氷に浮かぶ天国の島

長月瓦礫

前編


吐く息は白く、足先がじんじん痺れている。

目の前が真っ暗になるとはまさに今の状況のことを言うのだろうか。

俺は今、手足を拘束され、床に転がされている。


「この娘が証言している。

外の掃除をしていたら、お前が現れ暴行を加えようとしたと」


「そうなんですよ! 突然出てきたと思ったら、急に襲ってきて!

一体全体、何がどうなっているの?」


一体何がどうなっているか、だって?

それはこっちが聞きたいくらいだ。


大地は氷に覆われ、一面は白銀の世界だ。

俺はミイラに取り囲まれている。

防腐処理のために包帯を全身に巻かれた死体だ。


氷点下なら死体も腐らないらしく、彼らにとっては天国も同然だった。


南極大陸に観測隊以外の人間がいると情報が入ったのは、つい先日のことだ。

正体を確かめるべく、隊員である俺が向かうことになった。


基地から数百メートル付近にある氷山で何度も目撃された。

連絡をとりながら慎重に歩みを進める。


基地付近にある氷山と思われていたものは、立派な宮殿だった。

丸い屋根と尖塔が太陽に反射し、つるりと輝いている。

その前で粉雪を箒で掃除している女性がいた。

宮殿に仕えているメイドといったところか。


メイドの全身も包帯で巻かれ、隙間から覗く皮膚は茶色くなっていた。

ミイラが動いている。それだけで十分怪しい。


「今すぐ止まれ、動くと撃つ!」


銃を構えた瞬間、頭に鋭い痛みが走った。

相手を確認する間もなく、意識は闇に落ちた。

そして、ロープで縛られミイラたちに取り囲まれていた。


「このへんでは見ない顔だな、何者だ。

返答次第では消えてもらう」


壮年の男性と思われるミイラが俺の銃を額に突きつけた。

リーダーのような立ち位置なのだろうか。


「俺は南極観測隊だ。

近頃、このあたりに人間が現れると聞いたから調査しに来た」


なぜ、カメラを持ってこなかったのだろうか。

ミイラがうろついている写真だなんて、とっておきの情報だというのに。

証拠を押さえなければならないのに。


「ですから、私どもで処理しておきますので……あの、カッリアラ様ってば!」


ミイラの兵隊にも目をくれず、その人は俺の前でしゃがんだ。


背筋を伸ばし、凛とした様子で歩いていた。

まっすぐに伸びる声は衰えを感じさせない。

彼女だけがミイラではない。


「そこにいる彼が例の侵入者か?」


分厚いコートを着ているが、現在の観測隊に女性はいない。

探検家がいるという話もない。何者だろうか。


「いずれこうなるだろうと思っていたが……彼が温厚だったことに感謝しなければならないな。そうでなければ、この城はとっくに破壊されていた」


腹立たし気に周囲を見た。

ミイラたちはびくりと肩を震わせた。


「侵入者と聞いて、駆けつけてみればこれだ。

まったく……正体がバレたらどうするつもりだったんだ?」


一同は静まり返る。

彼女がミイラたちを支配しているということだろうか。


「貴様らの存在を隠匿する代わりに、この星に降ってきた兵器の解析を手伝う。

そんなことも忘れたのか?」


てきぱきと話を進めていく。

何のことかさっぱり分からない。


それでも、彼女は俺に頭を下げた。


「この度はとんだ迷惑をかけて申し訳ない。どうかこの通りだ。

彼らを許してはくれまいか」


状況が飲み込めないが、助かったようだ。

ゆっくりと立ち上がり、ようやく自由になった手足を思い切り伸ばす。


「ほら、お前たちも下がっていろ」


警備兵はお互いに顔を見合わせながら、道を開けた。


「カッリアラ様」


リーダーが声をかけた。

静かな怒りが込められていた。


「彼をかばっているのですか? 

見ず知らず人間を生かして帰すおつもりですか」


「私は事実を言っているまでだ。さっきも言っただろう。

貴様らの存在はいずれ、明らかになる。

そうなる前に種は片付けておきたいだろう?」


「結界が張ってあったはずだ! どうやってここに入って来たというんだ!」


「どうせ、抜け穴でも見つけたんだろう。

貴様らにとって天国であったとしても、ここは氷点下の孤島だ。

環境に適応できず、装置が壊れたんだろうよ」


俺は口を閉じるのも忘れたまま、二人のやり取りを聞いている。

何を言っても無駄だと彼女は悟ったらしい。


「おい。どうした。さっさと行くぞ」


すたすたと出口へ向かう。

慌てて彼女の後をついて行った。

ミイラたちは恨めしそうに俺を見つめていた。


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