第7話



「もっと速く走るマロ! 急ぐマロ! マロの足より遅いマロ!」



「運動部でもないから速く走るなんて無理ですよぉ!」



マシュマロ王子、いやもう一人称“マロ”だからマロちゃんでいいや、そっちの方がかわいいし。そのマロちゃんを胸元で抱きかかえて走ること数分。中学で文化部だったこともあり、まともな運動なんて授業の体育ぐらいの私はすでにバテていた。



「も、もう無理です……。」



「あともうちょっとだから! 邪気を感じた方向にかなり近づいているから! もうちょっと頑張れマロ!」



そうやって腕の中で暴れながら激励するマロちゃん、やっぱかわいい……。おっといけない。本気で拒絶される前に自重しなければ。彼も自分で走るよりも私のバテバテ歩行の方が速いと理解しているから現状を維持しているけど、私の歩が止まればそれで終わり。この腕を包むようなフワフワかわたんは消えてしまうのだ。絶対にごめんこうむる! どれだけ足が悲鳴を上げようとも歩け! 私!


そう思いながら必死に走る……、が遅かったのだろうか。ほんの数十m、発生源は市街地のため隠れて解らないが、突如として立ち上がる眩い紫の光柱。視界が紫の光に包まれると同時に、肌に纏わりつく嫌な風が私を包む。



「お、遅かったかマロ…………!」



風と光が収まると、そこにいたのは十m級の巨大な、紫の化け物だった。



「なに、アレ……。」



幼稚園児が書いたような紫の淡色の化け物、目は丸く口はギザギザ、頭からは鬼のような角が生えている。ただ単にこれを絵にしてみたのならば何も感じなかったであろう。しかしながら感じる生理的な拒絶。アレの近くに居すぎると心が全部真っ黒になってしまうかのような恐怖。本能も理性もアレから逃げないといけない、そう叫んでいる。だけど、その大きさ、もしくは化け物が醸し出す負の感情に足が竦んでしまって全く動けない。




「縺ソ繧薙↑縺ソ繧薙↑險ア縺輔↑縺!!!!!」



「あゆみ! とにかく今は……」



化け物が言葉にならない叫びをあげながら町を破壊し始める。家が壊され、何かが崩壊する音が聞こえる。腕を振り上げ、落とす。屋根を持ち上げ、放り投げる。人の積み上げてきたものが壊されていく。


化け物にかなり近い位置にいた私たちの足元にも瓦礫がとんで来る、おそらく直撃していれば私は下敷きになって死んでいただろうというサイズ。だが、私の目は何故かあの化け物から離せなかった。その私の様子を心配してくれた、もしくは呆然とする私を逃がそうと彼が声を上げた時、私の目の前に何かが下りて来た。



「あら! あらあらあら! この感じ。もしかしてマシュマロ王子?」



「お! お前は!」



「アハハハハハハハ!!! やっぱりマシュマロ王子かぁ! こ~んなに小っちゃくかわいくなっちゃって……、妖精さんは不思議ねぇ? にしてもこんなに可愛らしくなるんだったらインテリアにでもしてあげればよかったわ。」



夜会巻き、と言うのだろうか。酷く毒々しい印象を受ける薄紫色の髪色を持つ、パンクなイメージを与える服装の女性。彼女がこちらを嘲るように語る。それにこの肌が拒絶する感じ、今あそこで暴れている化け物よりも何倍も負の感情を感じる……。



「お、王子、あの人は……。」



「そういえば、あなたは初対面ねぇ? 初めまして~。そこの【イビルナー】ちゃんの飼い主。“シュエル・シューミ”って言うの。ま、冥土の土産にでも覚えておいたらいいんじゃなぁい?」



「……『原初の悪意』たちの幹部、“シュエル・シューミ”マロ! あゆみ! マロを置いて逃げるマロ!」



「あれ? もしかして逃げられると思ってる?」



王子が言うか言い切らないかというところで、瞬きの内に私目の前に移動しているシュエル。濃い紫のネイルがされた細くて長い指が私の顎を這い、もう片方の手が王子の頭をがっしりと掴んでいる。



「よ~く、見てみるとアナタ可愛い顔しているわねぇ? どうしようかしら。全部滅ぼせって言われているけどあなただけでも小間使いとして生かしてもらおうかなぁ? ほら、ぜんぶぜぇ~んぶ壊れちゃうけどあなただけは何も壊れないのよ? なぁ~んにも怖いことも、痛いこともないの。ほら、あなただけが特別になるのよ? とぉ~っても、ステキなことだと思わない? ねぇ、あゆみちゃんはどう思う?」



何か、引き込まれるような、落ちていくようなキレイな紫の目。さっきまで感じていた嫌な感じはどことなく消えていき、はっきりと物事を考えられなくなっていく、……そっか、私だけ助かるのならそれでも……。





















……私だけ? 私だけ助かると言っているのかこの人は。今も向けられているシュエル視線の裏では【イビルナー】と呼ばれた化け物が町を壊している。みんなが一生懸命作り上げてきたものを壊している。それにあの全部を更地にしてやろうとする壊し方だ、住んでいる人はもう……。


そんな惨劇が目の前で起きているのに私は何もしないのか? ただ嵐が過ぎ去ることを自分だけ何の影響もないところで過ごすつもりなのか私は!


パパやママが、学校の友達のみどりさんや半田君、クラスメイトのみんな。地元で一緒に育った人たち、見守ってくれていた人たち。みんなみんなが苦しみ、傷つき、もしかしたら死んでしまう。医師になってしまうかもしれないのに私だけ生き残るつもりなのか私は!



違う、違うでしょ! それは絶対に正しいことじゃない!




ぎゅ、っと目をつぶり、かなりの高さから落ちてもほぼ無傷だったマシュマロ王子の耐久性を信じてがっちりと掴まれている王子を支点に両足を、腰の高さはそのままで屈伸の時みたいに曲げる! そして両足の裏側をアイツに向かって思いっきり蹴りだす!



「ッ!」


「ぎえピ!」



アイツの王子を掴んでいた手が緩み、蹴りだした力によって私は後ろに押し出される。元々そんなに力のない私が蹴ったせいで背中と地面がくっつくまでの時間は短く、鈍い音と全身に伝わる衝撃がすぐにやってくる。……でも手元には若干白目をむいている王子に少し離れたところにはアイツがいる! 何とか逃げ出せた!



「へぇ……! 私の魔眼から逃れるなんて……、もしかして魅了への耐性でも持っているのかしら? プレミア感が出てもっと欲しくなっちゃったねぇ?」




「痛ったぁ、仕方ないとはいえもうちょっと方法選んでほしいマロ……。」



「お、王子……、何か戦う方法ないの? このままなら二人ともお陀仏だよ……。」



「な、何にもないマロ。マロは戦えないし……。」



「そっか、絶体絶命なわけだ。」




手元には何もないし、私自身戦えるようなものは持ち合わせていない。妖精でぬいぐるみみたいなマシュマロ王子はなおさら。逃げようにも最初に逃げようとした時と同じようにすぐに差を縮められて終わり。私の勝利条件はここから逃げることだけど、どう考えても無理そうだよぉ……。


何か、何か戦う力があれば……。





 ーーーーーーーーー




「『ラブリージュエル』、ですか?」



「そうマロ。それに変身できる適合者を探しに妖精界から人間界にマロはやってきたマロよ!」



マシュマロ王子が感じた邪気の方に走り出す少し前、彼の出自だとかなんでこの世界にやってきたのかなどを聞いていた時に、こんな話になった。


なんでも『ラブリージュエル』って奴は凄腕の戦士らしい。昔、妖精界で怪物たちが暴れた時も彼の祖先である初代王・アーサーが人間界で助けを求め、やってきた少女たちが化け物をバッタバッタとやっつけ敵のボスを封印したらしい。


【マックスジュエル】なる五つの宝石のどれか一つから選ばれた少女だけが変身できるみたい。それでその資格を持つ人間が近くに現れた時に宝石が自然に光りだすみたいなんだけど……。



「光らないですね。」



「光らないマロね。」



私が魅せてもらった宝石は全部全く光らなかった。



「……普通一番初めの私が変身する奴じゃないの?」



「現実はそんなに甘くない、ってわけマロね。……マロもちょっとどころかかなり期待したけども。」



本来ならその宝石が持つ色のように輝きながら対象者を守り、変身できるはずなのだけど……、ま、私には縁がなかったということです。ま、まぁ? 最初にマシュマロ王子保護したの私ですし? 他の戦士さんたちのサポーターぐらいの位置に滑り込めるかなぁ? って思っていたわけです。


結局不知火さんのおかげで、って言うのはちょっと失礼だけどあの事件から部活決め損ねているし、世界を守る活動ってのも面白そうだしね!


でも、まぁ……。本音を言えば変身して見たかったなぁ。




 ーーーーーーーーー




そうだ、今は単なる興味とかじゃなくて単純にこのどうしようもない状態から抜け出す力が欲しい。目の前には王子の世界を滅ぼした敵の幹部、それに後ろではずっと暴れ回っている怪物。たぶんシュエルの指示があればアイツも攻撃してくると思う。圧倒的な2対何の変哲もない普通の1。本当にどうしようもない……。



だから、せめてどちらかをやっつけられる力が! みんなを守れる力が!















その瞬間、マシュマロの懐からあふれ出す輝き! 誰かをやさしく包み込むような温かい光!



「こ、これは……!」



「な、何の光よこれ! 聞いてないわこんなこと!」



そして、懐から独りでに飛び出すのはピンクダイヤモンドの【マックスジュエル】。あゆみを守るようにぐるぐると彼女の周りを旋回し、胸元で止まる宝石。



「認めて、くれるの……?」



その声にこたえるように宝石から伸びる魔力の線。心臓から血液が送られるように、胸から両肩、そして両腕に、胸から腰に回り、両足へとめぐる。



「あゆみ! これを!」



マシュマロ王子から投げ渡される箱型の物体。花の装飾と金色の縁が目立つスマホよりは厚い物体。確かこれは【ラブリーパンチ】!



「そしてこれを……むむ! 『PON!』 できたマロ! これをセットして変身マロ!」



手を前に出し何かの魔法を使う王子、子気味いい音と共に出てきたのは王子の顔、プードルの顔とピンクダイヤモンドが印刷されたカード。そしてとんでもないコントロールでそのカードを私に投げ渡し、収まるのは私の【ラブリーパンチ】。ここに走ってくる前に聞いておかなければわからなかったであろう、このパンチの切れ込みに収まったカードに反応して飛び出る取っ手。これを押し込んで穴を開ければ変身できる!



「ッ! させるか!」



残念! 私の方が速い!



「チェンジ! 『ラブリージュエル』!」





瞬間、あたり一帯に広がる光! すべてを癒し、守る光!



さっきまで私の胸の前で輝いていたジュエルが胸に触れるまで近づき、鈴のような音と共に宝石を中心にして大きなリボンを展開する。そして、ジュエルから伸びていた光の線が私の体に密着し、その線を起点として私だけの戦闘服が浮き出てくる。


元々来ていた制服が光となって消え、魔法少女らしいひらひらとした戦闘服に生まれ変わる。私のショートだった髪型も、魔法の力のおかげか長くなり、ローの位置でツインテールに結ばれる。



全てが書き換わった後に、それまで私を守るように展開していた薄桃の光が晴れ、目の前にさっきまで見ていた光景が広がる。


感じるのは力、みんなを守れる力だ!



「……これ以上! 傷つけさせるもんか!」









「っち、なんだかパワーアップさせちゃったみたいねぇ? というか私の名前と濁点だけ違うから紛らわしいのだけど……。ま! 全部ここで消し去ってしまえば考える必要も消えるか、なら……。ほら【イビルナー】? 初めてのお仕事よぉ? 小手調べにあの小娘を叩きのめしちゃいなさい!」




「螢翫☆螢翫☆螢翫☆?√??遘√r蜿励¢蜈・繧後↑縺??繧貞」翫☆!!!!!」




イビルナーと呼ばれた紫の化け物が、街を壊すのをやめて私に襲い掛かる。こんな戦いみたいの初めてだけど……! 今戦えるのは! みんなを守れるのは私だけ! やらなきゃ! 





「はあぁぁぁぁあああああ!!!!!」






 ーーーーーーーーー






「螢翫☆螢翫☆螢翫☆?√??遘√r蜿励¢蜈・繧後↑縺??繧貞」翫☆!!!!!」



「はあぁぁぁぁあああああ!!!!!」






え~と。みなさま~? いかがお過ごしでしょうか? 幸らの世界の季節は解りませんが、春ならば増えてくる不審者に気を付け、夏ならば熱中症、秋ならば食欲の秋といますから食べ過ぎないように、冬ならば寒そうですのであったかくなされればよろしいかと思います。また季節の移り変わりは風邪を引きやすいとよく言いますから、十分お気をつけてくださりますよう。


また私が今いる世界のように、学校の友人が急に変身して空を飛びまわったり、昨日発見した豚の魔物とはまた画風が変わってくる化け物が町を破壊したり、謎の暗雲と雷が鳴りまくるとぉ~っても楽しい天気の方は私と一緒に辞世の句でも詠みましょう、そうしましょう。


え? わたくしですが? これは大変失礼しました。わたくし翠野イスズと申すものでして、前世男のTS美少女のチート持ちなのでございますが。この転生した世界が何の世界なのか全くわからず困っているところでございます。


先日は高校の教室で致している男女を発見し、その日の夜に謎のオークたちと戦闘を繰り広げていると思ったら次の日には魔法少女というか、もう日曜日の朝にやっている女児向けアニメの展開が繰り広げられているわけでして……。



う~ん! 喀血! マジでここ何の世界ですか!?!?!?






ま、まぁ? 現実逃避はそこそこにしておいて、イスズちゃんも動かないといけないわけですよ。例のクソまずサンドイッチソーダと死闘を繰り広げたあと、荷物を置いてあるところに帰ってみれば荷物番のあゆむちんが行方不明。チートの首飾りで強化された身体能力でそこら辺のお家の屋根に飛び乗り、さっきまで彼女を探し回っていればこの始末。


昨日のオーク事件と教室合体事件のせいでR18イベントがてんこ盛りな世界と思っていた私でしたから桃川歩 氏がいなくなった時は、もう慌てました。せっかくできた友人が目を離した隙に、誰かにお持ち帰りされてしまったのかと思いましてね、文字通り飛び回って探してみれば空に立ち上がる謎の光柱、響く何かの倒壊音と来ましたから、もしやと思って移動してきたのですよ。


そしたら宝石の方なものを宙に浮かせて敵っぽい人間と立ち会ってるあゆむちん、それに驚いて呆けていたら変身して戦い始めちゃうんですもの。『現実は小説よりも奇なり』という言葉があった気がしますが、もっとお手柔らかにできませんかね、現実さんよ。



ん~、にしても。ちょっと劣勢気味ですかね? あゆむちん。たぶんあの変身シーンとか、全部は見れてないけどコレ物語初めの最初の変身&戦闘なのだろうね、4月だし。まぁ初めてで確か運動系の部活やったことが無いって言ってたから体を動かすこと自体になれてない。もしかしたらあゆむちんに眠る戦闘士の才能が目覚めるかもしれないけどまぁ今すぐじゃないだろう。


それに、あのデカい怪物を指示しているっぽいあの女。今はあゆむちんを観察しているだけだけどアイツだけ戦えない、ってわけでもないだろう。変身シーンであのちっさいプードルみたいのが生み出して投げたカードを使用していたことから、変身するのは妖精みたいなのがいないと成立しない、ってお決まりだろうね。だとしたら手が空いているあの女が狙うのは妖精の方か……。




何にしてもあゆむちんが劣勢気味で、大事な妖精さんは無防備。こりゃ手伝わないといけないですな。それに『ツインテールを保全する会』の会長としましてはあゆむちんのローツインテール。私のハイよりミドルとはまた違って素ん晴らしい!!! あれを傷つけるのは人類の損失!!! どんな手段を使っても守らなければ!!! 




うし! じゃあ持ち物確認! 手元にあるチートは四つ目の身体能力と状態異常無効の首飾り! 六つ目のいろんな魔法が使える一番チートな魔法の本! 最後に八つ目の鎧スライム君、どんな形にも変形出来て色も質感も変えられるぞ! ちなみに今現在背中にまとめて張り付けて隠してます!



この三つでどうにか救援していく訳ですが……、一応『灰猫』フォームは禁止。さすがに友人の前で痴女して遊ぶほど私の精神は常識を振り切ってない。と、なると他の『人格』というか『フォーム』を考えないといけない訳である。さすがにあゆむちんにも身バレは避けたいのですっぴんはなし。


と、なるとやっぱり……、スーツでも着るか? いやタキシード?



魔法でお顔を変えまして……、髪色は……、不知火ちゃんの赤、入学式の時に見た青、私の緑に、生徒会長の金、あゆむちんはピンクだし、灰猫は灰色、というかあれは銀に分類されるか? 誰かにミスリードされて迷惑かけるのは悪いからこれ以外の色で面白そう&スーツに似合いそうな色となると……、うん。金色にしちゃえ!


会長ごめん! でも外国の人金髪いるから許して!


髪型も、魔法でパーマ、80年代の少女漫画でいそうなパーマかけて流す感じで、鎧スライム君をスーツみたいに変えまして、最後に魔法でシルクハットをポン! と出して完成!



名前は……『マリアンヌ』とでもしとこうか。うん! 偉大なるフランスに敬礼! ってわけで黒を基調とした衣装で纏めた男装の麗人っぽく行きましょうか!




お~ほっほっほっほ! あゆむちん様! 今助けに行きますからねぇ!







……あ、似合いそうだしマントも付けちゃえ。スライム君出して、うん、表黒で裏地赤の奴。そう、それそれ。


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