第21話 疑惑
『私のいないところで事態を動かすのはまぁ良しとしないでもないが感情のまま魔力を暴走させるとは何事か! 城を壊すだけでは済まんぞ⁈』
「あー……えっと、ありがとう?」
『この場合は感謝より謝罪だ馬鹿者! こんな、全力疾翔させおって……っ、ついでだからその膨れ上がった魔力で私の消費分を補わせてやるわ!』
体の中からぶわりと大量の魔力を持っていかれて、自分でもびっくりするくらいスッキリした。逆にタルトはものすごく顔を歪めているけれど。
『おおおっ怒り塗れの魔力は不味い……!』
「感情で魔力の味が変わるのか」
『知らんが今のコレは不味い』
俺しか検証例がないから定かじゃないって事かな。まぁ今はそれでいいとして、……改めて周囲を見渡せば目を見開いて固まっているチェムレ王らお偉いさん達と使徒候補。
彼らがこのデカさのタルトを見るのは初めてだ。
翼を広げると縦横共に二〇メートル以上の巨体だし顔だけでこの執務室ぎりぎりのサイズ。大の男が丸呑みされそうな大きな口と鋭い牙を間近にしてしまえば、後ろ暗いことのある連中ほど恐怖しか感じないだろう。
『魔力の味はともかく、土地が抉れたところで構わんぞ』
対して吐き捨てるように言うチェムレの神獣キャシャーゼンの、手乗りサイズ感。
『ほう、そなたか! 話に聞いていたより随分と小さいな?』
『カイトの魔力で以て新たに形成した器ゆえな。魔力をもらえば相応に成長するが、この大陸同様の大きさに戻るには枯渇するほど吸収しても百年以上掛かるであろう』
『そうかそうか。まぁチェムレはもう沈むのが確定したのだし急ぐ必要はなかろう。ゆっくり成長したらよいのではないか? カイトの右肩は私の場所だがな』
『ふむ。では他のどこか……頭の上にするか』
『新参者が私より上とは許し難い!』
『ならばそなたの背に乗せよ』
『それも上ではないか!』
「タルトもシュゼットも親交を深めるのは構わないが状況を、さ……』
『シュゼット?』
『そなたがタルトという愛称を得たと聞いて私も強請ってみた』
『なるほど。シュゼット、シュゼット……良い名だな』
『うむ! 私も気に入っている』
「おーい」
人の話を聞け、と声を掛けようとしたその時。
「ちょっと……私の事を忘れてんじゃないよ……」
タルトの背中から今にも死にそうな声が聞こえてくる。まさか、と背伸びして見てみれば死体みたいに手足を投げ出して横たわっているフィオーナの姿があった。
タルトもいま思い出したと言った顔で『そうであった』と少しずつ体を小さくしていく。
『カイト、フィオーナを何とかしてやれ。急いだせいで酔ったのだろう』
「くっ……酔ったとか、そういうレベルじゃ……うぅぷ……」
さすがに気の毒に思えて手を貸せば、リットとフランツもすぐに駆け寄って来た。イザークは俺達がフィオーナの世話をしている間に、タルトへ確認。
「ロクロラの国王陛下から何か言伝はありますか?」
『使徒に任せると』
「承知致しました」
一切の躊躇なく即答する姿がカッコいいし、有難いと思う。
同時に彼らの信頼を裏切っちゃ駄目だと自戒する。
怒りに任せて魔力を暴走させずに済んだことを、いまになって心の底から安堵した。
落ち着け、自分。
そう言い聞かせていたら使徒候補の男の震える声が聞こえてくる。
「な、ンなんだよ、おまえら……っ、龍って、ロクロラって……使徒って……!」
皆の視線を集めて男は叫んだ。
「おまえら誰の許可得て此処に来たんだよ! ここは俺とあいつの国だ! 好きにして良いって言われてんだ!! なのに沈むってどういう意味だよ!!」
「……なにあいつ」
「チェムレの使徒候補だった一人」
「ああ……」
具合の悪そうな顔ながら、フィオーナがそいつを見る視線はひどく冷たい。
「俺が呼び出されたことで用無しになった奴な」
「そう、だけど。フィオーナ、素が出てる」
「体調戻ったら直す」
「そ」
口調はともかくスタイル抜群の美魔女が胡坐掻いて背中丸めているのは視覚的にアウトな気がするんだが、本人が構わないならいいのかな。
「で? あいつは何を言ってんの?」
「俺にもよく判らない。駄女神に名前にモブってついている人は好きに扱っていいみたいなことを言われたって主張してる」
「はぁ?」
『ダメガミとはよもやファビル様の事ではあるまいな……!』
『我らが創世神がそのようなことを仰せになるはずがあるまい……!』
タルトとシュゼットがそれぞれに俺を睨んで来る。
「そいつ……えっと、名前なんだっけ?」
「デルベックだっ」
「そう、デルベック。あいつが言うには、日本でテロを起こすならこっちでやれって言われたらしい」
『なんだと⁈』
『ふざけたことを……!』
「ふざけてなんかねぇよ、マジだっつーんだクソ共!!」
『貴様っ』
「待って」
いつのまにか肩乗りサイズに戻っているタルトの視界を覆うように手を差し出したフィオーナが真面目な顔で続ける。
「日本でテロってどういうこと」
「どうもこうもねぇだろ、平和ボケした日本人にスリルってのを味わえるようにしてやろうとしただけだ。ネットで何でも調べられるし何でも買える、誰でも爆弾の一つや二つ簡単に作れンだよ。爆破事件ってのが起きない方がオカシイんだよ! 気付けや!!」
……うん、ちょっと。
いや、かなり理解不能。
何て言ったらいいのか判らなくてフィオーナを見たら、フィオーナも同じ感じだったみたいで小さく左右に首を振る。
爆破と言われて「リア充爆発しろ」くらいしか思い浮かばない俺は、たぶんデルベックが言うところの平和ボケした日本人なんだろうと思う。けど、ボケられるくらい平和なのは悪いことじゃないはずだ。
その平和を守るために昼夜問わず身を粉にしている人達がいる事を知っている。
笑って暮らせる俺達がいる。
そういうのを「当たり前だ」って思ってしまうのは問題かもしれないが、危機感を持たせるために血生臭い事件を起こすなんて道理はない。
そもそも、何をどうしたら自分がそれをするという結論に至るのか。
『ファビル様はなぜこのような危険で愚かな者を使徒候補に……!』
『ファビル様の期待を裏切ったのか……許せぬ……っ』
「裏切るも何もねぇよ、好きにしろって言うから好きにしてんだろ!! 俺は間違っちゃいない!!」
神獣たちは怒りを露わにしてデルベックと言い合う。
ひどく興奮しているそちらを落ち着かせられるとも思えず、気にはなるが使徒候補の監視は神獣たちに任せる事にした。
話を聞くならもう一人。
俺はフィオーナとイザークに視線で合図し、チェムレの王と向き合う。
「さっきの反応を見る限り、名前にモブが付く国民をアイツがどう扱うのか知っていたな?」
「っ……」
「いまさら誤魔化しても無駄だぞ」
「だったらなんだと言うのだ!」
「名前なんて関係なく、此処に暮らす人は全てチェムレの国民で、あんたが守るべき民なんじゃないのか」
「それはっ、……いや、だがあの男が言ったんだ。名前にモブと付いていない者だけが神に生きる事を許されたと……自分はそれを知っている、だから安心して任せろと、だからっ」
「使徒の存在を信じもしないくせにそんなふざけた話を鵜吞みにしたのか」
「貴様に何が判るのだ!!」
蔦に拘束され動きを制限されながらも必死の形相で睨みつけて来るチェムレの王。
「何かがおかしいと気付いた時には城から見える景色が一変していた!! 不気味なほど土地が広がりっ、今まで当たり前に感じていた暑さは体を焼き尽くす炎のようだった! すべての国民の生活を賄える計算だった水の魔石は圧倒的に不足し次々と陳情が届く! 仕事が無い、収入が無い、何もない!! 昨日まで何ともなかったはずのあらゆる事項に問題が生じっ、不平不満を垂れ流すほとんどが名前にモブと付いている連中だった!!」
チェムレ王の叫びにイザークの表情が沈む。
それもそのはず、ロクロラにだってそれと同じ問題が浮上していたのは記憶に新しい。だがロクロラとチェムレでは、使徒候補に選ばれた者の……俺達の取った行動が異なった。その差は大きいだろうと思わないわけじゃない。
でも――。
「あのSランク冒険者は言ったんだ、名前にモブの二文字が入っている者達は神から見放された生きる価値のない者達だと! あいつらがいるせいで国益が損なわれる、あいつらは自分が処理するから任せておけと! あいつがそう言ったんだ!! 雨が降らない、土地が枯れる、大勢が死んでいく……っ、それでもあらゆるものが足りない!! 神に生きる事を許された者達を救うだけで精いっぱいだったんだ!!」
必死に叫ぶのは少しでも罪を軽くしたいという本能ゆえか、それとも自分がどれほど愚かな判断をしたのか自覚したがゆえの恐怖なのか。
どちらであっても起きた現実は変わらない。
失われた命は戻らない。
「……それが……」
強く握りしめた拳から感じる痛みで平静さを何とか留めたイザークの声が震える。
「それが、一国の王の言葉ですか」
「くっ……おまえは、ロクロラは、運が良かっただけだ!! それだけだ!!」
「それはどうかしら」
次いで声を発したのはフィオーナ。
口調や立ち姿を美魔女のそれに戻した世界で四番目の使徒は冷たい視線を投げ掛けて断言する。
「ロクロラの王様はカイトがいなくても何とかしようと努力したでしょうね。チェムレの暑さが地獄みたいだって言うのは同意するけど、ロクロラの極寒だってひどいものだった。雪と雲に閉ざされ、太陽の恵みなんてほとんど得られなかったあの国を運だけで語られるのはムカつくわ」
「うるさい……っ」
「カイトがロクロラに選ばれたのは王の人徳よ」
「黙れ不敬だぞ⁈」
「不敬はどっちよ、あたしも使徒なんだけど?」
「っ……⁈」
使徒候補デルベックの主張、チェムレ王の主張、どちらも一応は聞いたと言う事で何かを諦めたらしいフィオーナは軽い溜息を吐いた後で俺に視線を転じて来る。
「さて、と。私がここに連れて来られた理由は使徒を二人揃えて守護云々をやっちゃうためなんでしょ? さっさとやるわよ」
「いいのか?」
「いいも悪いも、もう一人の使徒候補もあいつと変わらなさそうだもの。つまり先行き真っ暗。さっきからこの国が沈むなんて不穏な単語も飛び交ってるし、さっさと退場させた方が世界のためでしょ」
「私もそう思う」
イザークが言う。
「ロクロラの王も使徒に任せると仰せだ。チェムレの王がこれではどうしようもない。一人でも多くの民を救うためには、すべてロクロラで掌握してしまった方がいい」
「戦争をすると言うのか!」
声を荒げたのはチェムレの宰相だが、ロクロラ側の誰もがその発言に呆れてしまう。
「戦争になんてなると思うか?」
「なん……」
「最初に言ったはずだぞ、この国は沈むと」
「生きたいなら無条件降伏しかないのよ。それで王族や国の上層部の連中の命まで保証されるかはあたしの知った事じゃないけれど」
「あんたが犠牲にすると決めた国民も含めて、全員を、ロクロラで保護する。あんた達にどう責任を取らせるのかはロクロラの王と相談して決める。それが……創世神ファビルの始祖・一の翼の決定だ」
「四の翼も同意するわ」
フィオーナと視線を合わせて頷く。
宣言――直後に脳内に響くあの日と酷似したフレーズ。
『ロクロラ担当者二名の意思を確認しました』
『ロクロラ担当者二名の魔力を使いチェムレ領域に創世神ファビルの守護を展開します。ご注意ください』
言うが早いか俺とフィオーナから大量の魔力が抜かれ、頭上に展開した魔法陣が上昇し巨大化していく。
「これ、ほんと……っ」
もう少し遠慮しろと言いたいのを堪えて、何とか耐える。
その内に再び響いたシステムの声。
『チェムレ領全域の守護を確認します』
『完了しました』
『守護の起動により創世神ファビルの神力が領域を巡ります』
『自動補正プログラムを生成』
『自動補正プログラムのインストールを開始します――完了しました』
『このプログラムは世界の自立を確認後に自浄作用へ変換されます』
『これに伴いチェムレ担当者二名に付与された創世神の加護を消去します』
「うがっ」
システムの声に続いてデルベックの悲鳴が上がる。
加護を消去ってやつの影響だろう。
システムの声は更に続く。
『土地の生命反応の停止、各種異常事態を検知。チェムレの存続が不可能であることを確認しました』
『神獣キャシャーゼンの新たな器が使徒・一の翼の魔力によって生成された事を確認しました』
『神獣キャシャーゼンの元の器を期限付きで保護。ロクロラに向けて海上移動を開始します』
「!!」
なるほど、そう来るかと声に出す間もなく足元が大きく揺れたが、それはほんの数秒だった。
システムの声を信じるなら大陸が移動を開始したのだろうが、それを体感出来るような変化はない、……と思う。どれくらいの速度で移動し、いつ頃ロクロラに移住できるぐらい接近するのか等々、後でタルトに確認した方が良さそうだ。
一人でも多くのチェムレの民を救う。
そのためにも残している問題は、あと一つ。
もう一人の、使徒候補。
採集師の救世譚 月原みなみ @minami-tsukihara
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