第1話 紅の瞳①
王都では、大勢の領民が王宮前の広場に殺到していた。それは数百年ぶりにこの国に聖女が誕生し、神託を受けたからであった。人々は我先にとその神託の内容を聞くために集まっていた。
興奮の渦が巻き起こる中、王室の大神官が民衆の前に姿を表した。大神官が片手を上げると、それまでざわざわと騒がしかった広場がしんと静まり返る。
「偉大なる神より授かりし神託を読み上げる。『この地に集まりし七人の勇者の手によって災厄は滅びん。神より選ばれし女神が勇者に力を与えん。女神の真紅の瞳が正しき者を導くだろう』」
大神官が口を閉じると、民衆から一気に歓声が上がった。
「これでようやく安心して暮らすことができるのね!」
「七人の勇者って、王家の王子様方の事じゃないかしら!」
「本当だ!先日第七王子様が王室入りをしたと聞いたぞ」
憶測に湧く人々だが、それは王家でも同様だった。
「正しく、我が息子達が七人の勇者であることは間違いない。後は、その力を目覚めさせてくれる女神の力を授かった者を見つけなくてはいけない」
国王は側近に命じて、真紅の瞳を持つ者を国中から探し出すように命を出した。
その翌日から、王宮前広場には国中から赤い瞳を持った少女たちが集められるのだった。
ここ、スマティカ王国は、過去に剣の国と魔法の国に分かれていた二国が統合されて新たに出来た王国だった。その歴史はようやく百年を迎えるくらいに浅く、周囲の国々からの圧力に耐え忍んでいた。
だが二国の統治の仕方は異なり、片方に合わせることは困難だったため、それぞれの国の王族から国王と宰相を選出した。二人が同じ血族になることは決してなく、こうすることで今まで均衡を保っているのだった。
スマティカ王国ではつい先日、第七王子が王室入りのお披露目式が行われたばかりだった。この偶然に民は湧き、豊かな暮らしを想像して胸を躍らせた。
同時期のグルタミア領、領主エドガー・グルタミア邸では、一週間もの間高熱に侵されていた一人娘のリリアがようやく目を覚ました。
交代で看病をし続けていた使用人が、部屋の外に待機していた別の者にそれを伝える。
すると、数分もしないうちに父エドガーが部屋へ飛び込んできた。
「リリア、気分はどうだい?目が覚めて良かったよ。だが、まだ安静にしていた方がいい。あと数日はゆっくり体を休めるんだよ」
リリアはエドガーの方へゆっくりと顔を向けた。すると、さっきまで乱れた前髪に隠れてハッキリと見えなかった彼女の瞳に、エドガーは言葉を失った。父と同じ明るい茶色だったリリアの瞳が、吸い込まれるような真紅に染まっていたのだ。
「そんな…………。リリアに、女神の力が宿ったというのか…………?」
ぼそっと呟かれた言葉にリリアは小さく首を傾げた。病み上がりでまだ頬を紅潮させているリリアに心配をかけまいと、エドガーは笑顔の仮面で取り繕う。
「もうひと眠りしたらきっと良くなるよ。リリアが眠るまでここにいるから、安心しておやすみ」
その穏やかな声にリリアは再び目を閉じると、あっという間にすやすやと寝息を立て始めた。
薄らと汗の滲む額を拭ってあげると、静かに部屋をあとにした。その瞬間、エドガーの顔から表情が消えた。それはそばを通る使用人たちも驚く程の変貌ぶりだった。
エドガーはふと立ち止まると、正面から来ていた使用人の青年に声をかける。
「シエル、ノエルを呼んで一緒に私の部屋へ来てくれないか?」
シエルと呼ばれた青年は、普段と違う主人の声色に、わずかに表情を硬くする。
「分かりました。すぐに伺います」
小さく一礼すると、シエルはさっと踵を返した。
自室に戻ったエドガーは、自分一人の空間になった瞬間に盛大なため息をついた。そのまま大きな窓の外へ目を向ける。一面に広がる木々と透き通る様な満天の星空は、今の彼の胸の内とはかけ離れており、普段なら心を癒してくれるそれも、かえって虚しい気持ちにさせた。
その時、部屋のドアが控えめにノックされる。
「どうぞ」
ドアが開いて入ってきた二人の青年は、瓜二つの顔をしていた。
彼らと初めて会った日から早五年。屋敷にいる全員が彼らを見分けることが出来るようになっていた。
二人とも、深い青色の髪に端正な顔立ちをしているが、兄シエルは少しつり上がった眼に強い光を宿しており、弟のノエルは優しさに満ちた大きな瞳をしていた。性格もまさにその見た目の通りだが、成長した今となっては、二人とも立派な落ち着きを身につけており、こうして並んでいるだけではパッと見どちらか分からない人の方が多いだろう。
「「失礼致します」」
「あぁ、急に呼んですまないね」
「いえ……。もしかして、リリア様に何かあったのですか?」
単刀直入に訊ねるシエルに、エドガーはようやく表情を緩めた。訊ねたシエルだけでなく、隣で心配そうな目をしているノエルにも、言わずもがな大体の状況を知られてしまうほどに、今の自分が取り乱していることが分かり逆に笑えてしまったのだ。
「君たちの観察眼が流石なのか、私がそれほどに顔に出てしまっていたのか……。おそらくその両方なのだろうが、まさにその通りだよ。まだはっきりとした確証があるわけではないが、良くないことが起こっていることだけは間違いない。リリアには体調が万全になったらきちんと話すつもりでいるが、先に君たちの耳に入れておいて欲しい」
そうして、エドガーから神託について聞かされた二人は不思議そうな顔をした。
「ご主人様はリリア様が女神に選ばれたことが良くないことだとおっしゃるんですね?」
シエルが確かめるように言うと、エドガーはそれにゆっくり頷いた。
「だが、それはまだ噂レベルの話だ。確証は無いが、不安要素は消しておくべきだろう。だから、私がより詳しく調べる間、リリアが女神だということを知られたくない。この屋敷内には、誰も外へ言いふらすような者はいないと思っているが、外部からの人の出入りもあるからな……。静養のためにという名目で、避暑地として使っている別宅へリリアと共に行って欲しい」
「分かりました」
「一緒にファンドも行かせるつもりだ」
ファンドは、王都より派遣されたエドガー専属の騎士だ。
エドガーの長年の努力の末、昨年にようやく近郊貴族としての称号を手にすることができた。その時から道中の護衛や王都での案内のために、各家に一人騎士が付くことになっていた。表立っては言われないが近郊の貴族に付くということは、事実上の左遷を意味していた。だが、そんな事情を全く感じさせないほどに、ファンドは真摯に務めを全うする誠実な騎士だった。
「それでは、ご主人様が王都へ戻られる間の護衛はどうされるのですか?」
「それを、シエルに頼みたいのだ」
その言葉に、二人とも大きく目を見開く。そして、おずおずとシエルは口を開いた。
「えっと……お恥ずかしい話ですが、私はファンドから戦い方を少しは教わっていますが、彼に比べたらまだまだ足元にも及びません」
「心配するな。私だってある程度自分の身は守れる。今までそうしてきたんだからな。それよりも、王都へ行ってやりたいことがあるのだろう?」
最後の一言を聞いて、シエルの背筋がすっと伸びた。
この屋敷に来てから、二人は一度も王都へ帰れていない。だが不思議と寂しさは無かった。それは、この屋敷の人々全員が心から二人を受け入れ、一人の人間として対等に接してくれたからだった。次第に二人がエドガーに対して生涯尽くしたいと言う気持ちが芽生えるのも時間の問題だった。だからこそ、一度王都へ行き、両親にこのことを伝えたいと常々思っていたのだ。何を言うまでもなく、こうして察してくれる主人にはただただ頭が上がらない思いだった。
「ありがとうございます。最大限の準備をしてお供させていただきます」
こうして、エドガーが王都へ出向くまでに、シエルとノエルは諸々の準備に追われることになった。
真っ先にエドガーからファンドの所へ行くように告げられた二人は、彼が毎日訓練に励んでいる場所へと向かった。
「ファンドー!!」
シエルの声に、ファンドは素振りの手を止めて振り返る。
「おぉ、来たな!領主様から聞いたよ。今回はシエルがお供するんだな」
ファンドは二人よりも二歳年上の十七だったが、本人の強い希望でこうしてフランクな関係を築いていた。
「そうなんだ。それで、なんで俺たちはここに呼ばれたんだ?」
「あぁ、実は二人に魔法を覚えて貰おうと思ってな」
「「魔法!?」」
思いもよらなかったワードに、二人は目をキラキラと輝かせた。
「でも、王都では剣か魔法かどちらかしか使ったらいけないんじゃないの?」
「……どちらが得意かなんて、やってみないと分からないだろう?もしかしたら、少しの練習で一気に魔法の力が覚醒するかもしれない。だったら、そっちを練習した方が得策だと思わない?」
ファンドは心優しい青年だが、王都の話題が出ると一瞬声のトーンが下がることを二人は知っていた。だが、すぐにいつもの調子に戻るため、これ以上深く聞くことが出来ないでいた。
「それもそうだね。さっそく教えてよ!」
双子は互いに顔を見合わせると、満面の笑みでファンドに向き直った。やる気に満ちた二人を見て、ファンドもついつられて笑う。
「二人には今まで剣術を教えてきたけど、体格や経験が大きくものを言う。でも、魔法なら要領さえ掴めればすぐに使うことができる。これから出発までの一週間で魔力の弾が出せるようにするぞ」
「「うん!!」」
目覚めた女神は勇者の力で国を救う 海果 @natsssu-n
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