婚約破棄され群れから追放されたゴブリンが魔王に成り上がって女勇者と結ばれる話。

 モルガの弓から放たれたヴィシュヌの矢は、前の矢と同じように魔王の胸へと突き進む。そしてラーヴァナも同様にまた弾き返そうと魔力を集中させた。


「いっけえええ!」


「こんなもの……!」


 ヴィシュヌとラーヴァナ、二柱の力がぶつかり合い……一瞬、矢が止まった。


 だが、これも止めるのかと更なる絶望がモルガの心に芽生えるよりも早く、状況は変化する。ヴィシュヌの矢が魔王の防御を貫いたのだ。やはりこの矢に貫けぬものなどなかった。


 胸を撃ち抜かれたラーヴァナは、己の死を悟る。


「ここまでか……神々の企みに、ヴィシュヌまでもが力を貸せばこうなるのも必然」


 こんなことを言っているが、自分から攻めて来なければ違う未来もあったかも知れないのである。結局は、過度に死を恐れるあまりに不死を願い脅威を排除しようとした彼自身の行いが破滅を招いた。


「我を倒し、お前は何を望む? 魔王亡き羅刹の国はこれから統制を失い、神や人間に多くの災いをもたらすであろう」


 膝をつき、苦し気に息を荒げながらも自分を射貫いた男に向かって問いかける魔王。しぶといなこいつ。


 死にゆくラーヴァナの視線に目を合わせられ、言葉につまるモルガ。魔王を倒してもやはりビビりの本能は消えないようだ。


 そこに、ユーディットが声をかけた。


「そんなの決まってるじゃない。ほら、モルガちゃん言っちゃって!」


 ユーディットに促されたモルガは、首を動かし周囲に視線を向ける。目があったシュールパナカーが、スキュラが、ザインが、ダイちゃんが、カトリーヌちゃんが、ハヌマーンが、ジャルカーンが、マナティーが、そしてダルマ師匠が。皆一様に頷いてモルガを後押しした。


 頷き返したモルガは、スキルを解いてゴブリンの姿に戻り、はっきりとした口調でラーヴァナに答えた。


「俺は、魔王になる!」


 ラーヴァナはその言葉を聞いて驚いた顔になり、シュールパナカーに一度目を向けるとうつむき、口角を上げてフフフと笑い声を漏らした。


「そうか……ゴブリンも羅刹ラークシャサの眷属だったな。お前が我の後を継いでくれるのか。シュールパナカーがお前を選んだのはそういうことだったのだな!」


「えっ」


 魔王は何やら勘違いをしてしまった!


「あいわかった! ランカー島にある財宝の全てを託そう。我が妹と羅刹の国をよろしく頼むぞ、モルガよ!」


「あ、いや、ちょっと……」


 戸惑うモルガの前で、魔王ラーヴァナはもはや悔いはないと言わんばかりに、全てをやりきったような清々しい笑顔を見せながら光に包まれて消えていったのだった。




 さて、後に残されたモルガ達の間には何とも言えない微妙な空気が漂っている。


「えーっと」


「モルガちゃんは私の嫁だからね!」


 モルガが何か言おうとしたところで、ユーディットが強く主張をした。嫁はお前の方だろ。


 そしてシュールパナカーはと言えば、全身から紫色の光を発している。


「アタイ……」


「な、何?」


 今までに見たことのない光に、さすがの変態も動揺している。


 そのシュールパナカーは、自分の身体が発光していることには気付いていない。


「アタイ、モルガのことが好きだよ」


 シュールパナカーは改めて、モルガへの気持ちを口にした。その瞬間、紫の光が眩いほどに強く輝き彼女の姿を見えなくする。あまりの眩しさに全員が目を瞑り、光が収まったのを瞼の裏で感じるとまた目を開いた。


 するとそこには、絵画のように美しい姿をした羅刹女ラークシャシーが立っているのだった。その容姿には先ほど戦った魔王の面影を残しており、状況的にこれがシュールパナカーの本来の姿なのだと、誰もが理解する。


「ユーディットには負けちゃったけど、この気持ちは変えられないよ。ねえモルガ、アタイのこと、どう思ってる? モルガの口から直接答えて欲しいの」


 絶世の美女となったシュールパナカーが、切な気に眉をひそめながら訴えてくる。これにはモルガも心臓が破裂しそうなほどドキドキしてしまう。


「シューちゃん、やっぱり可愛い……」


 ユーディットが困ったように呟く。お前の美意識は一体どうなっているのだ。


 モルガは一度大きく深呼吸をすると、シュールパナカーにまっすぐ向き合い、目を見て返事をした。


「シュールパナカー、申し訳ないけど君の気持ちには応えられない。俺は初めて会った時から君の優しさを感じていたし、本当に君のことを素敵な女性だと思っているよ。でも……俺を最初に助けてくれたのはユーディットなんだ。恩人だし、いつも一緒にいて楽しい、本当にかけがえのないパートナーなんだ。こんな醜いゴブリンの俺を、可愛いって言って抱き締めてくれたんだ」


「モルガちゃん……」


 ヘタレのモルガが、勇気を振り絞って答えた。自分でも好意を持っている女性を振るというのは、とてつもなく勇気のいることだ。どんな敵と戦った時よりも緊張したモルガの目から、涙が零れ落ちた。


「……そっか」


 シュールパナカーは天を仰ぎ、涙が零れないように我慢する。大好きな相手をこれ以上傷つけたくないという思いからだ。答えは最初から分かっていたが、それでも聞いてしまうと鼻の奥がツーンと痛くなった。


 そんなしんみりとした空気の中、ハヌマーンが不思議そうに口を開く。


「両方と結婚したら駄目なんですか? モルガさんは魔王になるんでしょ、どこの王様も沢山の妻がいますよ」


「………………」


 沈黙が訪れた。


 恐ろしいことに、この世界は一夫一妻制ではないのだが、そのことをこのモルガ、ユーディット、シュールパナカーの三人は考えもしなかったのである。分かっていて一人だけと決めたわけではない。


 ユーディットも独占欲を発揮していたが、そもそも重婚できることを知らなかった。


 無知の極み少女だから仕方ないね。


 そして彼女の言動で他の二人も完全に勘違いをしていたのだった。


 無言で見つめ合う三人。しばらくして誰からともなく笑い出し、そのうち三人とも腹を抱えて大笑いするのだった。


「ふぉっふぉっふぉ、宴の準備が必要じゃのう」


「そうですな、我等の勝利と新たな魔王の誕生、そして結婚を祝う盛大な宴を開かなくては。ランカー島の羅刹もキシュキンダーの猿族も呼びましょう」


『龍王もよろしく!』


 空からシェーシャが割り込んできた。魔王との戦いには参加しなかったくせに。


「私もモルガのお嫁さんになりたいナー」


 そしてどさくさに紛れてスキュラも求婚をしたりしていた。


 こうして、人間と羅刹、猿、ついでに龍王と海の仲間達が一同に会してお互いの友好を誓い合う、前代未聞の大宴会が開かれることになるのだった。


「ところで、貴方は?」


「ふぉっふぉっふぉ、儂か?」


 ジャルカーンに素性を問われ、ダルマ師匠がローブを脱ぎ去る。


 そこには、四本の腕に青い肌を持つ高貴な神の姿があった。名乗らずとも、彼の姿を見た者はそれが何者であるか理解してしまう。


「ヴィシュヌ様!?」


『君達は素晴らしいダルマを積んだ。きっとしばらくの間は平和で幸せな時代が続くだろう』


 そう言い残して、ダルマ師匠改めヴィシュヌ神は姿を消すのだった。


◇◆◇


 魔王となったモルガはこの後も様々な冒険を繰り広げることになるが、その横には常に肩を並べて戦う勇ましい妻達がいたという。


 これにて、変わったゴブリンの物語は終わりとなる。楽しんでいただけただろうか?


 えっ、結局語り部は誰だったのかって?


 それは秘密だが、一つだけヒントを出そう。私の名は作中に登場しているが、私自身は姿を見せてはいない。


 分かったかな?


 それでは改めて、変わったゴブリンと女勇者の物語に最後までお付き合い頂き、本当にありがとうございました!

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婚約破棄されて群れから追放されたゴブリンですが、変態美少女勇者の愛により究極スキルをゲットして魔王に成り上がります! 寿甘 @aderans

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