第53話「燃え尽きる過去」
「そうか……」
出てきた瞬間の気配で想像がついた。ベレブは『魔王の骸』を収納魔法のようなもので隠蔽していたんだ。俺では気づけない、高度な魔法だ。
だが、ユニアはそれを見事に解析し、解除した。見事だ。
「……作業完了。店長、今です」
俺が声をかけるより、ユニアの言葉の方が早かった。
それが意味することは一つ。
俺は神具を槍の形にして、これまで使わなかった言葉を放つ。
「戦神ミストルに願い奉る。ここに世界を侵す邪悪あり。彼の者を封じるための力を、ここに授けたまえ……」
付き合いの深い戦神はすぐに力を授けてくれた。神具の槍が目映いばかりに光を放つ。きっと、この時を待っていたはずだ。あいつは悪神が嫌いだったから。
「戦神の加護だと! やらせん!」
「こちらの台詞です」
状況に気づいたベレブが動こうとするが、そこにユニアが立ちはだかった。解析で疲労し憔悴した様子を隠せない彼女に稼げる時間は短い。だが、俺にはそれで十分。
「今度こそ終わりだ! 目覚めよ! 我が権能!」
叫びながら、俺はこの時にしか使えない、神界で与えられた力を発動。
俺が神格なんてものを持っている原因。神々によって与えられた、ある意味、祝福よりも大きな力。
権能『浄化』。悪神の力を封じ、失わせることのできる、唯一の方法だ。
この時以外の使い道はなく、使い所のない力。それを今この時、二年ぶりに振るう。
「もう出てくるんじゃねぇぞ! 諸悪の根源!」
これまで被った迷惑への怒りを込めて、俺は加護と権能を込めた神具の槍を投擲。
槍は空中に白銀の線を引き、まっすぐに魔王の骸を捉える。
「馬鹿な!」
ベレブが止めようとするも間に合わない。この投擲は止められる類のものじゃない。
神具の槍は狙い通り、魔王の骸に突き刺さった。封印と浄化の儀式を司る道具と化した槍は、骸を貫かず、その場に留まる。
二年前、俺が突き立てた神具の剣の隣だ。
二つの浄化の力を受けた魔王の骸が急速に力を失うのを感じた。
空中にあった魔王の骸は力を失った証拠とばかりに地面に落ちていく。
「まだだ! 大地よ!」
収納魔法でミスリルの剣を取り出し、地の魔法剣を発動。大地に深い割れ目を作成。
魔王の骸は新たな浄化の封印を追加されて、再び大地の底へと消えていく。
「よし……」
魔法剣が砕け、大地の割れ目が閉じたのを確認。
これで、最大の問題は片付いた。
あとは、最後の始末だけだ……。
「あああ、魔王様! 魔王様あぁぁぁ!」
魔王の骸を失ったベレブは錯乱していた。目の前に敵がいるのに、それには目をくれず、ただ肩を落として嘆く。
その少し離れた場所で、ユニアが膝を突いていた。
「大丈夫か。すまない、ヒルガルドの槍、使わせて貰った」
限界まで能力を使った上、ベレブと戦闘したユニアはボロボロだった。各所から血がにじんでいる。目に見えないが、鎧の下も傷だらけのはずだ。短時間とはいえ、無理をさせてしまった。
「問題ありません。彼女も喜ぶと思います」
回復魔法をかけると、優秀なワルキューレはすぐに立ち上がり、いつもの口調でそう言ってくれた。
「本当に頼りになるワルキューレだよ。お前は」
「もちろん、わたしは高性能ですから」
そう言って、口の端で笑みを作ったユニアは、神剣を槍に変えて構える。
その穂先を向けたのは、魔族ベレブだ。
黒衣の魔族は、悲嘆の時間を終えて、立ち上がっていた。
怒りに燃える瞳で、俺を射貫いてくる。
「貴様、フィル・グランデだな。先ほどの加護、権能、魔法剣! なぜ生きている!」
気づくのが遅いな、と言いかけたがやめた。俺だって、もし魔王が生きていれば同じ事をいう。
「そりゃ、生きてたからだよ」
ミスリルの剣を取り出して、構える。脳内で呪文を用意して、魔法剣を発動。今回は火属性を選択。
「おのれ……わかっていれば、貴様だけは叩き潰したものを! 貴様だけは!」
憎悪の叫びと共に、ベレブが魔法を構築する。そこに、先ほどまでの強大さはない。もう少し、魔王の骸からの影響が残っていると思ったが。
「推測ですが、魔王の骸と接続していたために、店長の加護と権能の影響を受けたのかと」
「……そうか」
今のベレブは、とても強い魔族程度の実力になっている。魔王級には程遠い。
「死ね! フィル・グランデ!」
それに気づいているのか。怒りと憎悪でわからないのか。全てを捨てての最後の一撃なのか。どれなのかも判然としない魔法攻撃が、俺達に放たれる。
「店長、行ってください」
神具を弓に変えたユニアが、光の矢で次々に魔法を迎撃。
俺はそれで作られた道を走る。真っ直ぐに、一直線に。
この騒動の原因。魔族ベレブの目の前へと。
「おのれ! おのれぇ!」
苦し紛れに繰り出された、ベレブの攻撃を躱し。容易に懐にはいる。
「……終わりだ。魔族ベレブ」
短い言葉と共に、全力の魔力を注ぎ込んだ魔法剣を、魔族ベレブの胸に突き立てた。
「お……の……」
火属性の魔法を即座に発動。ミスリルの刀身ごと、魔族の身体を焼き尽くされていく。
魔王の骸を手に入れ、世界を騒がせた魔族の肉体が灰と化すのに、一分とかからなかった。
「…………」
「店長……」
柄だけになった剣を手に立ち尽くす俺に、ユニアが遠慮がちに話しかけてきた。
「感傷は後だ……帰ろう。それと、その前に……」
俺とユニアは後方に目をやる。
「ハスティさんを止めないとな」
溜まったストレスを戦闘で解消しているハーフ・ハイエルフはまだ大魔法を連発して、魔物の群れと戦っていた。
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