第8話



(思いっきり地面を蹴って空に飛びあがる。【マックスジュエル】のおかげか、それとも王子がくれたカードのおかげなのか。何が理由か解らないけど今、私が出来そうなことは何となく頭に入っている。変身する前に比べると、とんでもなく体が強くなっていることとちょっとチャージの時間がかかるけど、負の感情を浄化するビームが撃てるってこと。)


(……、うん。戦える力が手に入ったのはとってもありがたいけどできること少ない? でもまぁ昔ながらのヒーローとかみんなそんな感じだった、というイメージがあるしそういうモノなんだろう。名前から魔法少女的存在と思っていたから虚空からステッキでも出てくるかと期待していたので、ちょぴり残念です)


(まぁつまり今私がやらないといけないことは。)



「とりあえずこの【イビルナー】って呼ばれた化け物を動けないまで叩きのめして、必殺技を撃つってこと! そりゃぁあ!!!」



飛翔がごとき跳躍の先にはイビルナーの頭部、新人魔法少女の蹴りが化け物の顔に炸裂する……が、そもそも彼女は戦う力を持たぬ少女、ただ力任せに蹴っただけで簡単に吹っ飛ばされてくれるほど現実は優しくない。イビルナーはデフォルメされた顔を少し歪めただけですぐに反撃のため腕を振り上げる。



「むぅ! そんなに甘くないか! 吹っ飛ばされてくれるとありがたいんだけどね!」



そう言いながら先ほど敵の幹部であるシュエルに向けて放ったドロップキックの要領でイビルナーの顔面をもう一度強打。空を飛ぶ技を持たぬ彼女は足場を確保するために地上へ戻る。



(そもそも思い切り吹っ飛ばしてこれ以上市街地を壊されたり、家の中で震えているであろう人たちを失ってしまうのは絶対にだめ、必殺技のために隙を作るのは必要なんだろうけど……、単純な身体能力だけじゃ化け物にダメージを与えられそうにない。さっき一番弱点そうな顔狙ったのにあんまり効いてないのなんで!? こういうお決まりって大体最初変身したら簡単にやっつけられるもんじゃないの!?)



「……ふぅん? 力はあるけどまだ使いこなせてない感じかなぁ? アハハ、なら習熟される前に倒しちゃった方がいい感じねぇ? こっちの世界の戦士を生け捕りにして、しかも妖精の生き残りを仕留めてモルガン様に献上すれば色々頂けそうだしぃ~。【イビルナー】、こっちの攻撃に合わせなさぁい!」



(ま、マズい! 紫の化け物だけで倒せるか親しいのに、敵の幹部とか無理無理! こういうの絶対幹部の方が強い奴でしょ! うわ、シュエルとか言う幹部むっちゃ姿勢低くしてる! あれ絶対スピードタイプだ!)



彼女の言う通り腰を低く落とし、クラウチングスタートに似た姿勢を取るシュエル。人間の組織であれば上司であればあるほど戦闘能力が高い、『ば、馬鹿な!貴様の戦闘能力はこの前まで係長クラスだったはず! それがなぜ私の攻撃が通用しない! 私は課長だぞ!』『ふふ、残念だったな課長……、私はなぁ! ヘッドハンティングを受けたのだ! 部長扱いでなぁ!!!』というのはこの現代社会においてはあんまりない。いやないと信じたい。


しかしながらこういった創作物で化け物たちの組織であれば上の奴ほど強いと相場が決まっている。【イビルナー】がその図体の大きさを利用したパワータイプだとすれば、目の目にいるシュエルはその速度で手数を稼ぐスピードタイプ! 一緒に相手するにはとっても危険だぞ、あゆみ!






  コツ、コツ、コツ、コツ……






その時、敵の幹部・シュエルの背後から響く足音。





「ッ! 誰だ!」



「おっと、お取込み中失礼する。しかしながら一対二、というのはいささか思うところがあってね。そこの少女、助太刀させてもらうよ。」




シルクハット、にしては少々縁の長い帽子を被り、黒と赤のマント、そして雑に伸ばされた長い金の髪を靡かせた妙齢の女性。そう! 絶賛黒歴史を増産中! TS転生者であるイスズのエントリーだ!






 ーーーーーーーーー





(う~ん。自分の体もそっちよりですけど、不知火ちゃんや生徒会長とかの爆発!・引き締まり!・爆発! の体形を見ているとあゆむちんとかこの敵幹部さんとかのお身体が控えめで安心しますなぁ。なんでしょ? 女幹部あるのはあるんだけど服装のせいかそんなに気にならない感じだし推奨年齢が二段階ぐらい、R18からR12くらいまで下がった気がする。うん! 心にやさしいね! 町ぶっ壊していること以外は!!!)



「それに、街を壊しているのは明らかにそちら。味方するのはどちらか、と言えばもうわかるだろう? それに戦場に初心者が紛れ込んでその日のうちに終わると言うのは目覚めが悪いのでね。」



(まぁ私も昨日戦闘処女卒業したんですけどねぇ! なお下の方の処女は誰にもやらせねぇよ!!! というわけで戦闘開始の宣言をしろ、イスズ! 魔法の本であのデカブツを攻撃だぁ! 不知火ちゃんの技! なんかカッコよかったからお借りします! 【神秘へと至る魔道アカシックレコード】起動。選択【Throwing Maximize Fireball】だぁ!)



いつの間にかに作っていたのか、鎧スライムによって用意された魔法の本用のホルダー。そこに収められている本に左手を乗せ、右手は軽く上げ手のひらは空へ。



「さて、大きい的があることだし。そちらから狙っていこうか。」



パチッ、と何かが燃える音があたりに響き、その右手には彼女の顔よりも大きな火球。敵の幹部は自身より格下の魔法少女・あゆみよりも急に現れたマリアンヌ(イスズ)の方を警戒しているらしく、その視線と姿勢の先はそちらに変えられている。



「……【イビルナー】。あなたはそっちの初心者ちゃんを相手してなさぁい? 私はこっちかしらねぇ。……さぁ、お相手いただけるかしら?」



「手加減していただけるかな? レディ?」



「それはできない相談よ、ねッ!!!」



その言葉と共に始まる戦闘、発射される火球とシュエルの放たれるバネ。【イビルナー】の方に放たれる火球とは違い、まっすぐイスズの首元を狙うシュエル。敵幹部の鎌のように相手の命を刈り取る足は寸分の狂いもなくその首を跳ね飛ばそうとするが……、重い金属と金属がぶつかり合う音。イスズの本の上に置かれていた左手、スライムで形成された手袋がそれを防いでいる。



(アバババババババ!!! 痛った! 痛った! なにこれクッソ痛いんですけど! 鎧スライム君で保護してなかったら絶対おてて持ってかれてるんですけど! というか折れてないですかコレ! と、とりあえず反撃反撃! あと左手の回復! 魔法の本さんお願いしますぅ!)



コンマ数秒ほど脚と腕が拮抗し、火球を放った右手で作られた手刀が拮抗している足の切り落としを図るイスズ。しかしながらその攻撃に危機を覚えたのかイスズちゃんのひびが入ったお手手に力を込めて、先ほどの攻撃の逆再生。今いる場所からキレイな円を描く踵回し蹴り。イスズの方も来ることが解っていたのか頭を大きく下げてそれを回避する……が、その隙にシュエルは後方に下がる。先ほどまで変わらない微笑を浮かべていたマリアンヌ(イスズ)であったが、ちょっとばかし目に涙が浮かんでいる。



「さ、さぁそちらのマドモワゼル? 私はこのレディの相手で忙しいのでね。その化け物の相手をお願いしてもいいかな?」



「は、はい!」



マドモアゼル、あゆむちんの返事を聞きながらひびが入った後にさらに力を込められたため、たぶん粉々になっちゃった骨を魔法で治しながら、右手ではもう一度火球を生成し【イビルナー】に向かって投射する。先ほどの着弾時にも化け物はその熱さと痛みに悲鳴を上げていたが、イスズちゃんにとってはお手手の痛みの方が先に来ていたので聞こえていなかった。だって痛かったんだもん。



(あ。思ったより火球効いてるやんけ。よしよし、なんか痛そうな悲鳴上げとるし後はあゆむちんに任せても大丈夫かなぁ? ではそっちの化け物関連の問題は置いとくとして……、こっちの敵幹部ちゃんどうしよう。たぶんさっきの一連の動きで両者ともに防御低めで攻撃急所にあたれば終わり、ということが二人とも理解した感じだと思うの。耐えられるんだったら私の手刀避けないし、こっちも二撃目を避けたからなぁ……。鎧スライム君の厚さを上げてノーダメージにすることはできるけどそうすると今着てるように見せかけてるスーツがないなって下の制服見えちゃうからねぇ。……痛いの我慢するか。魔法の本さぁん? 継続して回復できる魔法オナシャス!)












「GARYEEEEEERRRRR!!!!!」



「あ、あの【イビルナー】が痛がってるマロ! ……あゆみ! もしかしてあの人こっちの有名な戦士マロか!? 知ってるマロか!?」



「いやいやいや! 知らない知らない! 火の玉打てる人なんか知らないよ私! それに魔法なんか今まで画面の中の存在だったし! というか王子もあの人知らないの! てっきり妖精界からの助っ人かと!」



「ないないない! 妖精界から人間界に来るには王族しか無理だからないだろうし、多分マロと同じように体が小っちゃくなるだろうからないと思うマロ。そもあんな人知らないマロ。……と、とにかくチャンスマロよ!」



「そ、そうだね! やるぞ~~~!!!!!」




二対一という最悪の状態も謎のお姉さんのおかげで一対一。しかも【イビルナー】は多分ちょっと弱ってる! なら私でもできるかもしれない。いや、やるんだ! 気合を入れるために両手を握りしめ力を籠める。


目標は、これ以上町を壊さないで【イビルナー】を消耗させる。そして動けなくなったところを必殺技の浄化ビームで攻撃、勝利! だ。これをうまくやるには……。うん、もう瓦礫の山になっちゃった開けた住宅街に転ばしたところを攻撃! これで行こう!



「王子! ちょっといい!?」






 ーーーーーーーーー







先ほどと同じように、跳躍するあゆむちん。目標は同じく【イビルナー】の頭部。



あちらも火球のダメージで悶えていたようだがそれも一瞬。こちらが攻撃を仕掛けてきたことに気が付き、その長く大きな腕を動かし迎撃しようと試みる。



(来た……! けど普通に目で追える! さっき謎のお姉さんと敵幹部の人の戦いは目で追えなかったけどこっちなら普通によけられる! ……そうだ!)



大きな両腕を交差させ、こちらを囲いこむように攻撃する【イビルナー】。図体が大きくパワータイプのためかあまり速度は出ていない。



「そのおかげで、ッと!」



向かってくる腕に足を合わせ、着地。かなりの衝撃が体を襲うけど気合でガマン。そのまま腕を駆け上がって頭まで目指す!



「縺ゥ縺薙↓陦後▲縺!!!!!」



「ッうぅ! でも成功!」



このまま肩辺りまで走り抜けて……、そのままジャンプ! そして【イビルナー】の顔の目の前に到達……、そして頭上を越えて背中側へ! あとはさっき腕を上ったときと同じように背中を走って下に落ちる! めっちゃ怖いけどスピード勝負だ!



「蠕後m縺?縺!?!?」



「でもやっぱ怖いぃ!!!!!」



背中を下り終わって、足の部分に到達した所で方針転換。素早く下りるのではなく、化け物を転ばすために片方の足にダメージを与えるんだ! ……ん? でもこの落下してる状態でどう攻撃すれば? ……とりあえず力いっぱい踏みつける!



「逞帙>雜ウ逞帙>!!!!!」














(……ん? 何する気だろあゆむちん。なんか妖精……、いやプードルかあれ? それと何か話してる感じなんだけど……、ちょ! 幹部さんそれよけにくいから辞めてぇ!!! 胴体狙われると痛いのぉ!!! お骨だけじゃなくて内臓が破ける音ォ!!! 鎧スライム君! 今度胴体に攻撃来たらマント一時的に引っ込めて胴体前面の装甲上げて!)



敵幹部であるシュエルは一撃離脱型のスピードクイーンらしく、蹴り技を主体とした攻撃でイスズを猛烈に攻め立てる。対してイスズは前世に空手をかじっていた程度。しかも肉体は転生してからあんまり経ってないので全く鍛えてない。いくらネックレスのチートで身体能力を大幅に上げていてもうまく対処するのは難しい。最初は相手さんが様子の軽いジャブとして出した攻撃だったため反撃が出来たが今は防戦一方である。



(ま、まぁ? 近距離だけですし? 近づかれたら骨砕かれるけど防御できますし? 相手が二撃目繰り出そうとしたら迎撃できますし? 離れられたら火球で狙い撃つから大丈夫ですし? 元々幹部ちゃんの足止めが目的なんで大勝利ですし?)



何故かイスズは必死に弁明を行っているが、誰に対してかは不明である。にしても近接戦はシュエルに軍配が上がるが、彼女は一撃離脱を得意とするため連撃は苦手、しかも連撃を行おうとするとイスズが対応できる致命傷レベルの攻撃が飛んで来る。しかし距離を離すと今度は火球がどんどん飛んでくるため先に魔法少女の方を無力化して【イビルナー】の方をどうにかする、ということは難しい。


イスズが言ったようにちゃんと前提条件は済ましているのでまぁ合格点といったところ。どちらも決め手に欠け、どちらかのスタミナが切れるまでの持久戦なのだが……、マリアンヌ(イスズ)は魔法で体力も回復できるし、魔法の本のおかげで魔法は使い放題である。ホントこれチートだな。



「ッチ! 手ごたえはあるのにヤりきれない! ……おっといけない。舌打ちはあまりよくないわねぇ? ねぇあなた! これだけ楽しく踊ったのに今更なんだけど名前の方を教えてくれるかしら?」



(お? コミュの時間ですか! そろそろ『体が壊れる音ォ!!!』を聞きながら激痛にもだえるのは応えてたんで助かりマンモス!)


「あぁ、これは失礼した。私は“マリアンヌ”と呼ばれている。以後、お見知りおきを。」


そうやって役者のように軽く帽子を上げて挨拶をするマリアンヌ。


「ご丁寧にど~も。私はモルガン様に使える者、まぁ幹部ってところかしらね。“シュエル・シューミ”よ。……にしてもこっちの戦士は魅了に対する抵抗がデフォなのかしら? さっきからずっと抵抗されてると自身がなくなるんだけど?」



「おっと、さっきから情熱的な視線をやけに感じると思えば君だったか。女冥利に尽きるな。」

(え、こっわ。……魅了されてたの私? 状態異常無効のネックレスさまさまだわホント。)



「……う~ん、やっぱり魔眼の方もバレてたみたいだし、私たち。相性悪いみたいねぇ? そうだ。どう? 両者ともに本気の一撃で決めるってのは? 私、持久戦をするほどのんびりやさんじゃないの。」



(へぇ。本気の一撃の勝負ってホントに持ち掛けられることあるんだぁ……。ん? そういえば私にそんなもんないぞ? 使えそうな槍くんはお家にあるし……。と、とりあえず何かでごまかそ。)


「なるほど、私好みだ。存分に来るといい。」



そういいながら(なんか昔見たアニメで良さそうなのなかったけぇ?)と記憶を探りながら足を広げ、重心を降ろす。とりあえず右腕をゆっくりと下げて正拳突きを放てるようにしておく。対してシュエルは先ほどあゆむちんと相対していた時にやっていたクラウチングスタートの構え。しかもゆっくりと姿勢移動させながら魔力での自家製発電でもやっているのか右足がむっちゃバチバチ言ってる。しかも青い電流が可視化してるんですけど!



(あ、なるぅ! そういう感じね! エンチャントする感じ!)



シュエルの足を見て何が傍から見てカッコイイかを理解したイスズはすぐさま魔法の本を起動。さっきまで火球を使いまくっていたので、そこから炎のエンチャントを選択。さっきまで後ろに下げていた右腕に急に発火したように見せかけ、炎を纏わせる。演出大事、決してさっきまで思いついてなかったとかじゃないからね! そういう技だからね!



(よし、よし。見た目よし。たぶん威力あるから大丈夫でしょう。……ん?)



エンチャントも付けていざ勝負! という時に視界の縁に見えるあゆむちんの雄姿。ちょうど紫の化け物の頭上を通りこして背中を爆走している瞬間。



(……あ~。これ助けに行った方がいい感じか。よっしゃ。)



電撃のチャージが終わったのか、重心をさらに落とし必殺の一撃をマリアンヌ(イスズ)に向かってシュエルが放とうとした時。本人はその勝負を拒否するように、迎撃するはずの手を地面にたたきつけた。






 ーーーーーーーーー






「でもやっぱ怖いぃ!!!!!」



「逞帙>雜ウ逞帙>!!!!!」




思いっきり踏みつけてダメージを与えるのは良かったけど……、このままじゃ地面とぶつかる! というかこの変身状態体強くなってるみたいだけど硬さはどうなってるの! もしかしてこのままぶつかったら死ぬ感じ? ヒィィィイイイイイ!!! 早まった!!! まだ死にたくなィィィイイイイイイ!!!!!


迫りくる地面と恐怖から思いっきり目をつぶるあゆみ。そのまま、一秒、二秒、三秒。それだけ経ったのにまだ体を襲ってこない衝撃。



「あれ?」



疑問に思い、目を開けるとそこには先ほどの謎のお姉さん。よくよく体の感覚などを確認してみればどうやら私は彼女に抱き抱えられているみたいだった。というかお姫様抱っこぉ!!!



「な、謎のお姉さん!!!」



「ハハ……、謎のお姉さんはヒドイな。“マリアンヌ”とでも呼んでくれ。」



「あ、あ! ごめんなさい!」



そう謝る私を朗らかな笑みと共に『構わない』とやさしく許してくれるマリアンヌさん。ほぁ……、かっこいい……。髪はちょっと手入れしてない感じだけど恰好と雰囲気から戦う大人の魅力が醸し出されていて、あぁこころがふわふわするぅ……。あ、お目目碧眼だ。



「さて、あの敵。イビルナーだったか? アレを倒す手はずは整っているのかい? 私にはアレをどうにかするのには、いささか暴力的な方法しか持ち合わせていなくてね。」



「あ、はい! 私の必殺技で多分浄化できると思います!!! でもちょっと時間がかかるので……、それでアイツを転ばせてどうにかしようと思ってたんですけど失敗しちゃいました。」



「なるほど……、了解した。私が奴の体制を崩し、時間を稼ごう。その後はシュエルの方の対処に向かうが……、それで大丈夫かな?」



そう言いながら近場の瓦礫の山に魔法少女を降ろすマリアンヌ。先ほどまで彼女が戦っていた場所では砂埃が巻き上がっており、敵幹部であるシュエルはこちらの様子を確認できない。しかしながら煙を風で吹き飛ばして出てくる可能性もあるため時間はあまりない。イビルナーもこちらに焦点を合わせ始めているし、決めるならここしかないだろう。



「はい! 行けると思います! 王子~~!!! カードお願い!!!」



戦えない自分は邪魔になると考えたのか、瓦礫の近くに隠れていたマシュマロ王子が『解ったマロ!』と声を上げながらカードを投げる。必殺技のために変身の時に使った『ラブリーパンチ』を前につきだすと、カード自体にホーミングの生のが付いていたのか、挿入口にぴったりと収まる。変身の時は王子と宝石の絵だったたけど。このカードは宝石が三つ描かれている。



「ふむ、お嬢さん。それは?」



「はい! マシュマロ王子……、あのぬいぐるみみたいな妖精さんが出してくれる魔法のカードで、これで必殺技とか変身とかできるんです!」



「なるほど……、では。私は自身の仕事をするとしようか。」



そう言うとさっきまであゆみの隣に立っていた彼女の姿は突風と共に掻き消え、イビルナーな足元に出現する。身体強化にモノを言わせた高速移動だろう。そして先ほどシュエルが見せた逆回転踵回しを再現、イビルナーの足首部分に直撃させる。


衝撃を与えて破壊する、のではなく転ばせて時間を稼ぐために感覚は押し出し。シュエルとマリアンヌが戦闘中に巻き起こしていた硬いものと硬いものがぶつかり合うような爆音どころか、音は全く聞こえない。重心移動のためだけの技だった。


そして、急に片足を吹っ飛ばされたせいで傾くイビルナーの巨体。そこですかさず大きく地面を蹴り、化け物の眼前に移動するマリアンヌ。



「さぁ、マドモアゼル! フィナーレだ!!!」



その言葉と共に、すでに崩壊して開けた場所にイビルナーを殴り飛ばすマリアンヌ。そしてそこは彼にとって死地。桃川歩、『ラブリージュエル』の射線上だ。



「はい! いきます!!!」



【ラブリーパンチ】に収められた三つの宝石が描かれたカード。それに勢いよく開けられる穴。その瞬間にカードに込められていた魔力が爆発、彼女の胸に収められているピンクダイヤモンドと同じ色の光が溢れ、あゆみの体に負の感情を浄化するための魔力が込められる。




「もうだれも傷つかないために!」



「その負の感情!!!」



「私が救って見せます!!!!!」




飛び上がり、行き先はイビルナーの直上。その光が隅々まで行き渡るように。一度手のひらを合わせ。開く。カードによって込められた魔力はすべてその先に。花開かれたその行き先は、悲しき獣を包み込むため。






「マックス・インパクトォオ!!!!!」






その言葉と共に辺りを包み込む極光。手のひらから広がるようにすべてを洗い流す桃色の光が放たれる。



「蜈会シ√??蜈会シ√??窶ヲ窶ヲ遘√?…………、私は……。」



その光がイビルナーを包み込み、宿主を覆っていた負の感情たちが絶叫と共に掻き消えてゆく。徐々に、徐々にイビルナーの大きさは小さくなっていき、その紫の体が掻き消えた後に残っていたのは一人の少女だった。







「ッチ! ……イビルナーがやられたのね……。」



「おっと。舌打ちは駄目じゃかなったかい? レディ?」

(あ、あゆむちんがやってくれた!!! こっから見えないけどナイスでぇす!!! なんでこの骨ボキボキタイム終わり!!! 地獄の時間終わり!!! 蛍の光流れろ!!! お仕事終わりでやったぁ!!! 『TS美少女は世界の判別に苦しむ』! 終劇!!! はい解散、解散~!!!)



極光が放たれたとき、煙の中で攻撃してくることを警戒して動けなかったシュエルと、その後に若干キレてた彼女にボコボコに蹴られた(見た目は無傷)マリアンヌが抱いた感情は別々だった。



「……はぁ。今日はお開きにしましょうか、マリアンヌ。私としても二対一でやるのはご勘弁。出来たら見逃してほしんだけど?」



「ははは、こちらも手ひどくやられたからね。その提案に乗らしてもらおうか。」

(ホント何回骨砕かれたんでしょう? イスズちゃんチートなかった仏様にジョブチェンジするとこだったよ……。)



「ッチ! 全くそんな風には見えないけどねぇ?」



「……あぁ、そうだ。一つ聞くのを忘れていたよ。君たちの目的は何だい?」



「さぁね? あの小娘にでも聞けばいいさ。」



そう言って何らかの魔法、おそらく転移で掻き消えるシュエルの姿。さっきまで肌で感じていた強敵のプレッシャーもなくなったしそこら辺に隠れていて不意打ち、と言うことはないだろう。



「……行ったか。あぁもう! ホント何なのこの世界! あとクッソ痛かった! 痛かった! 泣き叫ばなかった私誰か褒めて! 褒めて!!!」



そんな愚痴を思いっきり叫びながらとりあえず帰還のために行先を自室に登録している転移の魔法を本で起動としようと思ったが……、まだあゆむちんの後始末とかこの壊れた町をどうにかするとかの問題がまだ残っている。それにあの敵幹部みたいなのは何かをあゆむちん、もしくはあのプードルみたいな妖精から聞かなければならない。貞操の危機だけかと思ったら生命の危機まで追加されたのだ、知らないうちにグッバイ現世、ハロー死後の世界とか笑えないので情報集めは必須である。




まぁ、なんというか。簡単に言ってしまえば……





やったねイスズちゃん! 残業のお時間だよ!

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