第54話「余暇は遠く」

 ビフロ王国の片隅にある田舎町プシコラ。

 そこの更に片隅に位置する雑貨屋のカウンターの向こう側で、新聞を開いて読む。

 清掃の行き届いた店内は清潔で静か。客が来ないのは問題だが、朝の静かな時間は俺を穏やかな気持にさせてくれる。


 ようやく戻ってきた日常に、俺は満足していた。


 魔族ベレブを倒した俺達は、その場にいた魔物達をすっきり片づけて、クリスに報告した上で雑用を手伝ってから帰宅した。

 あとの処理はクリスとハスティさんがやってくれる手はずだ。

 とはいえ、魔王の骸絡みではもう大してやることはない。誰も知らないうちに誰も知らない場所に集結した魔物達を退治しただけなのだから。


 対応としては傭兵団長がいなくなった方が問題である。問題が起きたときにクリスが居合わせたことがあり、事態そのものはすぐに収拾がはかられたのが救いだ。


 黒幕は魔族。傭兵隊長ボルグは傀儡。それを支援していた役人は利用されていただけ。

 そんな風に真相が究明され、ビフロ王国から出向していた役人が交代する形で、とりあえず政治面での解決は進んでいる。クリス側の権力が今後は強化されるはずである。


 問題はまがりなりにも治安維持を行っていた傭兵団が全滅したことだ。こちらはしばらく冒険者が忙しく働くことになりそうとのこと。将来的に、新たな治安部隊の創設も視野に入れているらしい。


「とりあえずは一安心、だな」


「なにが安心なのですか」


 俺の誰とも無い呟きに反応したのは帽子、手袋、長靴の農作業姿のユニアだった。

 出張を終えて久しぶりに自宅に帰った彼女は、農作業に今まで以上にのめりこんでいる。

 早起きして作業して、店の仕事が一段落したら様子を見にいっているのである。


「辺境大陸の方が落ち着いてきたみたいだってことだよ」


 新聞を見せながらそう説明する。


「良いことです。近所の方と畑のお話をしてきました。新しい肥料を発注したいのですが」


「手配しておくよ」


 最近では雑貨屋の利点をいかして、個人的な注文までするようになってきた。フレナさんの洋裁関係の品も増えてきているし、店の棚が混沌とし始めている。


「今日もお客様が少なそうです。なにかしないとまた、フレナさんが怒るのでは?」


「そうだな……。そろそろ商売らしいことを考えるべきか」


 辺境大陸出張は戦いの後も、後始末を少し手伝ったこともあり、思ったよりも店を開けてしまった。帰ってきたらフレナさんに大分怒られたものだ。

 そして、この閑古鳥が鳴く経営状態。そろそろ手を打たないと、また心配されてしまう。


「クリス様は店長に残って欲しがっているように見えましたが。できれば、元の名前で」


 作業用の道具を外しながら、ユニアがそんなことを言ってきた。


「そうなんだろうな。それが、ちょうどいい落とし所なのはわかっているんだけどな」


「なにか問題でもあるのでしょうか?」


 この話はいつかすべきだと思っていたので、俺は伝えることにする。


「個人的な問題だよ。簡単にいうと、人がいっぱい死ぬ。神界で聞いたんだ、フィル・グランデが辺境大陸を開拓し、王国を築くことで、結構長い平和な時代が訪れる」


「良いことですね。神格を持つ店長なら寿命を持ちませんし、相当安定した時代になると思うのですが、人が死ぬのですか?」


 ユニアの疑問に俺は頷く。


「そうだな。俺が神界に強制的に呼ばれて、神に召し上げられるまで治世は続くらしい。問題はその後だ。……あとに残った人達が俺の名前の下に戦争をし続けるんだとさ」


 偉大なる王フィル・グランデは神界で神の末席に名を連ね、辺境大陸の国家で信仰されることになる。

 その後は地獄だ。国が分裂したり、別勢力が現れたり、後継者を名乗る者が出て来たりで、何かしらの戦争が起き続ける。

 神になった俺は信者に加護を与えないわけにはいかず、自分の名の下に続く殺し合いをひたすら見守り続けることになる。それこそ、何千年も。


「運命神の予言を聞いただけで、耐えきれなかった。それが理由の一つだ」


「…………」


 過去の俺の決断を告げると、ユニアは黙考してから、頷いた。


「納得がいきました。神界から世界へは多くの介入はできません。きっと、店長には耐えがたい状況が続くでしょう」


 どうやら、納得してくれたらしい。


「今、理由の一つと言いましたが。他にもなにかあるのですか?」


 ちゃんと話を聞けるワルキューレは、きっちり俺の発言を拾ってきた。


「友達との約束だよ。『魔王戦役』で死んだ仲間と、戦後は好きなことをしようって約束してたんだ」

 

 ドワーフの戦士フォーリング。異世界に転生した俺のアウトドア趣味を最初に理解してくれた親友。俺が使うキャンプ用品のいくつかは、彼の製作したものだ。


『魔王を倒した後は、旅とかキャンプとか、好きなことをしようぜ。そのくらいの働きはしたんだからよ』


 最後の戦いの前、そんな約束をしたドワーフ最強の戦士は、俺達を守るために帰らぬ人となった。


「正直落ち込んだけどな。あのくらいの戦士なら、戦神が魂をつかまえて神界に保管してるんじゃないかとも思うんだ。だから、将来神界に行った時のため、俺だけでも約束通り過ごすことにしてる」


「この雑貨屋は、ご友人との約束のためなのですね」


「本当は最初に二人旅をする予定だったんだけどな」


 さすがにそれは、旅する相棒がいなければ成立しない。世界中を回り、旅から帰ったらどこかで店でもやる。順番が変わってしまったが、これはこれで満足だ。


「店長、旅に出たければ、わたしが同行しますよ?」


 ユニアがそんなことを言ってくれた。気を使ったとか、そんな様子は無い。自然と口から出た、そんな風に見える言い方だった。


「ありがとう。もう少し、今の生活を楽しんでからだな」


 新聞を置き、カウンターの中から帳簿を取り出す。そこの数字は芳しいものではないが、ある特徴があった。


「フレナさんが代理で経営してる時の方が売り上げがいいんだよな……。まずこれをどうにかしないと」


「そうですね。将来的に店の経営を乗っ取られそうです」


 もう少し経営に力をいれなければならない。そんな考えが一致した俺達はそれぞれ今後の経営方針について話し合う。

 静かな午前の即席の会議。戦っている時にくらべれば、この時間の方がよっぽど良い。

 そんな風に本業に勤しんでいたら、いきなり静寂が破られた。


「久しぶりじゃの! うむ! 相変わらず繁盛しとらんようじゃ!」


 ハスティさんが店に入ってきた。何故か、正面から、堂々と。

 

「なんで見た目も変えずに堂々と入ってきてるんですか! 有名人なんだから知ってる人が見たら問題になりますよ!」


「安心せい! 新しい隠蔽魔法の試験中じゃ! ま、店の周りに人がおらんかったから効果の程はわからんがの!」


「く、くそ……」


 明るく笑うハスティさんに俺は一言も反論できなかった。


「おはようございます、ハスティ様。どのようなご用件で?」


 突然の来客に慌てずにお茶を用意し始めた高性能ワルキューレが聞く。

 魔法で生み出されたお湯が茶器に入っていくのを見て、ハスティさんが真剣な顔になった。

「うむ。仕事の依頼じゃ。西方の小国家群がキナ臭いことになっておっての。どうも、近くの国が侵攻する気配ありじゃ。そこで、お前さん達に仕事を頼みたい」


 不安要素しかない発言がハスティさんの口から飛び出した。


「それって、戦争を未然に防げってことですか?」


「うむ。お前さんの得意技じゃろ。ウジャスより状況は差し迫っておるから、みんなで頑張るのじゃ」


「得意じゃないですよ! ようやく元の生活に戻れたんだから、少しは落ち着いた時間を……なにしてるんだユニア」


「フレナさんに店の留守番をお願いする準備です。在庫の一覧と、お金の準備。お礼はどうしましょうか?」


 もう俺が断る余地は無いと判断したらしい。そう長い期間一緒にいるわけでもないのに、かなり理解されている気がする。


「細かい説明はいつも通り、儂の家じゃ。好物を用意してあるから楽しみにするのじゃぞ」


 なにやら自慢気にいうハスティさん。それは楽しみだが、俺は今回どのくらい時間を拘束されるのだろうか。


「あの、俺は次の休みに銀の森でキャンプを予定していたんですが」


「すまんが今度にしておくれ。ほら、冬とかどうじゃ? 前にキャンプは冬が本番とか言っておったじゃろ」


「では、フレナさんに話を通しにいきますので」


 どうにかしようとする俺をよそに、ユニアはどんどん準備を進めていた。

 俺が渋るのを見て、ハスティさんが真っ直ぐな視線を向けてくる。


「西方の国には儂らの知り合いもおる。それはわかっておるじゃろう?」


「……わかってますよ。行きますとも」


 西方の小国家群、かつて訪れた場所であり。世話になった人が大勢いる。

 そこに何かあるのなら、無視することはできない。

 何とかできると考えたから、ハスティさんは依頼に来たのだろう。


「お前さん、こうして依頼が持ち込まれるから、居を定めておるんじゃろ?」


 渋々了承した俺に、にこにこと笑みを浮かべながらハスティさんが言ってくる。


「どうでしょうね。たまたまかもしれませんよ」


 師匠の問いかけに、俺ははっきり答えなかった。

 たしかに、世界中を旅でもしていれば、何かあるたびに戦うことはなかっただろう。

 

 ただ、これはこれで仕方ないとも思う。

 強い力を持っている以上、できることはするべきだ。この世界で多くの悲劇を見る内に、そう考えるようになってしまった。


「せっかく魔王を倒したんだから、もう少し世の中が落ち着いてもいいとは思いますけどね」


「まったくじゃの。なかなか都合良くはいかないもんじゃ」


 そんなやり取りの後、俺とハスティさんは、同時にため息をついた。


 どうやら、この世界は、魔王を倒したくらいでは、スローライフに集中させてくれないらしい。


 意外と遠かった余暇の時間のために、俺の戦いは続くのだった。


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キリのいいところですので、これで完結とさせていただきます。

最後までお読み頂き、ありがとうございました。

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転生チートで英雄になったんですが、スローライフしたいです(切実) みなかみしょう @shou_minakami

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