。

 なんでこう悪者の男はタンクトップなのだろうか。そんなに己の筋肉を見せつけたいのだろうか。

 そんなことより、今すぐ助けないと……!


 俺は一歩を踏み出そうとして、立ち止まった。


 足がすくんで動けないとはまさにこのこと。一歩踏み出せば変わるのに、その一歩が踏み出せない。ガタガタと小刻みに震える脚。

 頭では何をすべきかわかっているのに、体が言うことを聞かない。

 動けないなら誰か助けを────


「誰か…!助け……!」

「ッ!」


 ────そうじゃないだろ!そんな時間はない!俺が助けないといけない!


好きな子が助けを求めてるのに動けない人ではいたくない!


 次の瞬間、俺はすくんだ足に鞭打って走り出す!

 走り出した理由は色々あって、好感度を上げたいとか、良いところを見せたいとか、梔子さんの前ではカッコよくいたいとか────


 男達が俺の接近に気付く頃には、俺はもう既に二人の間を通り抜け、梔子さんの元へ。

 そして男達に一言。



「俺の彼女に何か用ですか────ッ!」



 どうよ、今日の俺めっちゃカッコよくない?

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