PART5
次の日、俺は荒川区の劇場にいた。
劇場、とはいっても、大箱ではない。
せいぜい100人も入れば一杯になってしまうという程度の、ささやかなものだ。
アングラ劇団、でもないな。
まあ、東京じゃよく見かけるセミプロの演劇集団というやつだ。
観客席は恐らく半分位の入りだった。
もっともこのご時世だ。
良くこれだけ埋まったものだと言えるだろう。
出し物は、どうやら主催者である劇作家の某氏(名前は聞いたが忘れた。まあ、
”知る人ぞ知る”タイプだったんだろう)が書き下ろしたオリジナル劇で、見た目は男だが、心は女という、俗にいう”性同一性障害”を持つ人物の苦悩を扱ったものだという。
芝居自体は、さして面白いものではなかった。
妙に分かりにくいセリフが延々と続く、二幕二場の芝居だった。
結果的に言いたかったことは、
”自分達を理解しない社会が悪い”
そんな内容だった。
幕が下りると、客席から拍手が起こった。
出演者とスタッフ(全部で10人はいただろう)が、カーテンコールに出て来て、満足そうにその拍手に応えていた。
どうやら観客の大半は、主催者氏の支持者か、そう言った運動のシンパサイザーの連中と見た。
観客の中の一人に、良くテレビなどで見知った顔がいた。
性同一性障害に理解をという運動で良く名前を知られた某女性都会議員だ。
彼女はにこやかな笑みを浮かべ、やけに大きな花束を、演出家兼劇作家の主催者に渡す。
それを受取った主催者氏は、そこからまた長々とスピーチをぶったが、観客は飽きもせずに聞き入っていた。
スピーチが終わり、観客が立ち上がり、会場を後にする。
ホールから外に出てみると、そこには舞台の出演者や、スタッフと思しき連中が固まって何やらシュプレヒコールを上げていた。
それだけじゃない。
横長のテーブルを出して、ハイタッチやら、握手会やらをし、挙句は署名集めやカンパまでしている。
勿論これは任意だから、やらなくったって非難をされる訳じゃない。
俺は少し離れた所から、一連の光景をずっと見ていた。
だが、任意の筈なのに、観劇に来ていた客の大半が署名集めに応じていた。
それが済むと、彼らはまたそこでシュプレヒコールを挙げ、三々五々と別れて行く。
残った数名(8人ほどはいたろう)が、何やら賑やかに騒ぎながら歩いて行くのを、俺は見逃さないようにして後を付けて行った。
どうやら打ち上げという奴らしい。
会場からそれほど離れていない商店街にあったスナックである。
それほど大きな店じゃない。
せいぜい20人も入れば一杯になってしまうところだ。
”貸し切り”と札が出ていたが、構わずに俺は中に入る。
ええ?
”大丈夫なのか”だって?
気にしなさんな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます