第39話「お風呂上がりに渡した化粧水ちゃんと使ってる?」

「ねえ、この新作のリップどうかしら?」


 そう言ってハニーは、くちびるをチュッとしてみせた。

 昼下がりの午後、本日はお休みの魔王様は、シャーロット姫から送られてきた新作のコスメをウキウキ気分で試していた。


 何故王女様から魔王様に贈り物が届いたかを話すと長くなるのだが、簡潔に言うと人間と魔族の関係がちょっとだけ良くなった。


 先日王様にハニーのクレープ世界征服計画を話したら、フィルはやたらと乗り気で、僕がハニーがクレープ屋さんを作りたい理由––––つまり、人間から金銭を奪わなくても稼げる仕組みを作りたいことと、その目的を話した結果––––


「なら、やればいんじゃね?」


 と、軽い感じで乗って来た。

 まあ、その理由も納得のいくものであった。


「俺たちも近い将来、もしも世界が平和になれば、ギルドや武器屋は商売にならなくなるからな」


 倒すべき相手が居ないと俺たちも経済が回らなくなるんだ、とフィルは人間にとっても痛い所を言う。


「だから俺たちも、人間だけで経済が回る何らかの稼げる仕組みを考えていたんだ」

「ほう」

「俺はやはり、料理屋だと思う」

「悪くない」


 フィルらしい考えだと思うし、僕も世界中に料理屋さんが出来たら嬉しい。

 そんなに無いんだよね、料理屋さん。


「だが、料理屋を世界中に作れないのは魔術師不足にある。火を起こせないからな」


 フィルの言った通り、マジックキングを行えるのは魔術師だけだ。

 火力の調節をし、じっくりコトコトと煮込めるのも魔術師だけだ。

 そしてフィルはニヤっと笑い、とんでもないことを口走った。


「……魔人なら簡単だよな?」

「……お前、考えヤバいぞ」

「はっはっは、魔王と結婚したお前に言われたくないな!」

「……それもそうだな」


 それを言われては、どうしようもない。

 だが、大きな問題がある。


「だけどさ、人々はそれを受け入れられるかな。僕やフィルはいいかもだけど、今まで敵対していて、大切な人とか、多くの人を殺して来た魔人をさ、受け入れられるとは思えないよ」

「確かに難しいだろうな」


 フィルは、「だがな」と話を続ける。


「時代が変わろうとしているのだから、人々も変わらなくてはならない。争いよりも平和な方がいい」


 少なくとも俺たち人間はな、とフィルは言う。


「ならばその平和を望む俺たちが、変わらなければならない。平和というのは勝手に出来ない。平和というのは作るものなんだ。ならば––––俺が作ってやる」

「……へぇ、かっこいいじゃん、王様」


 ドヤ顔を浮かべるフィル。


「だから、お前は俺に協力しろ」

「……仕方ないな」


 そんなこんながあり、僕がハニーにその話を通して、それが実現可能となる数年後に向けて、内密ではあるが平和協定が結ばれた。

 内密なのは、人間を滅ぼしたい魔人に知られると、暴動が起きるからだ。

 それをなんとか水面化で鎮火させ、数年後なら学校を卒業した理解力があり、道徳心を持った魔人が育つ(ハニー曰く予定)ので、人間相手でも、問題なく接せられるのでは? という希望のもと、このハニークレープの世界征服計画は動き出した。


 それで、シャーロット姫から化粧品が届いたのは、僕の入れ知恵である。

 ハニーに気に入られたいのなら、人間界でしか売ってないコスメとか、限定カラーのリップとか送るといいよ、とアドバイスした。

 それを聞いたフィルが、「なら、そういうのに詳しい妹に相談してみる」とシャーロット姫に話して、それ以降、貢物というか、献上品のような物が時々届くようになった。


 あのお姫様、コスメオタクなんだよね。

 自分でメイクするのも、人にメイクを施すのも大好きだ。

 そして僕は、顔の造形をやたらと気に入られ、標的にされていた。

 要するに、お化粧をされていた。

 多分それもあって、僕に会いたがっていたのだろう(僕はゴメンだが)。

 周囲からも、やたらと仲がいいように思われていたが、良かったのは仲ではなくファンデのノリだ。


「あのお姫様、すごくいい人じゃない。誤解してたわ」


 なんてハニーは言っているが、会いもせずに誤解したのも敵視していたのもハニーだ。

 まあ、人柄なんて会ってみないと分からないものだ。

 僕だって世界征服を目論んでいるとされる魔王が、美人で面倒くさい性格をしていて、おまけにクレープで世界征服を企んでいると知った時は流石に驚いたものだ。

 そんな人を好きになっちゃった自分にも驚きは隠せないが。


「何笑ってるのよ」

「何でもない」


 思わず漏れた苦笑をハニーに見られた。


「あ、もしかしてこのリップ似合ってないって言いたいの?」

「ハニーは何でも似合うよ」

「それって、遠回しに私の外見なんてどうでもいいって言ってる?」


 あ、やべっ、地雷踏んだ。

 何とか弁明しないと。


「そんなわけないだろ、いつも外見に気を使ってオシャレを楽しんでるハニーを見てると、僕も楽しいよ」

「へぇ、そうなの」


 あれ、なんかハニーさんが怪しい目付きでこちらに近付いて来たぞ。


「ダーリンは外見に全然気を使わないのに?」

「僕はいいんだよ」

「ダメよ、せっかくいい素材をしてるんだから」


 あ、なんか嫌な予感しかしない。


「服装や髪型にはもっと気を使うべきだし、お風呂上がりに渡した化粧水ちゃんと使ってる? 全然減ってないんだけど?」

「……あ、いやぁ、使ってるよ?」


 嘘だ、全然使ってない。


「あのね、洗顔後は顔の水分が抜けていてとても肌が乾燥しやすいの。だから、化粧水を使って––––」


 なんかハニー先生の美容講座が始まった。

 ハニーこそ、学校でメイク講座をやればいいと思うな。

 もしくは、シャーロット姫と一緒に化粧品ブランドでも立ち上げたらどうだろうか?

 クレープよりも成功する確率は高いと思うな。


「ねえ、聞いてるの?」

「聞いてる、聞いてる」


 嘘だ、全く聞いてなかった。


「そう、じゃあ早速やるわよ」

「え、何を?」

「まずは眉毛を整えてあげる」

「え、いいよ別に」

「その次にメイクするから」

「はっ⁉︎ 何で⁉︎」

「だって、してみたいんだもん」


 だもんって、可愛く言ってもさせないぞ。

 抵抗してやる。


「やめろ、僕は絶対にやらない」

「へぇ、私に勝てると思ってるの?」


 ニヤリと笑うハニーを見て僕は思い出した。

 魔族の頂点に君臨する魔王の恐怖を。

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