第5話

 祖母の素朴過ぎる弁当を、屋上に続く階段に座って食べ終えた。話し相手は居らず、猿山は食事中もスマホを手放すことはなかった。

 スマホの画面をずっと凝視しながら教室に戻る。廊下で何度か人にぶつかって舌打ちされたが、猿山には聞こえていなかった。


 教室の前でようやくスマホから顔を上げると、猿山は思わず足を止める。

 古ぼけた木製の廊下を軋ませ、教室の前に人集りが出来ていた。

 これでは教室に入ることもままならない。生徒の一人に、猿山は声をかけた。吃りながら、生徒は必死に答える。


「何かあった?」

「き、雉間、き、来てんだよ」

「は?」

「や、やばくね?」


 猿山が慌てて人混みを押し退け教室に入ると、いつも空いている窓際の席に、ぽつんと座っている少女がいた。

 昨晩猿山を拒絶した不登校だった幼馴染、雉間葉純が其処に居た。

 セーラー服から伸びる、骨と皮同然の細い脚を行儀悪く放り投げて座っていた。鳥のトサカやパイナップルを彷彿とさせる桃色に染めたポニーテールは、随分と伸び放題だった。くちばしのようにツンとした鼻は細く、輪郭は恐ろしいほど尖っている。骨格に皮を貼り付けただけのように細かった。長い睫毛が縁取る吊り上がった大きな瞳は、決して人集りを見ようとはせず、ずっと窓の外を見ている。細い垂れた眉は微動だにしない。


 不登校になる直前、丸っとした見る影もなく不健康に痩せていたのは知っていた。だがそれ以上に、今はやつれていた。

 猿山は足早に雉間の席へ駆け寄った。


「はす……っ雉間! お前、すっげえ痩せ……いや、来るなら一言ぐらい」

「近寄るな、男臭い。汚い」


 雉間はぴしゃりと遮るように、困惑した猿山の声に被せて罵倒する。

 何処までも澄み切った鈴のような声は、底冷えする冷たさを宿していた。


「私に二度と関わるな。気安く話しかけるな。昨日言ったことをもう忘れたのか、猿頭」


 明確な拒絶を受けた猿山は、呆然とその場に立ち尽くす。

 間の悪いチャイムが教室中に響き渡った。

 人集りは次第に数を減らし、自分の席へ、教室へ、各々戻って行く。


「おい猿山ー! 授業昼休み終わったぞ!」


 数学の担当教師が、普段通りの軽い調子で猿山に声を掛けた。

 立ち尽くしていた猿山は、ようやく自分の席へと戻って行く。周囲で雉間を睨み付け、ひそひそとささやき合う女子生徒の低い声にも気付かない。


「見ての通りだ。雉間が復帰した。久しぶりだし分からないことも多いと思う。皆助けてやってくれ。雉間、分からないことや不安なことがあったら、いつでも先生な友達に聞くんだぞ」


 教師が抑揚のない優しい声で、用意されていたような言葉を連ねる。

 程なくして、いつものように授業が始まった。

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きさらぎ駅って知ってる? 海水魚 @sui23kn

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