転生したらほのぼのメルヘンの国に来てしまった殺し屋しゃん♪

あべる零

第1話 殺し屋しゃん、死す♪


「あたらしいおきゃくしゃまでしゅ!」


「みーんなみんな、まってたよー!」


「よろしくね!」


「「いらっしゃーーーーーい!♪」」 


《パンパカパーーーーーーン♪》



「⋯⋯⋯⋯は?」


 

 俺は、あの時⋯⋯たしかに死んだはずなのに⋯⋯⋯⋯。


 ここは、一体⋯⋯どこなんだ!?





 遡ること1日前ーー


 

 西暦50XX年 未来の地球。


 世界は現代よりも遥かに薄暗く、陰湿さを極めていた。


 疫病、環境汚染、国々の侵略戦争⋯⋯上げればキリがないほどの過ちをこれまで人類は懲りることもなく繰り返してきた。


 その結果自然界は淘汰され、人口も全体の3分の1にまで減少していた。食糧危機や資源略奪に関する内戦も増える一方で、人類の繁栄はもはや風前の灯である。


 治安の悪化は民衆に過激な思想を与え続け、強いストレスに見舞われるあまり生活や娯楽の中にもその傾向は現れていった。




 複雑に入り込んだバイパス道路。

高度化された建造物が立ち並ぶビル街。公道を走る車は全て地面から数cmほど浮遊し、音もなく血管のように張り巡らされたパイプのような通路を目まぐるしく循環している。


 そんな薄暗い未来都市の1角の、人気のない路地を進む黒い影。


 この世界には、裏社会から最も恐れられる男がいた。


 ソリッドブラックのような光沢を持つオールバックの髪、縁の尖ったサングラス⋯⋯。風に煽られ鈍くなびく漆黒のコートは、さながら死神のローブを彷彿とさせる。


 彼の名はダイゴ。主に暗殺を生業とする、所謂殺し屋と呼ばれる男だ。


 その実力は同業者の中においても群を抜いており、依頼されればどんな仕事をも完遂する執念と手段を選ばない冷徹さ、それに見合った暗殺スキルを持つ。


相手が誰であろうと金のためなら老若男女問わず凍てついた心で地獄の果まで追い詰める。正に史上最凶の死神と謳われた男だ。


 今回は国の裏組織を影で牛耳る財閥のトップ、最高指導者バドゥの暗殺を引き受け、巨大組織『R-POD』なる要塞への潜入に成功していた。

内部構造を熟知し、巧みに罠を潜り抜けて行く。


 ダイゴはいつもより気分が高揚していた。今宵の仕事はなんと言っても、国の真の支配者たるバドゥをこの手にかけられるという特大イベントだからだ。それに⋯⋯。


「待ってろよバドゥ⋯⋯」


 口の端を釣り上げ、不敵に笑う。

歪んだ笑みと共に、その目に灯した闘志をグラス越しに輝かせていた。


 やがて基地内の最上階へと到達するダイゴ。配管や精密機器で彩られた科学の装飾品の数々が与える冷たい印象が、ダイゴは気に入らなかった。


「随分とご立派なお城だことで⋯⋯」


 舌打ちをし、とっとと奥へ進もうとする。

もちろん、最新の注意を払って壁や天井伝いにだ。

標準装備の光学迷彩も発動させる。



 しかし⋯⋯⋯⋯⋯




「動くなぁッ!! 銃を捨てろォッ!!」


「ちっ!⋯⋯俺としたことが!」


 ターゲットまであと僅かのところで大勢の護衛に見つかってしまった。


隊は全員国家において最大限の武装をしている。


 重厚な鎧に身を包み、背中に背負った巨大なプラズマ砲や、あらゆる物質を透過し隠れた標的を見破るバイザー、敵を牽制するための伸縮自在な鞭上のサーベルなど。


 同じ装備を裏ルートで入手し、独自にコンパクトサイズへとカスタマイズしたダイゴの装備と互角かそれ以上のものだ。


こちらを包囲し、総攻撃を仕掛けるつもりだ。


しかしダイゴはまたも不敵に笑う。


「フン、何人来ようが無駄だ。お前達は⋯⋯俺には勝てない!」


「撃てぇーーーーッ!!」


 立ち塞がる護衛達は次々にライトニングガンを発射し、こちらの動きを止めようとする。


 ダイゴは凄まじい速度のフットワークでそれを掻い潜り、衛兵の一人を背後から拘束すると、そいつの腰に装備されているサーベルを奪い、構わず乱射されるライトニングに向け伸長させた。


 特殊素材でできたサーベルは避雷針のごとく電撃を受け止め、帯電する。


 すかさずそれを拘束していた護衛の首に接触させたのだった。


「ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙バババババババババピエガガガガガ⋯⋯⋯⋯!!!!」


 麻痺してぐったりとする護衛。周りの護衛たちがどよめき始める。


「いつもクソみてぇなお偉いさんの為に日々突っ立ってて刺激が足りてねぇだろ⋯⋯?⋯⋯これでもくらいな!」


 帯電中のサーベルを弄びながらそう言い、残りの護衛達に向けて一気に振りぬいた。


 電撃は巨大な円を描き、衝撃波となって広範囲に広がった。


 またたく間に痺れ、気を失う護衛たち。


「ふぅ⋯⋯」


 一息ついたダイゴは眼前にそびえ立つ巨大な隔壁を睨みあげる。


 厳重にロックされた幾何学模様の何とも怪しげな外見だ。


 その向こう側に今宵のターゲットたる最高指導者バドゥの潜む大部屋があるのだ。


「さぁて⋯⋯恐怖に怯えきった顔を拝ませてもらうとするk」


「ようこそ、我が城へ」


「⋯⋯何!?」


 突如として入るアナウンス。その声は紛れもなくバドゥのものだった。


 隔壁前の天井からモニターが現れ、バドゥが映し出された。その状況に面食らうダイゴ。


「一体どういう風の吹き回しだ? 教えてもらおうかお偉いさんよ。」


「君には感謝している。」


「何?」


 放たれた第一声は意外な一言だった。本来ならばもう少し取り乱すようなリアクションを期待していただけにダイゴは大きくため息をつく。


「ハイハイ、で?どういう事か説明してもらおうか?」


「君は私のために大いに働いてくれた。何を隠そう、これまでのほとんどの暗殺の依頼主はすべて私だったからだ。」


「何だと?」


「ハッハッハ! 君ともあろう手練の暗殺者がこの程度の情報も掴んでいないとは!」


「一体何を言ってやがる、もっと詳しく説明しろ!」


「フン、まあよい。冥土の土産だ教えてやろう。」


 不気味に笑いながらバドゥは語り始める。


「この世界は実に不公平だ。病気に災害、テロ、闇金、違法薬物⋯⋯。何の関係もない者たちがそれらに触れ、いつ日常から非日常へと転ずるか分からぬ不条理。⋯⋯もし仮に『神』というものが存在するならその不公平を含めてバランスと本当に呼べるのかどうか問いたいものだ。」


「(話なげぇなこいつ⋯⋯退屈だ)」



―最高指導者バドゥ。

長めの白髪をダイゴと同じくオールバックにした細身の男だった。


彼の普段の顔は、あくまで一議員のような存在だ。


バドゥは最高指導者たる所以か、いつもの市民へ放つ演説のごとく話し続ける。


「私はこの世に真の平等を築き上げるため、最高指導者として世界を平和へと導かねばならんのだ。そのためにはやはり、『悪が生まれ存在する理由』⋯⋯その原理を突き止め研究する必要があった。」


「へぇ、そのためなら民間人をさらって人体実験までして得体の知れねぇバケモノを生み出すことも厭(いと)わねぇってか。」


「んな⋯⋯! 貴様! 何故それを知っている!?」


「お生憎様だね。俺は嘘をつくのが大好きなんだ。何も知らねぇと思ったら大きな間違いだぜ?」


「くふっ⋯⋯! おのれ!」


「そんなありがちな建前なんて、どうせ嘘に決まってらぁ。」


 モニターに映った白髪の中年男を指差しニヤつく。


「自分の計画とやらにとっての邪魔者を消してもらいたかったってとこだろ?この俺に。お前も俺と同じってことさ。殺し屋さんよ。」


「黙れぇえええええ!!! 貴様と一緒にするなああああ!!」


 逆上したバドゥは何かを起動させる。電子扉がけたたましいサイレンと共に鈍い音を立てて開き始める⋯⋯。


「へっ! 図星かよ!」


「もはやすべてを語る必要などない! 要するに貴様は用済みということだ!残りはあの世で聞いておるがよい!!」


「グルオオオオオオオオオオオオ!!!」


 扉の奥の闇からこの世のものとは思えない怪物が姿を現した。


「コイツが例の⋯⋯。」


 粘液に包まれた赤紫色の肌は光沢を帯び、筋繊維がミミズのように蠢く。軟体動物を思わせるフォルムに複数の目玉が貼り付いている。

 

 ゆうに4mはあろうかと思われる巨体を大きく揺らしながら触手と8つの脚を駆動させてこちらへ近づいてくる。

後ずさるダイゴ⋯⋯。


「ちっ⋯⋯! 思ったよりデケぇな」


「ハッハッハ! どうだね殺し屋くん! さすがの君でもこいつには勝てんだろう? さぁ、死にたまえ!」


 バドゥは声高らかに笑うと、更に何やら合図を送った。すると怪物の両脇に光の柱が立ち、二人の男が現れた。


「お呼びですか、バドゥ様」


「そこにいる鼠を駆除してくるがいい」


「かしこまりました」


 黒いスーツに身を包むSP風の2人組はバドゥの命令を受け、ライトニングガンを一斉に放ってくる。その狙いは正確かつ鋭く、避けるダイゴの頬を脇腹をかすりそうになる。


「なかなか⋯⋯やるじゃねぇか!!」


 側近らしき男たちの実力は、世界最強の殺し屋であるはずのダイゴですら背筋にぞわりとしたものを感じる程の手練だった。


「癪に障るぜ⋯⋯こんな隠し玉がいたなんてよぉ!」


 危険を悟ったダイゴは迷わず全速力で来た道を引き返し始める。


「逃がすな!! 終え!!」


 踵を返し、走り去るダイゴを側近たちも追いかける。


 背後から襲い来る怪物と二人の男、ライトニングによる無数の線がダイゴを追い越して行く。


 ダイゴは珍しく焦っていた。そして恐怖した。これまで誰にも引けを取らない自分の力が、こうもあっさりとあしらわれるものなのかと。


 ついに要塞から出たダイゴ。外は大雨だった。落雷の轟音と突風がその身を煽り、動きを鈍らせた。体が思うように進まない。


「くそ…! くそぉ! くそぉッ!!」


「あと少しだ! 目標の弱体化を確認!」


「最終段階へ移行する!」


 追ってきた側近が怪物に信号を送ると、その身体はそれぞれ2つに分かれ四足歩行の猛獣としてダイゴを追い始めた。唾液を撒き散らしながらとち狂ったように走って来る。


 やがて市街地に出た。大雨のせいか通行人はそれほどいなかった。

それでもダイゴは車の影や通行人の傘などを巧みに利用してカモフラージュしていく。


それでも側近達の目をごまかせるわけもなく、ライトニングの軌跡は確実にダイゴを捉えていく。怪物もまた、ダイゴを追い続けている。


 彼らは、一般人の被害など微塵も考えていない様子だった。お構いなしにライトニングガンをぶっ放し、立て続けに車や建物を破壊していく。怪物も無差別に民間人を襲っていた。


 阿鼻叫喚を背に息を荒げ走り続けるダイゴだったが、ふとあるものに目が止まる。大型ショップモールの付近で道路の真ん中に少女が座り込んでいたのだ。少女は傘を傾け、何かに話しかけている。よく見るとそれは子猫のようだった。


 しかしダイゴはすぐに目をそらし、別のルートから逃走を図ろうとする⋯⋯しかし。


「グオアアアアアアアア!!!!!」


「きゃーーーーーー!!」


聞き覚えのある唸り声と共にけたたましく響く悲鳴。


怪物のうち1体が少女めがけて襲いかかろうとしていたのだ。


「ちっ……!!」


 予想もしなかった⋯⋯。


無意識のうちにダイゴは身を挺して飛び出し、少女を抱きかかえ、歩道の側にあるゴミ袋の山へ放り投げていた。


「(あれ⋯⋯俺は⋯⋯今、なにを⋯⋯⋯⋯)」


「ガアァウッ!!」


「ぐあっ!」


 怪物はダイゴを地面に押さえつけ粘液まみれの触手を絡めて捕獲する。後から側近二人組も追いついた。


「あぁ………ぐ…く…そぉ!」


「ターゲット捕獲確認」


 側近が無線を飛ばす。


「⋯⋯殺す前に顔を拝ませろ」


「了解」


 冷たく言い放つ声の主はやはりバドゥであった。


 側近がこちらに近づき、無線機をダイゴの顔に近づける。ホログラムが表示されバドゥの顔が映し出される。


「最後に言い残すことはないかね? ダイゴ君」


「へっ⋯⋯クソジジイ」


「やれ」


 その一声を合図に、側近は引き金を引いた。


「が⋯⋯はぁッ⋯⋯⋯!」


ダイゴはぐったりと地面に伏す。


「(⋯⋯あのガキは⋯⋯)」


 朦朧とする意識の中、最後の力を振り絞り顔を上げた。


 少女はゴミ袋をクッションとして助かったようだ。その手には小さな命が確かに抱かれていた。こちらを見て、涙ぐみながら少女はその場をあとにした様子だった。


「(⋯⋯なんだ、俺ぁ⋯⋯安心⋯⋯⋯⋯してんのか⋯⋯? あんなガキ⋯⋯いつもならどうでもいいってのに⋯⋯)」


 雨がさらに強くなる。ダイゴの背に空いた傷口へ冷たい雨水が流れ込んでいく。


「(あっけねぇ⋯⋯もう⋯⋯何も⋯見えね⋯⋯これが⋯⋯死⋯)」


 やがてダイゴの意識は遠のき、視界はフェードアウトしていった。


「ターゲットの死亡確認⋯⋯、任務完了」


「死体は持ち帰れ、実験のサンプルとして有効に活用してやる」


 無感情に冷たく放たれたバドゥのセリフが雨の音の中に溶けていく。

笑い声が無線機を通して荒廃した市街地の中にこだましていた。


側近たちはダイゴを回収するべく遺体収納袋を取り出し、近寄った。


その直後だった⋯⋯。



 凄まじい光が側近たちの眼前で瞬いたのは。


「!! なんだ!?」


振り返り周囲を警戒する。


 しかしそこには何もなく、雨水に濡れ鏡のようになったアスファルトが広がっているだけだった。

無くなったのはどうやら光だけではなかったようだ。


 ダイゴの亡骸がどこにもない。完全に消失していた。


「死亡したターゲットが消失! 行方を追います!」


「なんだと!?」


バドゥも驚いている。


 側近たちのはそのブレスレットのような無線機に映し出されるバドゥの怒りを感じたのか、初めて焦りを見せた様子だ。


 血眼になり辺りを捜索する中、ふと側近の一人が足を止めた。


「⋯⋯! おい!」


 もう一人の方を呼び、地面を指差す。


「これは⋯⋯何だ?」


 そこはダイゴが倒れていたはずの位置だった。


 よく見ると、小さな花のようなものが1つ生えていた。

花びらは白く、茎は緑⋯⋯。一見どこにでもあるような花に見えた。


「こんなところに花が? あり得ない、先程まではなかったはず⋯⋯」


「それをよく見せろ」


 側近は花びらにカメラを近づけ、拡大した映像をバドゥの元へ送信する。


 花にしては異常なほど茎も花弁もしっかりとしており艶がある。まるで玩具か何かのような、植物でありながら不自然な見た目をしていた。


「採取し、私の研究室まで持ち帰るのだ」


「かしこまりました」


 摘まれた花は、カプセルに入れられ要塞へと持ち込まれることとなった。

カプセルの中で、僅かに花が白く光り輝いたかに見えた。



(つづく)

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