ボッチばあさんと庭のウサギ

 ボッチばあさんの庭に生えていた大きな木に昨夜、雷が落ちました。

 木は真っ二つに割れて焼け焦げてしまいましたけれど、もともと古い木でしたから、かえって都合が良かったかも知れません。

「雷のおかげでいい具合に乾いたし、薪にしてしまおう」

 ボッチばあさんはノコギリを出してきて、木の根元をごりごりとやり始めました。

「ふう、なかなかしんどいね。こんな腐れた木なんて、むかしは軽く蹴り倒したものだったけれど」

 一人で暮らしていると年々、不便が増えます。けれどもしかたがありません。

 ボッチばあさんは丸一日かけて木を切り倒し、薪割りをすべて終えました。


 翌朝、朝食の準備をしながらボッチばあさんが庭を眺めると、昨日まで木が生えていた場所に、なにやら毛むくじゃらの生き物が座っているのに気がつきました。

「ありゃ、タヌキ」

 けれどもボッチばあさんの目はもうあまり良くないのです。しょぼしょぼするのをこすってもう一度よく見てみると、どうやら一匹のウサギのようでした。

「はて、あの木の根元に巣穴でもあったんだろうか」

 ウサギは背中を丸めた姿勢でじっとこちらを見つめて、いかにも、突然に住む家を失ってしまって途方に暮れている、といった様子です。

 ボッチばあさんは、手にしていた牛乳を与えてやろうとして、すぐに思い直しました。

「動物は人間の勝手じゃないんだ。いたずらに関わっちゃあいけないね」

 そう言って、冷や飯に牛乳をかけてさらさらと食べました。食べている間もウサギはうらめしそうにこちらをにらんでおります。

「気の毒だけれどなんにもしてやれないんだよ。よそへお行き」

 ボッチばあさんはバナナも食べました。そしてふと、思い出したのです。

 ボッチばあさんが子供の頃、家ではウサギを飼っていたのでした。草刈り機の代わりにウサギに庭の雑草を食べさせて、ふんは畑の肥料にしたのです。

 ウサギがバナナをよく食べることをボッチばあさんは知っていました。理由は謎ですけれど、どのウサギも目の色を変えてバナナに食いつき、皮までぺろりと食べてしまうのです。お父さんやお母さんにはひどく叱られましたっけ。当時バナナは大変な高級品でしたから、ウサギにやってしまうなんてとんでもないことだったのです。

「けれども友達と分けなさいて言ったんだ。わたしゃ、そのとおりにしたんだから」

 ウサギは相変わらず、ボッチばあさんをじっと見つめております。

「あんた、いつまでそうしているつもりさ。明るいうちにお行きよ。暗くなるとキツネが出るから。捕って食われちまうよ」

 ウサギは聞いているのかいないのか、耳をぴくりと動かしたようでした。

「さて、わたしは森へ行って栗でも拾ってこようか」


 夕方、ボッチばあさんは栗をたくさん拾って帰ってきて、それから時間をかけて丁寧にそれをゆでました。お鍋からひとつつまんで味見をして、ふと庭を見ると、なんとあのウサギがまだそこにのんきに座っているではありませんか。

「やい、しょうがない」

 ボッチばあさんはバナナを一本もぎ取ると、拳銃みたいに握りしめて庭へ出ました。

「もしかしたら動けないほどに弱っているのかも知れないよ。けがをしているかも知れない。雷のせいで耳がちぎれたかも知れないじゃないか。そんなら助けてやらなけりゃ」

 そうして、ウサギを驚かせないようにゆっくり、慎重に近付いてゆきました。

「大丈夫。バナナを食べりゃ、一発で元気になるよ。安心をし」

 ところが、ボッチばあさんがバナナを差し出した、もうあと一歩というところでした。

「あれ!」

 ウサギの姿がふわりと消えてしまったのです。

 もちろん、代わりにタヌキがいたわけでもありません。キツネの仕業でもありません。たぶん、毛むくじゃらの生き物なんて最初からいなかったのです。

「切り株だね」

 ボッチばあさんは夕暮れの中でただ一人、きのう切り倒した切り株に向かって、そっとバナナを差し出していたのでした。


 ボッチばあさんは家の中に戻って、だまって栗を食べました。切り株はもう、ただの切り株にしか見えませんでした。



【ボッチばあさんと庭のウサギ・完】



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ボッチばあさん イネ @ine-bymyself

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