第40話「幸せ太りだったろ?」

 ––––数年後。


「い、いやあああああああああっ!」


 毎度お馴染みとなりつつあるハニーの叫び声が、脱衣室から聞こえて来た。

 僕は洗濯したバニーガールの衣装を干してから、ゆっくりと脱衣所に向かう。


「また太ったの?」

「…………フトッテナイ、ワタシハフトッテナイ」


 片言でボソボソと喋るハニー。

 相変わらず衣服をまとっていないハニーの足元には体重計がある。

 うん、太ったね。

 でもさ、外見に変化なんて––––いや、待て待て待て。

 毎日ハニーの裸を見ているから気付かなかったが、数ヶ月前と比べてなんか……いや、言いたくないけどさ、その、ちょっとだけさ、いや、ちょっとだけだよ? なんかさ、お腹がさ、ちょっとだけ出てる気もする。

 あ、これマジで太ってるやつだ。


 ど、どうする? 太ってないで押し通すか?

 でも、明らかに目に見える範囲で太ってるからキツいんじゃないか?

 いや、待て。

 だったらさ、太ってしまった理由を他のせいにするのは?


 あ、あれがいいんじゃないかな。

 幸せ太りの仕事版みたいな。

 じつはさ、仕事面でとてもいいことがあってさ、一年前に王都に出店したハニークレープ一号店が大好評で、その売上だけで魔族の給料の1/10を賄える程の儲けを得たんだよね。


 そのことにハニーはとても喜んでいて、毎日ニコニコでご機嫌な表情をしている。

 僕もハニークレープのメニュー開発担当として、とても鼻が高い。

 この前開発した、ほうじ茶クレープも爆発的な勢いで売れていると聞いている。

 あのクレープさ、ワビサビクレープが出してきた人気商品、抹茶クレープを真似した商品なんだよね。


 そう、ワビサビクレープはまだ存続しており、結構売れている。

 毎月出るゲテモノ商品が妙な人気を集め、「とりあえず一回だけ食べてみよう」という怖いもの見たさを求める層の変なニーズにマッチしたらしい。

 その中で稀に生まれる「普通に美味い」クレープは定番商品となり(抹茶クレープもそれだ)、ゲテモノ品以外を求めるお客さんにも売れている。


 今にして思えば、普通に評価を誤っていたなワビサビクレープ。

 そのチャレンジ精神、嫌いじゃないぜ。


 でだ。

 その抹茶クレープをヒントに、抹茶が行けるなら、ほうじ茶も行けるやろというチャレンジ精神で出したのが、ほうじ茶クレープってわけだ。

 実際、先月一番売れたらしいしね。


 一号店の売れ行きから、二号店、三号店の準備も着々と進んでおり、ハニーのクレープで世界征服計画はとても順調にことを運んでいると言える。


 まあ要するにだ。

 大きな仕事で成功を掴んだ結果、気が緩み幸せ太りしてしまった––––みたいな理論で押し通すか。

 よし、それで行こう。


「ハニーさんや」

「私は太ってない」


 僕は未だに太ったことを受け入れないハニーを諭すように言う。


「ほら、最近さ、いいこといっぱいあったじゃん?」

「そうね」

「幸せ太りじゃない?」

「なわけないでしょ、だって一ヶ月以上毎日増え……てないわ! 私は太ってない、私は太ってない」


 呪文のように、「私は太ってない」を繰り返すハニー。

 しかし、妙だな。

 ハニーって少しでも太れば運動をしたり、食事制限をして痩せようとするのに、一ヶ月以上太り続けてるってことは効果が無いってことだろ?

 あれ、ヤバくね? もしかして身体に異変があるんじゃね?


 思い返せば、最近のハニーはどこかおかしい。

 いつもご飯をいっぱい食べるのに、最近は食欲が低下気味だし(もしかしたら太っているのを気にして制限してたのかも)、昼間にお昼寝をやたらとしたり、なんか普段と違う気もする。

 それに……いや、待てよ。

 もしかして……。


 僕はもう一度、太ったというハニーを見る。

 うん、お腹が少しだけぽっこりとしているね。

 なるほど、なるほど。

 これは幸せ太りだね。


 さて、どうやってハニーに伝えようか。

 ストレートがいいかな、それとも魔人らしくジョークを交えた方がいいかな。

 反応が楽しみだ。



 ––––後日。


「ハニーにプレゼントがあるんだ」

「なぁに急に」


 と言いつつ、嬉しそうにトテトテと僕に近寄ってくるハニー。


「僕からハニークレープ一周年のお祝いだ」

「ふぅん、何をくれるの?」

「多分ハニーも喜んでくれる素敵なプレゼントさ」


 僕は小さな箱を取り出してハニーに手渡す。


「なぁに? アクセサリー?」

「開けてみて」


 ハニーが開けた箱の中には小さな靴が入っていた。

 それを見て、眉を細めるハニー。


「……ねぇ、流石にこんな小さな靴は履けないわよ」


 僕は笑いながら、ハニーのお腹をそっと撫でる。


「この子のだよ」

「……っ! そ、それって、もしかしてっ」


 喜んでいるんだか、驚いているんだか分からない表情で僕を見つめてから、ハニーは勢いよく僕に抱き着いてきた。


「こら、危ないだろ」

「だ、だって、だってっ!」

「妊娠おめでとう、ハニー」

「……うんっ、うんっ!」


 喜びの表情で、何度も頷くハニー。


「ほら、僕の言った通りだったろ?」

「ふふっ、上手よ」


 お、合格を貰えた。

 まあ、今日は採点が甘いだけかもしれないが。

 僕はもう一度ハニーのお腹を優しく撫でる。


「この幸せを、僕が更に大きく膨らませてやるよ」

「ふぅん、どうやって?」


 そんなの決まってるじゃん。


「料理で」


(おわり)

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奥様は魔王様 赤眼鏡の小説家先生 @ero_shosetukasensei

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