第五回 カップから始まる、そのご対面。


 ――夢の世界では決してなく、あくまでも現実に起きたこと。


 インターホンが鳴ったその先に、訪れたことは、ご対面ということだったの。



 台所、そこに僕たちはいる。玄関に出た可奈かなが連れてきた女性は、……僕のお母さんなの。お母さんは「千佳ちか……」と、僕の名前を呼んだ。怒られると思った僕は、震えながらもそっと、椅子から立ち上がった。そして、向き直って対面すると同時に……


「ごめんなさい! お母さん、鍵なくしちゃったの」


「ごめんね、千佳の鍵、間違って持ってっちゃって」


 と、同時に発せられた言葉。「へっ?」と、声も出ちゃって、そして下げた顔を上げてお互いの、顔を見直して……聞き間違い? と一瞬思うも、お母さんは更に「本当にごめんね、寒かったでしょ?」と、ギュッと、僕を抱きしめた。


「ホントだよ、風邪ひくだけじゃ済まなかったんだよ」と、それは反応に困った僕の心の声? よく似た声だけれど違う……「梨花りか?」そう梨花だったの。仁王立ちの。


「ちょ、梨花? それはいくら何でも……」


「ううん、可奈、これぐらい言わないと、千佳がまたやせ我慢しちゃうし、また自分に嘘ついちゃうから、それじゃ、この人には伝わらないんだよ」


 と、梨花は信じられないことに、お母さんに強く言うの。僕も思いもしなかったことを言葉にして……思わなかったことは嘘。奥深くに閉まっていた言葉を引き出したのだ。


 すると――


「まったくね、千尋ちひろ、相変わらずね」と、可奈のお母さんが、そう言ったの。


「……お、お姉ちゃん? 智美ともみお姉ちゃん」と、お母さんが、そう言ったの。


 千尋というのは、僕のお母さんの名前。智美というのは可奈のお母さんの名前なの。ということは、これもまたご対面。繰り返されるお互いの名前、交差しながら声に……何年ぶり? ううん、何十年ぶりともいえるレベルの再会らしいの、涙の再会……


 この日の赤き狐と緑の狸は、あらゆる縁を結んだのだと、そう思えるの。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ボクッ娘の赤い狐と緑の狸は、冬の星座も温めちゃうのかな? 大創 淳 @jun-0824

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ