第4話

「兄ちゃん、兄ちゃん」

「———」

「兄ちゃん相変わらずゴポゴポしてんね。難しい言葉喋れんのすげーよ」

「—————」

「でも俺なんて言ってるか、何となくわかるよ」

「————————」

「うん! 早く元気になってよ、手と足生えてきたらサッカー教えてあげる」


 窓から差し込む光は、レースのカーテンに遮られ優しさを帯びていた。

 小さな猿顔の子供が、ベッドを覗き込む。柵で覆われたベッドの中で、子供とそっくりな、しかしひと回り以上小さな身体で身を強張らせていた。

 鼻から伸びるチューブは時折白く濁る。気管から直に伸びるチューブが鈍く粘質な音を立てた。


「いこいこもしてあげる。せんせに教えてもらったよ」


 つたない言葉遣いで、少し得意げに少年は笑った。そっくりな丸い頭部に手を伸ばして、


「近付くな」


 ベッド上の「兄ちゃん」は、目をぎょろりと一回転させ、歯茎を剥き出し口元が裂けるほど大きな笑みを浮かべた。





「えっ!?」


 ばっと顔を上げると、昼休みを知らせるチャイムが鳴り響く。夢を見ていたようだ。

 子日が此方を見下ろしていた。


「昼休みだよー」


 口元をにやつかせた子日が緩い調子で告げる。寝起きにあまり会いたくない相手を見た猿山は、露骨に顔を顰めた。

 グループを追い出されてから、三人に関わる気分は完全に失せていた。

 たしか、昨晩からほぼ一睡もせずいつものように電車で登校した。古井の挨拶を完全に無視した記憶だけは残っている。授業中はほとんど寝ていた記憶しかない。


「……何か用?」

「え〜、心配してたのに」

「グループ追い出しておいて今更良い顔すんなよ」

「古井は弥蛇山のこと怒ってたよー。LIMEの会話見る?」

「……」


 子日が画面を出す。流石に気になって、猿山はLIMEのトーク履歴を覗き込んだ。


 猿がグループを退会しました


古井『あれ?猿山は?』


弥蛇山『追い出した』


古井『何してんの?』


古井『そこまでする必要ないよね?呼び戻すよ?』


弥蛇山『何で?』


古井『は?』


子日『スタンプ』


弥蛇山『あいつウザイ。今日で絶交した』


古井『俺も抜けていい?ガキみたいなことする気はないよ』


弥蛇山『抜けてみろ。一生後悔するから』


古井『は?』


弥蛇山『おまえの家族全員村八分にするぞ』


子日『スタンプ』


古井『抜けないよ、ごめん』


子日『ボスドラやらんの?コラボ終わっちゃう』


子日『はよ』


弥蛇山『やろ。ログインする』


古井『する』


「……子日さぁ」

「何〜?」


 地域一帯で権力のある弥蛇山に相当嫌われてしまったこと、古井は少なくとも平等に見ようとしてくれたこと、と同時に。

 蝙蝠のような子日に、猿山は一番腹が立った。

 真面目な話をしている中、茶化して会話に混ざらず意見も発さない。中立に見せかけて、その実中立ですらない奴がグループに一人必ず存在する。

 不器用な猿山は、狡猾で器用な人間が苦手だ。

 猿山は憎しみを込めて子日を睨め付けた。子日は眉一つ動かさず、にこにこと笑っている。


「見せてくれてどうも。俺昼飯は一人で食うから。じゃーな」

「どういたしまして〜」

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