第38話「クレープ屋さんで世界征服狙ってるんだぜ」


「あー、つまりお前は、魔王と風呂入って、一緒に寝て、手料理とか振る舞われてるのか?」

「いや、料理は僕だろ」

「そりゃそうか」


 そりゃそうだ。料理は僕だ。当たり前だろう。


「毎日お弁当作ってるからな」

「待て、魔王はお前の作ったお弁当を食べてるのか?」

「今日はメロンパンを作った」


 最近好評のダーリンパン工房だ。

 ハニーも美味しい美味しいって食べてくれるから、こっちまで嬉しくなっちゃうよね。

 フィルは「うん……?」と思慮深い顔をしてから、疑問をぶつけてきた。


「あのさ、コーエンはバルーニャに住んでるんだよな?」

「ああ」

「魔王城とはかなり距離があるが、移動とかどうしてるんだ?」

「ああ、それなら」


 僕は移動魔法を使い、フィルの背後に移動して見せた。


「こういう魔法がある」

「なっ、びっ、ビックリさせるな!」


 驚きの表情で振り返るフィル。


「移動魔法と言って、好きな場所に移動出来るんだ」

「なるほどな、その移動魔法とやらを使って、お前は魔王城に通っているのか」

「いいや、魔王が移動魔法を使って家から魔王城に出勤して、夜になると帰って来る」

「え、逆ぅ⁉︎」


 目ん玉が飛び出しそうなくらい目を見開いて、驚く王様。


「じゃ、じゃあ、魔王は夜になると魔王城を離れるのか?」

「ああ、代理の魔王が居るんだ」

「確かに報告では、夜間の魔王城は警備が厳重と聞いたことがある。なるほどな、魔王が城を離れるからか……」


 持っていた情報と照らし合わせ、納得するフィル。

 これは教えても大丈夫な情報だったのだろうか?

 まあ、いいか。フィルの言う通り、夜の魔王城は警備が厳重だし。


「だが、何で城で暮らさないんだ?」


 それはまあ、アレだ。


「僕が嫌がったからだな」

「……マジで?」

「いや、普通魔王城で暮らしたくないだろ?」


 陰湿だし、暗いし、魔族いっぱいいるし。

 だが、フィルが言いたかったことは違っていて、


「俺が言いたいのはそう言うことじゃなくてな、お前が嫌がると魔王は城を離れるのか?」

「そりゃあ、ラブラブだし」

「そうか、ラブラブならそうだよな……」


 愛し合っている二人が、出来るだけ時間を共にしたいと思うのは自然なことだ。


「だから、家事とか家のことは僕がやってるよ」

「なるほどな、いや、なるほど……なのか?」


 困惑した表情を浮かべる王様。

 うん、気持ちは理解出来るよ、僕も改めて考えると大分おかしいことをしてる自覚はある。


「あー、その、魔王って……いや、お前は魔王のどこが好きなんだ?」

「改めて問われると困るな……」

「一応、とんでもない美人だという情報は知っている」

「そうなんだよ、美意識めちゃくちゃ高くてさ、ネイルを毎月新しいのにするし、髪の毛なんか一か月に何回も切りに行くし、戦闘中に前髪がズレるのが嫌だからって一歩も動かないんだぜ」

「…………ふっ、ふははははははっ!」


 大声を出して笑うフィル。


「何だその魔王は! さっきから聞いていて思ったが、本当に魔王なのか?」

「それが魔王なんだよなぁ」


 僕は毎日そう思っている。

 冗談みたいな魔王様だが、冗談ではないのだ。

 フィルは散々笑ってから、涙目になっている目を擦る。


「なるほど、お前は魔王のことを女性として好きになり、結婚してしまったと」

「だから、そう言ったろ」


 本日三度目となるしばしの沈黙。


「……お前ヤバくね?」

「分かる、多分かなりヤバい」


 改めて言葉にすると、やっていることはかなりおかしい。

 宿敵でもある敵のボスと愛し合うとか、どこのラブロマンスだ。


「一応確認の為に聞いておくが、コーエンは決して魔王軍に籍を置いているわけではないんだな?」

「ああ、魔王と入籍しちゃっただけだ」

「上手いこと言うな」


 言ったのはハニーだけどな。


「それで、人間に敵対する意思は無いと」

「無いよ、ただ––––」

「なんだ?」


 どうするか、僕が魔人の血を引いていることも言うか?

 言った場合、僕の立場や状況を更にネガティブに捉えられる可能性は多いにある。

 いや、言おう。隠し事は無しだ。


「あのさ––––」


 僕は母さんから聞いた話を踏まえ、最近自分が魔人の血を引いている話をした。


「マジか……」


 もうフィルの反応にツッコミは入れないからな。


「この話をしたのは、僕なりの信頼だと思って欲しい」


 僕はフィルに先程言われたセリフをそのまま返す。

 これは僕にとっても紛れもない本心だからだ。

 フィルが僕を信じてくれているのは、これまでの会話や言動、振る舞いからも分かる。

 だからこそ、僕も真摯に対応したい。


「なるほどな……だが、驚きはしたが問題は無い」


 この男、僕のことを信頼し過ぎじゃないか? いくら長い付き合いの友人とはいえ、少し不安になる。


「お前は昔から変わったやつだったからな」

「……ふっ、お前もな」


 そう言って、お互いに笑い合う。

 何だ、何の問題も無かったじゃないか。


「それで、お前は魔王の計画––––というか、子供も大陸に配置し、戦力を増加させるという話はどう考えている?」

「それ、嘘なんだよ」

「何? どういうことだ?」


 僕はハニーが嘘をついた理由をフィルに話した。

 理由を聞くと、フィルは再び大声で笑い始めた。


「はっはっはっ! つまり魔王はお前の為にそんな嘘をついたのか!」

「そういうこと」

「かなりジョークのセンスがあるな」

「そうなんだよ、冗談ばかり言う、冗談みたいな奴なんだ」


 なんか楽しいな。

 そういえば、こうやってハニーのことを誰かに話すのは初めてだ。

 今まで誰にも話せなかったし、ずっと隠していたから。

 だけどこうやって話してみると、ハニーってさ、魔王ではあるけど、かなり嫉妬深くて、とても怒りっぽくて、やたらと美意識が高いだけの美人なんだよな。

 人々から恐れられている魔王ではあるが、僕からしたら可愛い奥様でしかない。


「魔王の本当の野望教えてやろうか?」


 そう言って僕はニヤリと笑う。


「クレープ屋さんで世界征服狙ってるんだぜ」

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