第20話 闘争心
※
『この度はようこそ宮崎祭へ。来場の方は受付で────』
9月23日。宮崎祭が開催された。
出だしの来場者数は去年と同じくらいだろう。各クラスの出店や部活動の出店の勧誘が忙しなく行われる。
匠は早々にサッカー部の出店中の某バラエティ番組のパロディゲームの勧誘に行った。
「明日人っ!一緒に回ろ!」
「お、おう…」
誰と回るかなどと考えているうちに凛に腕を掴まれ、俺は導かれるまま共に歩く。
ここ最近凛のアタックはなりを潜めたと思っていたが、この機会を待っていたらしい。
「なんなら朱里も誘おうよ!」
「えっ?」
「ダメかな?」
「いや全然いいけど…」
俺としては願ったり叶ったりなんだが……。
まさか凛の方から言ってくるとは思っていなかったので驚いてしまった。
俺と凛は隣のクラスに入り、一人でいた梔子さんに声を掛ける。
「い、いいんですか……?!」
「もちろんだよ!」
「いや……でも悪いです……」
「え、なにが?」
梔子さんは気まずそうにチラチラと俺と凛を見る。
あ、……
「いや!これはそういうのじゃないから!」
俺は凛の腕を少し強引に振り解き、慌てて弁解する。
「そうだよ朱里。私達いつもこんなだから!…ねっ!」
「お、おい…!」
凛は俺の胸元に頭をつけ、すりすりと頭を動かす。
うっ……いい香りだよぉ……。
「そういうことなら……ありがたく…」
やっぱり誤解は解けてないようで、梔子さんは「やっぱり出来てるんじゃないかな?」みたいな顔でこっちを見てくる。
今日の凛はなにかと積極的すぎませんかね……。もちろん嬉しいことに変わりはないが。
開幕から波乱すぎる!
※
「はい明日人あーん」
「いやいやいや!」
「はいあーん」
「…あ、あーん……」
恥ずか死ぬ!
外販のたこ焼きを買った俺らは、イートインのために設けられた教室で食べていた。机を四つ組み合わせたものにテーブルクロスを敷いたもので、俺の隣には凛。正面に梔子さん。
元々美人というので学校で名の通っている凛と、この春イメチェンし隠れ美人だった梔子さんを連れている俺。
あちらこちらから「やっぱ田川さんは可愛いよな。もう一人も捨て難いぞ」とか、「俺は左かな、右もいい」とか「誰だあのモブ。…ん?あの桐生明日人だぞ」
美人が二人もいると俺の存在感ってここまで落ちるの?!なにげにショックなんですが。
というか、影で不本意なあだ名が付けられてそうで怖いんですが。
「あ、桐生くん……!時間……!」
「え?あ、ほんとだ!」
俺は梔子さんに言われ時計を確認すると、時刻はもうすぐ11時で、俺と梔子さんの文芸部のシフトの時間だ。
「悪い凛。俺らシフトだから……」
と言って離席しようといた俺の袖を凛は摘んだ。
「どうした…?」
凛は顔を俯かせているが、それでも分かるほど真っ赤だ。
「ううん、なんでもない!私も部活の出店ブラブラするから、シフト終わったら声掛けて!」
凛はパアッと笑顔を作ると俺達を見送る。
────苦虫を噛み潰したような笑顔だった。
※
俺達がグラウンドの部活出店スペースへ行くとクロ先輩が雄叫びを上げていた。
「こちら文芸部でぇぇぇぇぇぇす!!!」
近付きたくねぇ……。
熱心なのはいい事なのだが、もう少し加減というのを弁えて欲しい。
その隣では立花先輩がメイド服を着て販売をしていた。
下田先輩は……
「乃木坂、欅坂、日向坂!坂道シリーズについて僕が考えた原稿用紙200枚分の魅力!受け取れぇぇえええ!!!」
あの先輩達に今更羞恥心を求めるのはやめよう。
しかし驚いたことに下田先輩の小説はバカ売れするほど長蛇の列になっている。ドルオタやばい。
立花先輩と下田先輩がチラチラと視線を交わし合う。
ちなみに、俺と梔子さんとクロ先輩は一冊にまとめられているのに対し、立花先輩と下田先輩はそれぞれ一冊ずつだ。
これには深いわけがあり、それは昨日の印刷作業の時まで遡る────
────宮崎祭まであと一日。文芸部の部室にて。
「一冊何円で売るんだっけ?」
印刷作業に入る直前、立花先輩が言った。
「紙の量を考慮して、500円で売るつもりだよ」
立花先輩はそれを聞くと「なるほどねぇ」と呟く。ちなみに500円というのは非常に良心価格のつもりで。俺と梔子さんが原稿用紙80枚。クロ先輩が100枚。立花先輩と下田先輩が共に200枚という文字数で、分量でいうと20万文字。
普通のラノベが10万文字で一冊600円なところを考えると、プロの腕前ではないとはいえ、ワンコインという破格。
「おし!じゃーさ、誰の本が一番売れるか勝負しよーぜ!」
「「「はい???」」」
立花先輩の発言に俺とクロ先輩と下田先輩が疑問の声をあげる。
「ちゃんと自信あるんだよな!じゃあやろうぜ勝負!それともなんだ、そんなに自信がないのか???」
どうしたんだ立花先輩。
こんな、一生主人公に勝てない脇役ライバルみたいなセリフを言うなんて……。
そんなこと言って乗る人がいるわけ……
「受けて立とう!」
下田先輩がそう言って立花先輩と張り合い始めた。
ま、まじか……?
「僕とてドルオタの端くれ。自信のあるアイドル愛を書いたつもりだ。官能小説なんかに負けられない」
どうしたんだ下田先輩。
こんな、数行で書かれて終わりそうなモブキャラみたいなセリフを言うなんて……。
「なら、勝負するってことでいいな?」
「もちろん」
結局、一冊500円で売るという計画は白紙になり、全て一律300円となった。
────そして現在。
「エロッエロな小説だー!買え買え男子共!」
「アイドル愛は世界を救う!買ってくださーい!」
言ってて恥ずかしくないのかな?ないんだね。
これで売れてるから不思議だなぁと思ってしまう。
「来たな桐生!朱里ちゃん!手伝ってくれ!」
「来たな桐生!梔子!手伝ってくれ!」
いや俺ら自分達のがあるんで……。
俺達はいそいそと販売の準備を始める。
文化祭はまだ始まったばかりだ。
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