PART6
俺が店内に入ると、そこにいたのは、さっきの連中と、そのシンパばかりだった。
一斉に目線がこっちに集まる。
カウンターのどん詰まりの席が一つ空いていた。
俺は別に気にもせずにそこに腰かけ、
『ウィスキー、水割り、ダブルで』
それだけ言うと、胡散臭げな眼をしたバーテンの前に、野口博士を二枚置いてやる。
『一杯だけ呑んだらすぐに退散する。いいだろ?』
俺の言葉に、渋々バーテンは一杯作り、グラスを俺の前に置いた。
奥の連中は、まだ何か言いたそうな風だったが、約束通り、俺が一杯だけグラスを干し、席を立つと、それ以上何も言わなかった。
席を立つとき、俺はちらりと奥の方に目をやる。
連中の中で、一番はしゃいでいた人物と、頭に焼き付けたあの切り抜きの女・・・・。
間違いなく同一人物だ。
最も、いまそこでグラスを挙げて騒いでいるのは男であるというだけの差異はあったがね。
俺はそのまま喧騒に背を向け、店を後にした。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
『よう、色男・・・・いや、”彼女”と呼ぶべきですかな。』
俺は談笑しながら店から出て来た一団の先頭にいた、色の白いスリムな体形を、黒いウールのセーターに包み、紺色のジャケットに同色のズボン。
顎の下には小豆ほどの黒子・・・・。
男は怪訝な顔でこっちを見ている。
俺は何時も通り、
『私立探偵の
彼は唇を噛み、ちっという音を立てた。
『誰に頼まれたんです?』
見かけによらず太い声を出す。
『名前が売れていないとはいえ、流石に俳優だけの事はありますな。女装して純情な男を騙すぐらい朝飯前って訳だ』
彼の周りにいた連中が気色ばみ、何人かが懐に手を入れる。
『その位にしておけよ。さっきのライセンスとバッジを見たろ?俺はプロの探偵だ。ってことは合法的に飛び道具を持つことを許されているんだ。何なら勝負してみるかい?』
『どこから調べたの?』
『あんたが登録していた結婚相談所を調べ、元の社長とやらに凄んでみせたら、直ぐに白状したよ。少しでも金のありそうで、騙しやすい男に、あんたを使って金をむしり取っていたってな。』
『あの豆腐屋の”子供部屋小父さん”でしょ?依頼人は、』
俺はそれには答えず、ポケットからICレコーダーを出して見せた。
『さっきからこいつを回しっぱなしにしていたんだ。こいつを
奴は唇を歪め、また舌打ちをした。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
”ではごゆっくり”
お袋さんは俺と息子の為の湯呑を二つと、真ん中に菓子鉢を置き、盆を下げてそのまま腰を軽く叩きながら、台所の方に引き上げていった。
俺は懐から封筒を二つ取り出し、新井昌一の前に、報告書と並べて置く。
『改めて下さい』
俺の言葉に、彼はまるで嫌なものでも見るように、封筒と報告書を下に置き、
入れ違いに今度は自分の方が、信用金庫のロゴが入った封筒を出して、俺の前に差し出した。
『ご苦労様でした。少し足してあります』
『では』
俺はそう言って、中から数枚の一万円札だけを取り、残りは返した。
『今回は大した仕事はしちゃいません。一日分のギャラと必要経費だけで結構』
彼は『本当に有り難うございました』と、深々と頭を下げた。
俺は軽く会釈をして立ち上がり、そのまま座敷を出た。
『僕みたいな男でも、まだ結婚できるんでしょうか?』
俺の背中に新井君が声を掛けた。
『人生、何が起こるか分かりませんよ。』
それだけ言うと、俺は店を横切って外に出た。
もうじき一月も終わりだ。
風が俺のコートの裾を揺らす。
くしゃみが一つ出た。
終わり
*)この物語はフィクションです。
登場人物その他全ては、作者の想像の産物であります。
『子供部屋小父さん』物語 冷門 風之助 @yamato2673nippon
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