終わりの始まりのミッション 2

 これこそがルカの手掛ける最大のプレゼントだ。並べられたフィリス・リックの足元から特別な光が無数に放たれた。幾重にもなった花弁状のガクを通過していく光は、大きく屈折し、聖堂内に投げかけられる。


「これガクだから、ここ、葉脈。硬くて水分が多い。氷の結晶みたいな働きをするよ」

「それってどういうこと?」

「こういうこと」


 あの日、ルカが説明してくれた輝きが大聖堂の中に広がっていく。水平方向の虹だ。それはホログラムに反応し、どんどん伸びて、最後には輝く虹のバンドに中に僕らを包み込んだ。銀河が一つに結ばれたのだ。スロランスフォードに新しく生まれた花が、それを導いてくれた。

 舞い散る雪、真っ白な世界の中にかかる虹。まるで奇跡のような光景に誰もが絶句したままだった。あらかじめ説明を受けていた少佐さえも唖然としている。まさかこれほどの規模になるとは思わなかったのだろう。なかなかにレアな姿だった。


「まずは狸親父一匹目を撃沈よ」

「……ロティ……」


 さすがはDF部隊の隠された超一級能力。一度狙った獲物は撮り逃しそうにない。そんな彼女の視線の先では、「どうした、泣いてるのか?」なんて言っているのだろうか、少佐の肩を叩くまだまだ余裕の総督の姿が見えた。

 次の瞬間、なんとも素朴で柔らかな音が流れ出す。小さな足踏みオルガンとその奏者が光の中に浮かび上がった。総督がはっと自らの上空を振り仰いだ。そこに広がるのは中尉の聖堂。その脳内で、パズルは間違いなく出来上がったはずだ。


 続く歌声は清らかな少年たちのもの。いつの間にか最前列に集合していた聖歌隊。まるで引き寄せられるかのように、総督は立ち上がった。一つ、二つと続く曲、そして最後はロティと僕も聴いた曲だった。その歌声の中、総督が崩れるように座りこむ。少佐がそっとその肩を抱きしめた。大きないかつい男が二人、けれど静かに泣いている。それはとてつもなく美しいものだった。人々は声もなくその光景を見つめた。

 やがて雪も虹も消え、最後の曲が終わっても、誰一人動けなかった。我に返った人がちらほらと手を叩き始めた時、小柄な人影が進み出てやんわりとそれを制した。真っ白なローブに花の刺繍、穏やかな声が響き渡る。


「このような美しい聖域にお招きいただきありがとうございました。スロランスフォードの未来がより良いものとなることを心よりお祈り申し上げます。そして……お誕生日おめでとうございます、総督」


 今度こそ、大きな拍手と歓声が起こった。そっと配られた出演聖歌隊のプロフィールに、フェルナンド・デスペランサ中尉の名前を見つけた誰もが目頭を押さえた。総督の熱い想いを、誰もが感じた。


「ルカ!」

「?」

「さあ、早く! プレゼントの時間よ」

「俺、マローネ3チームじゃない……」

「いいの、早く!」


 珍しく茫然自失状態の総督は、少佐に抱きかかえられたままだ。それにしても肉体の美しさが際立っている。ため息が出るような見事な絵だ。これは銀河中の画家が狂ったようにデッサンしてるだろうと僕は思った。

 そこにそっと移動したロティ。総督の大きさによって、今の彼女は本人が憧れる「儚い乙女」にしか見えなかった。続いてやってきたルカの繊細さもなんとも絶妙で素晴らしい。


「総督、お誕生日おめでとうございます。素敵な贈り物を預かっています」

「預かって、いる?」

「はい。美しい歌声を持つ少年が作った花のバッジです。持ち主が必要だからと主教様がお持ちくださいました」


 いかにも子どもの手作りだといった風の新聞紙の箱を開け、ロティは取り出した小さなガラスのバッジを総督のたくましい肩にかけられたドレープに止めつけた。それは小さなものだったけれど、ホログラムの光の中で貴い宝石のように輝いた。


「ああ、フェル……」


 泣き崩れてもおかしくない場面、けれど総督は踏ん張った。大きく胸を張り、肩のバッジに手を添えて天を仰いだ。精悍な横顔を、一筋の綺麗な涙が流れていく。やがてロティに向き直った総督が微笑んだ。それは銀河を魅了する笑顔だった。ロティの笑顔もいつかこんな風に花開くのだろうかと、僕はぼんやり思った。


「そしてもう一つ。でも約束があります。一年以内に必ずカスターグナーに出かけてください」

「?」


 涙の跡も美しい顔で総督が首を傾げれば、ルカがそっと輝くガラスケースを差し出した。僕にはその姿が遠い日の中尉のように思えてならなかった。繊細で中性的な魅力。まるで過去からの贈り物のようだ。


「これは……」

「中尉のマローネです」

「これが……」


 続く言葉はなかったけれど、僕らの中に声なき声は響いた。少年の日の中尉が慈しみ、生涯心の支えとした花。小さな小さな、しかし何よりも高貴な花。


「一年そばに置いてこの星を見せてあげたら、また故郷に連れて帰ってあげるのです。聖堂を訪問してください。そして総督も、変わらない時間の中にある遠い日を見てきてください」


 僕はもう一度スイッチを押した。雪が舞い始める。これはドームの天候にも連動している。街ではまた大騒ぎだろう。一回きりの約束だったけれど仕方がない。ここで降らさなければダメだと思ったのだ。あとで少佐に怒られるかもしれないけれど、今日はもうみんなに思う存分雪を楽しんでもらおう。

 美しい結晶が降る中、総督はついにロティを抱きしめて泣いていた。父の胸の中で、娘は父の代わりに微笑んだ。それは父にも負けない銀河を魅了する笑顔で、僕はその美しさに酔いしれた。


 そんな中、主教様の合図で全ての聖歌隊が歌声を響かせる。それは聖歌ではない。内戦後、新たに作られた銀河の歌だ。高尚なものではないかもしれないけれど、ああ、全てが一つに溶けていくのだと僕は思った。たった一ヶ月弱のミッションがこんなにも素敵なものに広がっていくことに、胸が震えて止まらなかった。それはまさに僕たちの大聖堂狂詩曲カテドラル・ラプソディ

 熱いものがこみ上げ、視界が滲む。けれど、情熱を注ぎ続けて作り上げた幻想的な世界の中を、真っ白なドレスを翻し、僕のアイスプリンセスが走ってくるのだけは、鮮やかに見えた。僕は大きく腕を広げ、その愛おしい温もりを抱きとめた。

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カテドラル・ラプソディ〜Advent Calendar 2021〜 クララ @cciel

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