第36話「思わず躾をしてしまったではないか」
スカーレット先生は相手––––というか、一定の空間内における魔法の発動を無力化する事が出来る。
それは僕の虹炎も、ハニーの重力壁もだ。
スカーレット先生は、相手の魔法を完全にシャットアウトし、一方的な肉弾戦に持ち込む事が出来る。
僕もそうだが、ほとんどのレッドアイや魔人は、その高い魔力を活かす魔法攻撃を主力攻撃にしている。
それを正面から無効化され、拳の殴り合いに持ち込まれたら、ハッキリ言ってひとたまりもない。
だって、自分が得意ではない事で戦わされるんだもの。
オマケにスカーレット先生の戦闘力は勇者を遥かに上回るので、スカーレット先生の前では、魔人だろうが、レッドアイだろうが、血祭りのなぶり殺しである。
それが、スカーレットの由来だ。
ハニーなら関係ないんだけど。
だって、ハニーは肉弾戦も強いし。
まあ、それはいいんだ。
「なんだ、そうならそうと先に言え。思わず
フィルが状況を説明してくれ、スカーレット先生の誤解を解くことが出来た。
文句は言うけど。
「僕はちゃんと理由を言おうとしました。今のは話を聞かなかったスカーレット先生が百パーセント悪いです。あとオデコが痛いですし、背中も痛いです」
「自分で治せるだろう?」
治した。
「ついでに城も直せ」
「嫌です」
「壊れたものを直すのは得意だろう?」
「まるで僕が昔色々な物を壊していたような言い方はやめてください」
「事実だろう?」
ちっ、違うからね。魔力のコントロールが下手で色々建物を壊したこととか、無いからね! 違うからね!
その修復を自分でよくしてたから修復魔法が得意なんじゃないからね!
スカーレット先生は、チラッと襲撃者の三人に目を向ける。
「それに、あの三人の面倒は誰が見るんだ?」
そう、それも話した。
レッドアイにモノを、人として大切なモノを教えられるのは、同じレッドアイが適任なのだ。
僕もそうだった。
仕方ない、城も直すか。
僕は壊されたガレキを魔法で修復し、城を元通りの形に直した。
「ふむ、それでだ」
スカーレット先生は侵入者の三人に近付く。
「我が愛弟子の頼みだから、引き受けてやるが、私は甘くない。悪いことをしたらアイツのようになるぞ」
と言って、スカーレット先生は僕を指差す。
「私はアイツよりも遥かに強い––––分かるな?」
『は、はいっ!』
三人は勢いよく返事を返した。
まあ、あの三人を一方的に懲らしめた僕を、人差し指一本で吹っ飛ばしたのだからそうはなるわな。
スカーレット先生はゆっくりと僕に近付き、頭を撫でる。
「何するんですか」
「いや、良いことをしたのだから撫でてやろうかと」
ガシガシと頭を掴み、左右に揺らされる。
果たしてこれは、撫でられていると言えるのだろうか?
視界がぐわんぐわんするのだが?
こんな横暴なのに、料理は繊細なのが本当に不思議だ。
「ところでダー坊」
スカーレット先生は僕の頭を掴んだまま、ぐいっと僕に顔を近づけ、耳打ちする。
「さっきの防御魔法、明らかに異常な魔力だった––––お前のか?」
バレている。あの魔法が僕の魔法ではないことが。
ハニーの、魔王の魔法だと言うわけにはいかない。だけど、経験上スカーレット先生に嘘を付いても後で大体バレる。
どうしよう、どうしよう。
「どうした、早く言え」
「いたいいたいいたいいたい!」
掴んでいる手に徐々に力を込めていくスカーレット先生。
とても痛い! 頭が割れる一歩手前だ!
よし、嘘は言わないけど、真実も言わない方向で行こう。
「つ、妻の魔法です」
「ほう?」
嘘は言ってないぞ。魔王様だけど、奥様だし。
スカーレット先生は僕の左手を見てから、首筋に目を向ける。
「なるほど、優秀だな」
「そうなんですよ」
「だがな––––」
と、スカーレット先生は更に顔を近付ける。
近い。
あまりにも近い。
どのくらい近いかと言うと、スカーレット先生の赤い瞳に、僕の怯えた顔が映っているのがハッキリと分かるくらい近い。
「明らかにお前の魔力を遥かに上回っていたな」
そりゃあ、魔王様の魔法だし。
「私の知る限り、お前より魔力が強い奴は一人しかいない」
ヤバいヤバい、完全にバレてる。
え、これヤバくね?
あ、ヤバいやつじゃん、これ。
え、何? 自分で言わないといけないやつ? 自分で言うまでずっと追求されるやつ?
「そんな奴が、お前の為に防御魔法を使ったのか」
「……そ、そうなんですよ」
「何のために?」
「念のために?」
他の女から僕を守るためだが、今まさに危機に
ハニーの意図していない形で。
異性の対象としてモーションをかけらるのではなく、攻撃対象として攻撃モーションを取られている。
スカーレット先生はまた僕の首筋をジッと見つめる。
なんだろう、首を
怖い、怖い、怖い、怖い。
ハニー呼ぶ? 呼ぶか? いや、呼ぶしかない!
迷ってる暇なんか––––あっ、スカーレット先生の魔力無効化フィールドがいつの間にか張られてし!
これじゃあ念話出来ないじゃん! 呼べないじゃん!
ヤバいって! マジでヤバいって!
「ふむ、まあいい」
しかし焦る僕を他所に、何故かスカーレット先生は顔を離した。
そして、ゆっくりと昔を懐かしむように話し出す。
「お前のことは十二歳の頃から面倒を見ている」
そう、僕はその歳から地元を離れ王都で一人暮らしをしながら魔術学校に通い、スカーレット先生の元で学ばせてもらっていた。
「お前の母親からも頼まれてたしな」
母さんがさ、スカーレット先生の後輩なんだよね。
その繋がりで、スカーレット先生には同じレッドアイなのもあって、目を掛けられていた。
「そのお前が誰と結婚しようと私は知ったこっちゃないが––––」
スカーレット先生は、再びぐいっと顔を近づけてきた。
「人の道は外れるなよ」
そう言ってから、今度はちゃんと僕の頭を撫でる。
誰と結婚しようが。
人の道は外れるな。
深読みすればそのメッセージは、魔王と結婚したのを咎めはしないが、人間の敵にはなるなよ––––的なことを言われたわけでしょ?
あーあ、これ完全にバレてるじゃん。
だけど、それは僕のことを信じてくれているわけで、ちょっと嬉しい。
無条件で自分の味方になってくれる人が、母親以外にもいるということなのだから。
スカーレット先生はその後、三人を連れて城を後にした。
もう少し喋りたかった気持ちもあるが(料理のこととか)、まあ仕方ない。
で、だ。
「おい、こら、フィル」
「なんだ、スカーレット先生が居なくなった途端、元気になったな」
そりゃあ、スカーレット先生がいると強気に出れないからな。
「僕を騙して顎で使いやがったな」
「何を言う、俺とお前の仲ではないか」
「そのセリフを言うんだったら、もっと
僕だって言ってもらえれば––––いや、断ったような気もする。
僕がやる必要性を感じないし。
だってさ、
「さっきも言ったけどさ勇者にやってもらえよ。金がかかるからって何だよ」
生捕は難しいかもだが、数を揃えれば楽に対応出来たろうに。
それを金がかかるからって、僕を利用するとか、あり得ないだろ。
だが、フィルは首を振る。
「勇者なら、一人だけ護衛に付いてもらっていたぞ。最高の勇者にな」
「じゃあ、その勇者はどこに居るんだ?」
しかし、フィルは僕の質問には答えない。
「コーエン、お前はさっき真摯にと言ったな」
「言ったさ、僕たちは友達だろう? 隠し事や騙すなんてズルいだろう?」
「そうだな、俺もそう思うよ」
そしてフィルは言う。
「その勇者はな、キャロライナなんだ」
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