第35話「大きな力を持っていると、小さな力の存在を見落としてしまうんだ」
僕は三人に語りかける。
「力というのはいいよな。力があれば何でも自分の思い通りだし、金も美味いものも何でも手に入る」
三人は黙って僕のことを見ている。
「でも行き着く先は、より力のあるものに支配される––––こうやってな」
僕は三人を拘束しているツタを指差した。
「力が全ての基準になるのだから、より強き者に支配されるのは当たり前だよな」
かつての魔王は、そうやって魔族を支配していた。
「今から力による支配が何でいけないのか教えてやる」
なんでいけないのか。
その理由は沢山あるが、まあ––––分かりやすいのがいいだろう。
僕は三人にゆっくりと近付く。
そして、一人を指差す。
「おい、そこの黒い炎を出したお前」
ビクッと反応する黒炎使い。
「そっちのメイルなんちゃらって魔法を使った奴を今すぐ殺せ––––じゃないとお前を殺すぞ」
もちろん本気で言ったわけではない。
ただ。
理屈よりも感情で理解させるのが、一番分かりやすい。
これも一種の暴力だが、スカーレット先生は時には暴力も必要だと言っていた。
もしも、子供が包丁で遊んでいたら殴ってでもやめさせなければいけない––––と。
大人は子供を守る義務があると。
大人は人生の先輩として大事なことを教えてやる義務があると。
僕はもう子供ではなく大人だ。
ならば彼らに教えなくてはならない。
人として大事なモノを。
僕は怯えた表情を浮かべる黒炎使いに優しく語りかける。
「無理だよな、したくないよな。そんなの当然だよな。これが力による支配だ。人権や尊厳を踏みにじった非人道的なやり方だ。どうだ? これがお前らのやっている行為の行き着く先だぞ」
無理なのは当たり前だ。
だれだって、親しき人を手にかけたくない。
「だからこそ、今感じた『嫌だ』って気持ちは忘れちゃいけない。その気持ちを守るのが人権なんだ。人が人であるための守るべきルールだ」
僕は後ろを振り返る。
「フィル、こいつらの処遇は僕が決める。いいな?」
「任せた」
フィルは満面の笑みで即答した。いいね、ちゃんと王様してる。
僕は三人に向き直り問う。
「まずはお前の名前を教えろ、黒炎使いから」
「……シュウです」
「次はメイルなんちゃら」
「ミエルです」
ミエルを名乗ったメイルなんちゃら使いは小声で「あとメイルシュトロームです」と呟いた。
「じゃあ、最後の風使い」
「…………レオ」
ボソっと呟くように自分の名前を告げる。
「よし、じゃあ、シュウ、ミエル、レオ。お前らは明日から魔術学園に入れ。学費はあそこの王様に払わせる」
後ろから、「はあ⁉︎ 勝手に決めんなよ!」と聞こえて来たが無視だ。
というか、さっき僕に任せると言ったろ。喋るたびに言ってることをコロコロと変えるなよな。
魔法の才能があっても、様々な理由で魔術学校に入れない子供は複数存在する。
お金がないとか、家業を手伝わないといけないとか。
あとは、単純に学校に通うという選択肢が無いとか。
彼らみたいに。
子供を教育する学校という機関は王都にしかないんだよね。
だから、そもそもとして学ぶというものが、どういうことなのかを知らない人も多い。
「……習うことなんかねーし」
とレオと名乗った若者はぶっきらぼうに言う。
「そうか? 学べば足元を拘束しているツタを真空状態でも切れるぞ」
おそらくレオと名乗った若者は、今までずっと、自分の最強魔術である風の魔術に頼ってきたのだろう。
だから、それが通用しないとなるとどうしようも無いと思ってしまう。
「魔法ってはな、強さよりも使い方の方が大事なんだ」
僕は氷の初級魔法を使い氷の刃を形成し、レオのツタを切る。
「これは初級魔法だ。これを知ってれば拘束から逃げられたんだぞ」
僕は他の二人のツタも切りながら、話を続ける。
もう逃げないだろうし。
「風は吹かなくて、火は着かなくて、水は凍る真空状態。ここから得られる情報は、氷は存在出来るということだ。ならば、その氷でツタを切ればいい」
戦闘中にも言えることだが、現状の分析はとても大事だ。
「言われてみれば当たり前で簡単なことだが、大きな力を持っていると、小さな力の存在を見落としてしまう」
だから、スカーレット先生は虹炎ばかりに頼るなと僕によく言っていた。
「そういうことを判断出来るだけの知識を、魔術学校では教えてくれる」
今日僕がワンアクションで相手の魔法を無効化したようにな。
「学ぶということはな、出来ることが増えると同時に選択肢も増えるということなんだ。それは魔法を使う以外にも、日常生活で役に立つことも多い」
それを魔術学校では教えてくれる––––と、僕は言う。
「まあでも、実はそんなのはオマケでしかない。僕が本当に学んで欲しいのは––––」
「何だい、城が襲撃されたと聞いて来てみれば、生意気なクソ弟子がいるじゃないか。まさか、お前がやったのか、ダー坊」
僕の心に響く会心のセリフに割り込んで来た人の声を––––僕は知っている。
ダー坊。
僕をその名前で呼ぶ人を僕は一人しか知らない。
灼熱のような赤い髪をなびかせ、僕を見据える赤い瞳、レッドアイ。
彼女は、僕の師匠スカーレット先生。
もうすぐ四十歳も近いというのに、肌艶が良く、二十代と言われても全然違和感が無い美貌を持つ。
だがその美貌、今は怒りの形相だ。
なっ、なんか、誤解しているぞ! 弁明しないと!
「い、いや、僕じゃなくて、こいつらが……」
弁明が終わる前に、スカーレット先生は僕に高速で詰め寄り(移動魔法並の速度だ)、僕のおでこに拳を突き立てる。
トン、と寸止めされた。
手が。
拳が。
僕のオデコに当たっている。
ハニーの重力壁を貫通している。
レッドアイの魔法をも跳ね除けたハニーの防御魔法を。
無効化している。
僕の額からは恐怖の冷や汗が垂れた。
「何やら得体の知れない魔術を使って防御してるみたいだが、私には通用しないよ」
そう、通用しない。
ハニーの重力魔法だろうが、スカーレット先生には通用しない。
スカーレット先生は、拳から人差し指を伸ばし、ピンっと僕のオデコを弾いた。
「う、うわああああああああああああっ!」
僕の身体も後方に弾けとんだ。
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