第37話「今日なんかな! 三回もチューしたからな!」

「キャロライナには妹の護衛に付いてもらっている。お前も知っていると思うが、実力は折り紙付きだからな」


 知っている。

 オリハルコンの剣を付与されるような勇者は数が限られている。

 というか、昔一緒に食材の調達という名目で、パーティーを組んでたからな。

 その強さを僕はよく知っている。

 だからこそ、ハニーが軽くあしらったのを聞いて驚きを隠せなかった。

 そんなにもハニーは強いのかと。

 まあ、今はそれはいいんだ。

 キャロライナがここに居るってことは、あの時ハニーが話した内容、そして僕の妻のことがフィルに知られてしまっている––––ってことだ。


「コーエン」


 フィルが僕の名前を呼んだので、僕はそちらに向き直る。


「キャロライナから話は聞いている」


 フィルは僕を見据えながら言う。


「魔王軍に寝返ったそうだな」

「違うぞ」


 当然否定する。


「どう違う? 魔王と親しくしてるんだろう?」

「親しくと言うか、何というか……」


 どうするか、何て言おうか……なんて考えているうちに、フィルは再び喋り出した。


「この事は他の人には伏せてある。下手に騒がれたり、噂が広がるのも良くないからな」


 当然スカーレット先生にもだ、とフィルは付け足した。


「この場にスカーレット先生が居ないのは、俺なりにお前を信頼している証だと思ってくれ」


 確かにスカーレット先生が居たら、先程のように僕は一方的にやられてしまう。

 単純な戦闘力では、僕はスカーレット先生には勝ち目がない。


「そしてキャロライナを同席させていないのも、同様の理由でだ」


 僕が裏切り、魔王軍に与しているという可能性がありながら、そうしてくれたのは本当に勇気がいる事だと思う。

 こいつは、心の底から僕を信頼してくれている。


「キャロライナから、話を聞いた時は耳を疑ったよ。まさか、お前が––––と」


 だから違うと否定したいが、フィルは口を挟ませてくれない。


「キャロライナ曰く、お前は魔王に操られているとのことだ」


 違うからね。

 てかさ、口振りから察するにだけどさ、これさ僕とハニーが結婚してるって知らなくない? 何となくのカンだけど。

 キャロって昔から説明とか下手だったからなぁ。

 多分、ちゃんとは伝わってない。


「だが、まずは自分の目で確かめようと思った。今日お前に会って話をして––––あの三人が今日襲撃して来てくれたのもラッキーだった。あの戦闘や、その後の力による支配が何故いけないかを話すお前を見て、俺は確信した」


 あ、じゃあ、あの三人はフィルが僕の様子を見るために、ワザと勇者を配置し迎撃させずに、僕にけしかけたってこと?

 魔王軍に属していて、人間の敵となっているなら、躊躇なく殺すかもしれない……みたいな予想をしていたと?

 さらに上手くことが運べば、金も浮いて一石二鳥的な? せっこ。


「お前は操られてなんかいない、と」

「まあ、うん、操られてないな」


 フィルはふっと、笑みをこぼす。


「そうだろう、お前ほどの魔術師ならなんらかの対抗手段を持っていると思っていた」


 まあでも、『おっぱい揉ませてあげる』って言われた時は、抵抗なんて出来ないけど。


「だからこれはあくまで予想なんだが、人質を取られてるのではないか?」

「いや、違うよ」


 もう、面倒だからストレートに言うか。


「僕さ、魔王と結婚したんだ」

「………………………………え、まじ?」

「うん、まじ」


 ほらね、伝わってなかった。

 魔王に操られてるとか、魔王軍に寝返ったとか、それは僕が人間側から見たら現在どういう立場に見えるかであって本質ではない。

 フィルは目をパチクリとさせ、頭を抱える。


「ちょっと待て、それはあー……待て、キャロライナが何か言っていたな。確か、子供がどうとか……」

「なんだ?」

「いや、それっぽい理由を言ってはいたんだが、話し始めると急に赤くなったり、モジモジとし始めて何を言ってるのか分からなくてだな」


 おいおい、キャロのやつ、あの時に話した子供がどうとかの話を思いだして、初心うぶだから恥ずかしがって言えなかったのか?

 情報伝達には己の意志を介入させるなって習わなかったのかよ。

 恥ずかしいから言わないとか、子供か。


「それは多分な––––」


 仕方ないので、僕はキャロの代わりにハニーのついた嘘の目的を話した。


「なるほどな、魔王軍の勢力を広めるなら妥当とも言えるな。結婚はそれに対する理由付けのようなものか……」


 フィルは当然のように誤解しているが問題はない。

 ちゃんと嘘だと説明し、嘘をついた理由も説明すればいい。


「まあ、それは僕の妻が––––」

「つまり、お前はそれに何らかの弱みを握られ利用されてるんだな」


 ––––ついた嘘なんだが。

 何だこいつ、僕への信頼度が高過ぎるが故にどんどん勘違いして行くうえに、全く話を聞かないぞ。

 というか、これも全部キャロライナの説明不足が原因じゃないのか?

 多分、『虹炎が裏切った』とか、『魔王と親しい関係』とか、『操られている』とか、断片的な説明しか出来てないぞ、アイツ。


「話せ、コーエン。何を理由に魔王軍に組みした?」

「いや、だから……」

「家族か? 恋人か? 大切な人が捕まっているのか?」


 その魔王が家族で恋人なんだが。

 大切な人は魔王本人なんだが。


「もしや、魔王にはずかしめられたのか?」

「あーもう! いいか、聞けよ、この野郎!」


 拉致があかない! もう僕もヤケだ!


「あのな! 僕はな! 魔王のことがな! 女性として好きになっちゃったんだよ! 今日なんかな! 三回もチューしたからな!」


 しばしの沈黙。

 そして、フィルはゆっくりと口を開く。


「……マジ?」

「マジだ」

「え、マジで好きなの?」

「心の底から愛してる」

「……マジかよ」


 マジしか言えなくなってるぞフィル。


「毎日一緒にお風呂に入ってるからな」

「……マジかよ」

「あとは、毎晩抱っこされながら寝てる」

「……マジかよ」


 続いて、僕はフィルに首筋のキスマークを見せる。


「しかもものすごく好かれてるぞ」

「……マジか」


 こいつ、マジでマジしか言えなくなってるぞ、マジで。

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