エピローグ



「プリムス、それ以上、入らないわ」


「前はもっと食べていただろう?」


「寝ているだけですもの。お腹も空かないわ」


「あと一口食べよう」


 プリムスは、スプーンでエリザベートの口の中に料理を入れる。


 シュタシス王宮に戻ってきたエリザベートは、すぐに王宮に仕える医師に診察を受けて、治療が施された。


 足に受けた銃撃の痕は、表面上、傷は残っていないが、手探りの治療だった事もあり、内出血が酷く、炎症を起こしていた。左肩の脱臼はまた外れていたので、エリザベートは整復を受けた。左腕の骨折は、脱臼の固定と共に処置された。気を失っていたので、痛みに泣くことはなかった。


 出血多量と心臓停止が起きた事で、絶対安静を言い渡されている。


 右手の人差し指は爪が剥がされていて、血が固まり腫れていた。感染予防に毎日、消毒されて、エリザベートは治療の時は半べそ状態だ。


 治癒魔法は体力を使うので、精霊王に禁止されている。


 使ったとしてもなくなった爪を生やすことはできない。痛みを軽くする程度しか使えない。


 骨折も脱臼も時間が解決する物なので、治癒魔法は無駄なのだ。


 太股の治療をやり直す事も、既に炎症を起こしているので完治までは望めない。


 エリザベートは諦めて、治癒魔法を使わず、自然治癒に任せている。


 両手が使えないので、食事は介助が必要で、全身打撲の痛みもあるために、部屋で食事を取っている。


 食べさせているのは、プリムスだ。


 侍女はプリムスが追い出している。


 プリムスは自分ができる介護を全て、自分ですると言って、エリザベートのお世話をしている。


 元々小食のエリザベートに少しでも元気になって欲しくて、一生懸命に食事の介助をして、一口でも多く食べさせている。全て愛情故の事だ。


 薬はエリザベートが採っていた薬草を煎じて飲んでいる。売るほどあるので、毎食飲んでいる。


 エリザベートの周りには、リーネとコルとアムルも一緒にいる。


 アムルは、プリムスが借りた神獣だが、どうやらエリザベートを守っているようだ。


 片時も傍から離れない。


 いつの間にか、見慣れない猫も三匹増えている。


 コル曰く。


「主の痛みを取っているのよ」


 ……らしい。


 体に触れることで、エリザベートの体の痛みが引くのなら、ベッドの上が猫だらけになろうが気にしないが、モリーとメリーはまた猫が四匹増えたわと噂をしているし、父上も神獣が増えたかと、あまり気にしていない様子だ。


 母上は傷を負ったエリザベートを見て、号泣してしまった。


 寝込んでいるエリザベートのお世話をプリムスがすると言わなければ、母上が付きっきりでしただろう。


 ただプリムスは、エリザベートにキスもできない。


 二人きりになりたいが、それはプリムスの我が儘だと分かっている。



「エリは僕の事、好き?」



 エリザベートは、頬を赤らめる。


 小さく頷いた。



「エリは無意識にしたと思うんだけど、バコーダ王国に捕らわれていた時に雨を降らせただろう?」


「うん」


「あの雨は慈愛の雨じゃなかったよね?」


「あの雨は、全て死に絶えてしまえと願って降らせた雨だったの。聖女としてはいけなかったと思うけれど、以前、精霊王様が神でも怒って罰を与えるって言っていた事を思いだしたの。リーネを殺されて、わたしも大怪我をしたわ。足からの出血が酷くて、意識も朦朧として、でも、暗闇で自分の足を視ることもできずに、手探りで止血して傷を治したの。とても痛かった。


 三つの傷を治して、出血を止めたら、次は肩が痛かった。同時に腕も折れていることが分かった。怪我を治せても骨折は治せない。昔、脱臼した骨を正しい位置に動かした事があったから、その時の事を思いだして、治して、カーディガンで肩を固定したの。


 でも、結局、爪は剥がされるし、固定した肩の脱臼も外れてしまって、わたしにはもう逃げ出すことはできないと思ったの。あの場所で痛めつけられて死ぬのなら、仕返しをしてもいいかと思ったの。バコーダ王国の国王陛下もそれに従っている民も、みんな死んでしまえと思えたの。そう思ったら雨が降ったの。慈愛の雨は降らなかった。雨を降らせろと言われていたの。降らせなかったら、また爪を剥ぐとまで言われたわ。だったら憎しみの雨でもいいかと思ったのよ。

 

 憎しみで降らせた雨は、黒死病を呼んだわ。きっとあの地は、黒死病が蔓延していると思う。今のわたしは動けないから、疫病を治すことは不可能よ。きっとこれが、わたしの復讐なのだと思う。バコーダ王国の国王陛下は、きっと死んだはずよ。わたしを誘拐し二年間もいたぶり、今度は狙撃して、また捕らえて爪を剥いだ報いを受けたのよ。民は可哀想だと思うけれど、わたしの故郷を奪った国ですもの。仕返しをしたって神様は許してくれるわ。精霊王様だって、お叱りにならなかった」


「エリはシュタイン王国の復興を願っているの?」


「わたしは王女だけれど、婿を招いて国を復興させようとは思っていないわ。家族の墓は、この地にあるんですもの」


「滅んだ国はどうしたいと思っているの?」


「この国を帝国にしたら、どうかしら?国が大きくなれば治めるのは大変だけれど、このシュタシス地区もシュタイン王国だった場所も海に面しているわ。元々大きな島ですもの。一つの国になるだけだわ。産業も活発にできると思うの」


「僕と国作りしてくれるの?」


「一緒に国作りしたいと思っているの。駄目かしら?」


「エリ、好きだ」


「わたしも好きよ」



 プリムスは横たわるエリザベートを優しく抱きしめた。



「僕たちの気持ちを両親に話したいけれど、まだ早いって言う?」


「わたしの怪我が治ったら、一緒に話しましょう」


「ありがとう、エリ」



 プリムスは、エリザベートの額にキスをした。



「王子、主はまだお熱だから駄目よ」



 プリムスはコルに叱られてしまった。



「ごめんよ、コル。僕もエリのお熱を取ってあげたかったんだ」


「それなら、主を眠らせろ」



 今度はリーネに睨まれてしまった。



「エリ、眠って、早く元気になって」


「うん、ありがとう。少し眠るね」


「おやすみ」


「おやすみなさい」



 プリムスはトレーに載った食器を運び、寝室から出て行った。


 その顔はにやけていた。


 心の中で『やったー』と大騒ぎをしていた。


 エリザベートの枕元には、その心の声を聞いた妖精と神獣二匹が横たわった。残りの三匹も声は聞こえているが、エリザベートの足や体に触れている。



「主、眠れ」


「うん、おやすみ。リーネ」



 エリザベートは眠りに落ちていった。


 コルはエリザベートの額にキスを落とし、髪を撫でた。



「主には幸せになって欲しいわ」


「そうだな」


「ああ」



 二匹の神獣と妖精は、エリザベートの熱を冷ましている。


 悪夢を食べて、静かな眠りを与えている。


 エリザベートの悪夢は、捕らわれていた頃の痛みを伴う夢。


 家族が殺される瞬間の夢。


 悪口を言われ続けて、心が壊れていく夢。


 幸せな夢は、まだ見ていない。


 笑顔を見せる夢を見るまでは、二匹の神獣と妖精は、悪夢を食べ続ける。


 主の心を守る為に。


 それは精霊王の願いだった。


 心優しい我が子に、悲しい思いをさせたくはないと思う親心である。


 シュタシス王国がシュタシス帝国になる頃には、エリザベートの悪夢は消え去るだろう。





 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 この話は、ここで終わりにします。

 ここまで読んでいただきまして、ありがとうございます。

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国外追放された聖女は、隣国の王子と一緒に国を創る 綾月百花 @ayatuki4482

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