第9話





「な、なんとかなったぁ…………。」




緊張で汗ばんだ肌をやさしく冷やす風が、光によって消された闇を流していく。高度からの初めての必殺技だったため体に疲労感が襲ってくるが、何とかバランスを整えて着地する彼女。


闇に包まれてイビルナーになっていた女性を確認し、もう一度紫の体が出てきて復活! みたいなことが無さそうなのかを確認するが……



(……うん! さっきまで感じていた嫌な雰囲気がない! 大丈夫!)



完全に倒し切ったことを確信できて、何とか耐えていた疲労が決壊してしまったのかその場に座りこむあゆみ。残ったのは瓦礫まみれになってしまった町だけだが、これ以上壊されることはないし、核となっていたひとも助け出せた。そう一息ついているところにパタパタと足音を響かせながら走り寄ってくる小さい影が一つ。



「あゆみ~~~! よくやったマロ~~~!!!」



感極まったのか、大きな目からぽろぽろ涙を出して近づいてくる王子。速度をそのままに勢いよくあゆみの顔に飛び込み、感情を爆発させて顔をスリスリ擦り付ける。


しかしながら急に冷静になり『あ、そういえばコイツさっきマロのお腹舐め回していたじゃん』と思い返しすぐに離れるマシュマロ王子。少しだけ舌を出そうとしていたあゆむちんは悲しそうですね。



「あぁ、ここにいたのか。お疲れさ……マッ?」



声が聞こえた方に顔を向けるとそこにはさっき助けてくれたマリアンヌ。しかしながら急に驚いた顔をして固まってしまいました。



「え? どうかしましたか? ……あ! もしかしてお知り合いだったんですか?」



マリアンヌの視線の先を確認してみれば、そこにはさっきまで戦っていたイビルナーの核になっていた人。気が付くとマリアンヌは核となっていた女の子の元に走り寄っており、脈などの確認を行っていた。



「大丈夫そうね、気絶しているだけか。……あぁ、いや。少々知り合いに雰囲気が似ていてね。それで少し取り乱してしまった。」



漫画やアニメの世界で出てくるような魔法陣を起動して、そこで気絶している人を確認したマリアンヌさんは、そう答えてくれた。『よくよく考えれば彼女のように制服なんて着るような年ではないのだけどね。』なんてことを笑いながら言っているし、マリアンヌさんって結構年行っている?



「あぁ、そうだ。あのシュエルだったか? なかなか手ごわくてね、撤退させてしまったよ。無力化して捕まえられれば良かったんだが……、すまない。」



「い! いえいえ! 大丈夫です! それよりも色々助けてくださってありがとうございました!」



そもそも二対一で勝てるかどうか、というか完全に負けそうだったのを助けてくれたんだ。あのシュエルと戦っている時の二人の速度は正直目で追えなかったし、イビルナーとの戦いだって助けてくれなかったらどうなっていたのか解らない。



「いや、気にしなくていい、困ったときはお互い様だからね。……あぁそうだ。助けてあげたお礼、と言うのは何だが、あの化け物たちや君のことについて教えてもらってもいいかい? 正直困惑している。」





 ーーーーーーーーー





「……つまり? この世界とは違う妖精界、というモノがあってそこに封印されていた『原初の悪意』なるものが開放。妖精界を瞬く間に制圧してこちらまでご挨拶しに来た。妖精界を助けるためにも、その……、『マックスジュエル』なるものに適合した『ラブリージュエル』に変身できる者を探しているわけか。」



「はい! そういう感じみたいです。宝石の数が五個なので私を入れて五人、王子が言うには『あっちで見つけた文献によると五人全員の力を合わせた必殺技で敵の親玉である“モルガン”を封印することが出来たらしいマロ! だから五人いるマロ!』ということでそれだけ必要みたいなんですけど……、何か知ってたり、します?」



「ははは、さすがに知るわけないだろう。全部初耳だよ。」



「ですよねぇ~~。あ、そうだ。そういえばマリアンヌさんって何者なんです? なんか魔法みたいなの使っていましたし、生身であの幹部と殴り合っていたし……。」



「あ~、なんというか。そうだな……。まぁよく創作物に出てくる魔法使いとかいるだろ? あれは現実だったという感じさ。魔女帽被って箒に跨り、大釜かき混ぜる代わりにスーツでも着て毎日へこへこ頭下げる企業戦士だよ。魔法使えるなんて言ってもどこも雇ってくれないからね。魔女の身分隠して営業していたらこのありさまさ。」



「へ、へぇ……。いや変身している私が言うのもあれですけどホントにあったんですね、そういうの。というか夢がねぇ……。」



「はは、大人になるって言うのはそういうモノだよ……。見た感じまだ学生なんだろ? その時期にしかできないこともたくさんあるし、社会人になってからは搾取されることが始まる。まぁ楽しみたまえ。」



「は、はぁい……。というか王子、さっきから何してるの?」



そう聞かれた王子は、マリアンヌから求められた説明をすべてあゆみに任せてさっきからずっと手のひらを前に合わせて光を集めている。その光の奥に薄っすらとカードの影が見えることから先ほどあゆみが変身したり、必殺技を使う時に使ったカードと同じものを作っているようだ。



 PON!



「よし! 出来たマロ! はい、あゆみ。」



そう言いながらカードを受け渡すマシュマロ王子。しゃがみながら受け取ったそれには大きく書かれた砂時計のマーク。さっきから頑張って作っていたカードはこれだったらしい。



「これは?」



「壊れた町や人を元に戻すカードマロ! これ作るの結構難しいから頑張ったマロよ! ま、とにかくラブリーパンチにセットして使ってみるマロ!」



「う、うん。」



そうせかされてカードを差し込み口に収めるあゆみ。そして飛び出た取っ手を恐る恐る押してみればあゆみの胸に収まるマックスジュエルがやさしく輝き始め、周囲に淡い桃色の粒子を撒き始める。それに反応したのか粒子が瓦礫に触れるとそれが元々の形を取り戻すように、時計の針を撒き戻していく。



「へぇ、すごいな。正直私がこれを直すのか、と思っていたところだから助かるよ。にしてもさっきの必殺技といい君には特別な力があるんだね、……えっと、殿下とでも呼べばいいのかな?」



「別に呼び方は何でもいいマロよ? あゆみが変に気を遣って王子、って呼んでいるだけだし。それに違う世界の民に王国への敬意を払えとか無理な話マロ。……おっと、カードの話マロね。」



「あゆみが使ったカードはマロたち王家に伝わる魔法みたいなものマロ。ラブリージュエルに変身出来たり、必殺技が使えたり、こうやって町を直す魔法が使えるカードマロ。といっても正確にはあゆみの胸で輝いているマックスジュエルの力を引き出すアイテムなんだけどマロね。」



「なるほどね……、おっと。もう町の修復は終わったのか。」



気が付けばあゆみの胸からあふれ出していた粒子は収まり、町も壊される前の状態に戻っている。町の住人たちや、そこで気絶している少女がいつ目覚めるか解らない、早めに立ち去った方がいいだろう。



「あ、やっぱそういう感じなんですね。私が助けたぞー! ってのはやらないんだ。」



「まぁ魔女同士の諍いも一般の方々には目に入らないようにやるからねぇ。それにこの現代社会だ。スマホ一つで全世界に向けて発信されればもうまともに出歩けないぞ?」



「そう言われれば確かに……、こわ。」



「君もどこか物陰に隠れるかして変身を解いてこの場から離れるといい、私も転移で帰るとしよう。」



そう言いながら、自身の腰にある本のショルダーに左手を置くマリアンヌ。



「あぁ、そうだ。君の名前を聞いてなかった、“ラブリージュエル”とは戦士の名前だろうし、“あゆみ”は本名なのだろう? その姿を取る、きみ自身の名は何だい?」



別れの瞬間、そう言われ口ごもってしまうあゆみ。頭の中で色々な考えや言葉が転がるが纏まらない。どうこたえようか悩む時に、頭に浮かぶのはさっき初めて変身した時の記憶。




『だから、せめてどちらかをやっつけられる力が! みんなを守れる力が!』




人を守りたい、誰かを助けたい。そんな気持ちに反応してくれたのか包み込むようにやさしく光る桃色の宝石。包み込む、暖かい、やさしさ、桃色……、桜?



「春……。うん、春と桜! サクラスプリング! サクラスプリングです!」



「ふふ、サクラスプリングね。いい名前じゃないか……、またいつか会えることを楽しみにしているよ。」




そう言いながら右手を軽く上げ、背を向けるマリアンヌさん。私がお礼を言おうとした時にはもう彼女の姿は消えてしまっていた。









「……ねぇ、王子? 私もしかしてネーミングセンスない?」



「いやマロに聞かれても……。」






 ーーーーーーーーー





転移先はもちろんお家、というわけもなくあの謎清涼飲料水を買った近くのベンチ。いくら体が魔法で元通りになると言ってもぐしゃぐしゃに砕かれたお手手やお腹の激痛はまではなくならない。出来ればそのまま家に帰ってそのままお休みと行きたかったのだがそうはいかない。


あゆむちんも私も日常がある故、何もなかったように元の生活に戻らないといけない。マリアンヌとして経験したことを翠野イスズとして引き継ぐわけにはいかないのだ。



「にしても、私の口軽いなぁ……、出まかせポロポロ出てくるもん。」



まぁお約束という感じで身元隠して参入したはいいけれど、魔女ってなんだよ魔女って……。まぁあゆむちん疑問に思わなかったからいいけど、あゆむちん自身あの敵幹部の動きが見えてなかった、って証言してるから絶対介入しないといけない口なんだろなぁ……。所謂日曜に放送している番組みたいに対象年齢に配慮したやさしい表現、とかしてくれないだろうから今日ある程度戦えた私がどうにか対応しないとどうなるか解らん。気が付いたらあゆむちんが学校に来なくなったとか嫌だしね。



「不知火ちゃんの方もあるし……。こりゃ真面目に準備しないとやばいかもしれないね。」



不知火ちゃんの方は例のクソ攻略者が人質になったせいで負けかけていた、という感じだし負けたとしても貞操の危機ぐらいだ。まぁ終わった後に処分される可能性もあるから放置していたら永遠の別れとなってしまう可能性は十二分にある。でもまだ戦えるのが不知火ちゃんと攻略者の二人いるからまぁ最悪の方にはいかないだろう。


でもあゆむちんの方は戦えるの一人だし、敵はおそらく複数固定。お約束に乗っ取れば幹部がやってきて今回みたいにイビルナーを生成して一対二。負ければそこにあるのは生命の危機。



「正直言って、私もと男ですから野郎はどうなってもいいんですよね。というか攻略者だったらそこらへんで野垂れ死にしてくれる方がありがたい。でも、人質になったところをどうにかして助けようとするぐらいには仲いいみたいだしなぁ……。」



可哀そうなのは抜けない、という名言があるように私もクラスメイトや知り合い、仲がいい友が死んだり悲しんだりするのは見たくない。となれば助けるしかない。


自分の貞操と生命を守りながら、いまだ詳細がわからぬ魔物と戦う不知火さんたちを監視、必要があれば助ける。それにあゆむちんの方は基本的に戦闘に参加しとかないとまずいだろう。



「あぁ、それにつなぐnのこともあるから身近な人がイビルナーになる可能性もあるのか……。魔法で検査した感じ何も異常がなかったから安心したけど“イビルナーになる条件が負の感情”ってあゆむちん言ってから何か悩みがあったんだろうね。」



ぱっと思いつくのは今朝言っていた友人ができないということだけど……。彼女がいつ目覚めるか解らないけど、とりあえずメッセージでも送っとこう。








「みどりさんごめ~~~ん!!!」



おっと、スマホを触っていたら我らがサクラスプリングさんがやってきましたよ皆さん。ちょうど送り終わった後でしたし、ちょうどよかったですね。


ん? あぁ、何か違和感あるなと思ったら彼女のカバンに妖精さんくっついているんですね。首のスカーフをスクールカバンの持ち手の根元に括り付けてストラップ化しています。……若干彼の目死んでいるけど大丈夫かそれ?



「お! あゆむちん、いったいどこ行っていたのさ? 荷物ほっぽり出して消えているからビックリしたんだけど。」



「ご、ごめん! え、えぇっと~~~、あ! そうそう! さっきのホームセンターにお財布落としていたのに気が付いて走って取りに行っていたの!」



なんか冷や汗が飛び散るぐらいに狼狽しているし、目がかなり泳いでいるけど大丈夫かあゆむちん? なんか隠しています、ってのバレバレだぞお前さん……、まぁ変に聞くの可哀そうだし流しますかね。



「あ、そうなん。で、財布はちゃんと見つかったの?」



「う、うん! ちゃんとあった、ありました!」



「なら良かったんだけど……、次からは何か一言掛けろよな、あゆむち~ん。」





さて、じゃぁそろそろ非日常から日常に戻りますか! あゆむちんの部屋これから掃除しなあかんし。




……ん? そういえば昨日の放課後に本番シーン。昨日の深夜に魔物と戦うシーン。今日の放課後にニチアサ幼児向け(ブラックより)シーン。んで私の存在。




……ここマジで何の世界だ???







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TS美少女は世界の判別に苦しむ サイリウム @sairiumu2000

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