後編
粉雪が舞う中、カッレリアはつかつかと進む。
彼女がミイラたちを支配しているのは言うまでもない。
死人を使役しているということは、神に近い存在なのだろうか。
「あの、先ほどはありがとうございました」
「もっと他に言うことがあるんじゃないのか?」
「えっと……突然、すみませんでした」
彼女は足を止め、振り返った。
「そういうことでもない。私がいなかったら死んでたんだぞ。
どうするつもりだったんだ?」
あそこで割り込んでこなかったら、額を撃ち抜かれていた。
今頃、ミイラの仲間入りをしていたかもしれない。
「まあ、いいか。どのみち、あそこは長くはもたないだろうしな」
あの宮殿にいたミイラたちは、『憂鬱の種』という兵器を持ち出した疑いをかけられ、星から追放された宇宙人だ。
その兵器は「触れたものすべてに寄生し、それが持つ本来の能力を引き出す」程度の能力を持つ。何者かが地球にバラまき、世界征服を企んでいるらしい。
ミイラたちは兵器の回収と侵略行為を阻止するべく、氷の大地に降り立った。
南極はどの国にも属さないという取り決めがある。
そのため、国家間の争いに巻き込まれることもないと判断したのである。
彼らは寒さから身を守るため、包帯を巻きつけた。
氷点下の世界を生きることは不可能なようだ。
「じゃあ、彼ら以外にも宇宙人がいるってことですか」
「詳しいことは聞いていないが、そういうことになるんだろうな」
現在、少なくとも二種類の宇宙人が地球に来ている。
侵略する者とそれを阻む者だ。
「私はその兵器の力を借りて、現世によみがえった。
まさか、このような形で現代を生きるとは思わなんだ」
カッレリアはこの地を探検した冒険家の一人だった。
南極点へ向かう途中で遭難してしまい、そのまま死に至った。
母国に帰りたい。その思いだけがこの地に残った。
しかし、地球に降り注いだ『憂鬱の種』が魂に寄生し、運悪く肉体を得てしまった。
魂に寄生した場合、願いを叶えるために姿を変化させるようだ。
「彼らの技術については、残念ながら私もよく分かっていない。
ただ、現在の私たちよりもはるかに進んでいることは確かだ。
正面から戦いを挑んだところで、勝敗は目に見えている」
答えは言うまでもないだろう。惑星間の移動なんて簡単にできてしまう。
そもそも、死人が蘇っている時点で現代の科学技術で説明できない。
「助けはいずれ来るだろうさ。
あんな恐ろしい兵器を野放しにしておくとは思えないからな」
『憂鬱の種』はどんな物にも使用できてしまうため、取り返しがつかないことが起きてしまうかもしれない。だから、一刻も早く回収しなければならない。
「カッレリアさんはなぜ、彼らに協力しようと思ったんですか?
そのまま国へ帰ればよかったじゃないですか」
「そう考えていたこともあった。
しかし、『憂鬱の種』に頼っている以上、彼らに逆らうような真似はできない。
その力が奪われてしまった場合、私は再び消えてしまうからな。
どうしたって彼らに協力せざるを得ないのだ」
彼女が手を叩いた瞬間、俺の体が一瞬にして凍り付いた。
問うことすら許されなかったのである。
***
「悪く思うなよ、これも生きるために必要なことなんだ。
我々とて、のんきに話している場合ではないのだ」
カッレリアはため息をついた。
氷点下の世界だと能力を発揮するのに時間がかかるらしい。
気温低下と共に能力が著しく下がるのは、この星に生きる生物の特徴とほぼ変わらないようだ。
「現環境ではこれが精一杯か。
もう少し研究しなければならないか」
南極はどの国からも干渉を受けない孤島だ。
「憂鬱の種」のような兵器の実験にはうってつけの場所だ。
誰からも邪魔されず、実験の被害も最小限に抑えられる。
こんな天国のような場所もない。
その性質故に何が起こるか分からず、何が起きてもおかしくない。
魔法と言っても差し支えない性能を持つのが『憂鬱の種』だ。
国家間で戦争という名の奪い合いが起こるのは想像に難くない。
「しかし、こんなに早く見つかるとは思わなかったな……」
この星はどんどん発展していく。
あのミイラたちが見つかってしまうのも時間の問題だろう。
「不審者として有名になってしまった以上、そう簡単に問屋は卸さないだろうな」
マヌケな表情を浮かべた男を見ながら、彼女はそう問うた。
答えは返ってこなかった。
氷に浮かぶ天国の島 長月瓦礫 @debrisbottle00
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