PART4

『僕が稼いだ金だというなら、まだ諦めもつきます。しかし、あれは・・・・親父がささやかな中からこつこつと溜めて、僕や母、そして兄や姉たちのために遺してくれたものですからね。』

 そこまで言って、彼は俺の顔を見直し、

『勿論、貴方への探偵料はちゃんと払います。そのために依頼するんですから、』

『引き受けましょう。勿論通常通りのギャラでね。ただ、今回に限って、分割払いとしようじゃないか。それでどうですか?』

 俺の言葉に、彼は『有難うございます』と、小声で言い、首に巻いていたタオルを外して目を拭った。

◇◇◇◇◇◇

『え?ハッピーブライダル?確かにこのビルに入ってたけど、もうないよ』

 ビルの管理人のおっさんはにべもなく俺の問いに答えた。

 彼によれば、2年も前に廃業して、それっきりだったという。

『社長が一人と、男性と女性の職員が、それぞれ一人づつの、合計三人しかいない、ささやかなオフィスだったからね。廃業した理由は、良く分からない。ある日突然ウチの本社に”明後日で閉鎖します。どうも有難うございました”って電話があってね。未払いだった家賃は払ってくれたけど、その後会員って人が何人か押しかけてさ。こっちも理由を説明するのに、骨が折れたよ。何しろ何も分からないんだから』


 なるほど、これはやはり”結婚詐欺”の類か・・・・そう思った俺は、モノは

 試しと、あの小山内静子の写真を見せ、

『さっき一人だけ女子社員がいると言ったが・・・・それはこの人ですか?』

 だが、俺の問いに、おっさんはにべもなく首を振り、

『いやあ、違うな。その女子社員は、もう60近くの婆さんだよ。それも雪だるまみたいに肥ってたな。でも』

 そこでまた向こうは言葉を止め、意味ありげに俺を見た。

 何を考えてるかは直ぐに分かった。

『でも、何です?』

 俺は彼を促し、五千円札を折りたたんで手渡す。

 おっさんはそいつを受取り、

『似たような顔なら見たことがあるよ。だけどそれは女じゃねぇな』

 管理人氏は一寸待ってくれと言い置いて事務所に入り、それからくすんだ緑色のファイルを持って戻って来た。

 表紙には馬鹿でかい文字で、

”部外秘”とある。

 どうやら会員名簿か何かなのだろう。

『事務所の中の品物は、処理業者があらかた持って行ったんだが、何故かこいつだけが残っていてね。後でまた取りに来たら渡してやろうと思ってさ』

 ビニールのファイルには、何かの切り抜きが収まっていた。

 俺はそいつを受取り、頁を繰ってみた。

 確かに会員名簿なのだろう。

 中には写真が何枚も残っていたが、ところどころ歯抜けになっている。


 その中の一枚で、俺は手を止め、見入った。

”なるほどね”

 管理人氏の言った通りだ。






 

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