「鏡を割れ」

低迷アクション

第1話



学生時代の体験だ。あれは、11月が終わり、今年も後僅かと言う時の事だった。昨今の

学校事情は知らないが、自分達の時代は、12月の24日か25日辺りに学校が休みとなっていた。


授業も徐々に、時間が短縮され、何処となく、慌ただしい世間と一緒に、来たる休みの予定を話し合う自分達がいた。


そんな放課後の事、友人の“T”と机を挟み、帰りに何処へ寄るかを決めていると、

同じクラスの“K”が声をかけてきた。


「なぁっ、お前等、ちと相談なんだけどよ」


昨今のドラマや映画などで良く扱われる“スクールカースト”なるモノは、

当時、存在してなかった。


いや、あったのかもしれないが、少なくとも我々の学校では、運動部にも、文化部にも

“腕っぷしの良い奴”が存在し、小さなイジメ等はあったが、基本、お互いの領分を越えず、上手な調和を図っていた。


Kはサッカー部に所属する運動部系、我々と特別親しい訳ではないが、人当たりの良い印象があった。


「部活はいいのか?K?」


「俺はレギュラーじゃない。行っても、球拾いとグランド整備ばかりでな。そろそろ

大学受験にシフトするさ」


おどけた彼に見られないよう、ごくささやかにTが笑う。


Kのレギュラー落ちは有名だ。原因は練習ではなく、彼女が出来たからだ。恐らく、今回の相談もこれ絡みだろう。


こちらの予想は寸分たがわず、次に口を開いたKの第一声は


「“ようこ”が変なんだ」


で始まった。確か、別のクラスの子だ。交流はないが、大人しそうな印象の女の子だった気がする。読書とか占い好きの、運動部というより、文化部系な…


Tの仏頂面と首を傾げた自分を見て、Kが説明を始める。


「知らないか…まぁ、向こうは進学クラスで、上の階が教室だからな。とにかく、馴れ初めは省略するとしても、物静かな、俺の話を黙って聞いてくれるような、本当にいい子だったんだよ。それが…」


“豹変”したと言う。


「“変身”って言ってもいいかもしれない。とにかく人が変わったっていうレベルじゃない。まるで、別人だ。前は、自分から話しをするような子じゃなかった。それが、授業中に注意されるほど、クラスの活発系な女子と、前は交流もなかったんだが…喋り続けるような感じらしい。


これは、ようこのクラスの奴が教えてくれたんだが、実際に会ってて、俺もそう感じている。特に飯の時なんか、凄い食うんだ。前はサンドイッチ1枚片付けるのにも、やっとだったのに…


今じゃ、空の椀が山を作ってる。それによく喋る。途中から何喋ってるかわからないくらいに喋り通しだ。歯だって、あんなに尖って、目元なんか、いや、綺麗だが…なんかすごい

ギラギラしてて…」


興奮してくるKの話を、片手を上げて、止める。そう言えば、ここ最近、食堂で喚きまくってる女を見た事があった。あれが、自分の記憶朧げな“ようこ”とは似ても似つかないのは一目瞭然…だが、目の前の彼氏は、それが彼女だと言う。しかし、そうだったとして…


「何か問題あるのか?」


なるべく嫌味に聞こえないよう、言ったつもりだが、見開いたKの目を見て色々察し…

軌道修正を図る。


「おい、キレんなって、落ち着け、落ち着け。あーっ、もう怒んなよ。とにかく聞いて、

なっ?これは噂だけどよ。何だかお前、3組のあけみだっけ?振ったらしいじゃん?


そんで、180度くらいキャラの違うようこちゃん?と付き合ったらしいけど、

皆言ってるぜ?不・釣・り・合・いだって、彼女もそれ気にしてたんじゃないの?

そんで頑張ってキャラ変えたとか、そんな感じじゃね?」


食堂で見た獣のような女の様子、そして、Kが自分達のような“マ・ニ・ア”に声をかけてきた時点で、そういう類の話ではないと頭が結論づけるも、正直、関わり合いになりたくなかった。自分達は別に“専門家”ではない。どちらかと言えば“収集家”だ。


“見て聞いてお終い”


に限る。押し黙った3人のいる教室もだいぶ薄暗くなってきた。うすら寒いのは、気温だけでなく、自身が感じる警告サインも含んでいると思う。有難い事に、この事前察知は今まで外れた事はない。


「わかってる…」


沈黙を破ったのはKだった。


「わかっていたよ。付き合おうって言ったのは、俺だった。アイツは最初断った。

でも、俺が強引で、アイツも嬉しそうだったし…弁当作ってきてくれたり、仲間と出かけた時も、気配り凄くて、ホント優しかった。だから…今のアイツはアイツじゃない。

元のようこに戻ってほしいんだ。お前等、詳しいんだろ?お化けとか…」


「本当だな?」


「えっ?」


遮ったのは、Tだった。先程までの仏頂面を止め、真剣にKの方を見ている。


「も、勿論、なっ、何だよ?」


気後れしたような答えに、Tは大きく息を吐いた後、再び口を開く。


「俺達みたいな、女無し(否定したいが、無理そうだ)にはわからないから、想像で言うけどな?お前の方から告白したって言う事は、彼女の性格とか含めて、全てを好きになったって事だろ?


自分の想像してた恋愛とか、理想とはちょっと違うとか思ってねぇよな?いや、思っても、

口や態度に出したりなんて事は無いと誓って言えるか?


これもかなりの偏見かもしれないが、お前の仲間と遊んでる時、連れてった彼女に

気を遣わせたり、冗談だとしても、女の事を馬鹿にしてねぇよな?


八方美人なんて言葉は男には当てはまらないかもしれねぇが、周りに気ぃ使いすぎて、大切な、身近な人守ってやらねぇなんて事しない方がいいぞ?」


文化部系の中でも“武闘派”のコイツは容赦がない。事前に何かしらの噂を

聞いていたのかは、よくわからないが、押し黙るKには心当たりがありそうだ。


その様子をしばらく観たTは、鞄を掴むと、帰宅の意を顎で、こちらに示す。


「お、おいっ…」


仔犬みたいなしょぼくれ顔の縋り声にTが短く答える。


「鏡、割れ」


「えっ?」


「校舎西棟の用具置き場にある姿見だ。出来れば、夜中…警備センサーが鳴っても、

人が来るまで15分はかかる。レギュラー落ちでも逃げ切れるだろ?


“何でって?”


のは聞かれても困る。そーゆう噂だ。読書好きが好みそうな話だ。その障りか、

もしくは海外の悪魔憑きみたいに、行き過ぎた自己暗示の果てか…


どっちかは知らん。だが、割れば、彼女の耳にも入る。


それでも解決しないなら、もう一度、俺達の所に来い。効果があったら、来る必要はない。

その分…女を、彼女を大事にしてやれ」


少し恥ずかしそうに締めくくったTと教室を後にする。その日以降、Kが自分達を訪ねる事はなかった…(終)

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「鏡を割れ」 低迷アクション @0516001a

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