終わりの始まりのミッション 1

 大ホールの扉が静かに開かれた。関係者入場。僕はロティたちと会場の隅から見守る。

 立ち上がる光の柱に揺らめくのは、厳かな無数の聖域。そしてまるで天上の花園、花畑のような白い花たちの美しさ。誰もが息を飲むのが感じられた。続いて大きな歓声が上がれば、思わずロティが僕の腕を抱きしめる。

 無意識なのだろう。役得だと僕は心の中でにやけた。氷河色の瞳が潤んでいて、なんとも可愛いらしい。今日のロティは僕らの宗派の天使の装いだ。背中についた翼が持ち帰りたいほどに似合っている。いたく緊張する瞬間のはずだが、そんなロティに似合う空間が作れただけで僕はもう満足だった。それでも、集う人々の純白の装いが、幻の大聖堂に次々に命を吹き込んでいくのを感じれば、達成感がこみ上げてくる。


 さあ、式典の始まりだ。僕らも急ぎ着席し、総督の登場を待つ。数分ののち、再び大きく扉が開いた。一歩踏み出したその姿を見てどよめきが起こる。銀河中にくまなく配信されているこの様子、場所によっては絶叫が起きたかもしれない。


「ロティさん、あれ、本物なんだよね?」


 ルカの呟きももっともだ。惜しげもなく晒された胸も背中も、まるで精巧な彫刻のように美しく隆起している。肩にかけられた布の柔らかなドレープとの対比がなんとも鮮やかで、もはや芸術の類。まさに軍神。ここまですごいと、総督が仕事中には決してスーツを脱がなかった理由も大いに納得できる。これはもう、秘密兵器だろう。


「あっ、副総督も!」


 その後ろから来た少佐を見てルカが歓声をあげた。総督ほどではないけれど、こちらもかなり露出の多い格好だ。雰囲気が柔らかくてダンディーな副総督が、これほどに鍛えあげられた肉体の持ち主だとは思わなかった人も多いはず。一気にファンが増えたのではないだろうかと僕は思った。

 けれどロティは「この絵を見ても、DF部隊の面々は顔色一つ変えないわね。暑苦しい日々が戻ってきたと思うだけよ」と苦笑いだ。総督がシャツを脱ぎ捨てるのは、訓練時には平常運転だったようだ。しかし会場内は大騒ぎだ。総督はそんな人々に手を振りながら悠々と花道を歩き、最前列に着席した。

 と、何かを見つけてその目が見開かれ、口を開きかけようとした。けれど同時に勇壮な旋律が流れ出したため、総督は表情を引き締め、座り直した。まずは総督扮する軍神を讃える曲だ。その歌詞の似合うこと似合うこと。もはやこれは総督のものではないかと思うほどに、会場は盛り上がった。

 出足は順調だ。ルカは結局自分も脱いだ副総督の素晴らしさに満足そうで、ベニーは歌声に早くも酔いしれていた。僕はほっと胸をなでおろす。なんやかんや言っても、やっぱり気を張っていたようだ。

 式典の始まりを飾るべく、続いて数組の聖歌が披露された。どれもこれも素晴らしく、中には泣いている人もいる。


「こんな場所だよ? 大きな喜びに包まれて魂の歌を聞かされたら、そりゃあね。ウィルもルカもすごい仕事をしたね。俺、今猛烈に感動してるから」

「ベニーもだよ! ベニーの雪も降るよ!」


 聖歌隊への盛大な拍手の後、総督のスピーチが始まった。人々が固唾をのんで見守る中、スロランスフォード固有種となる新種の発見が公表される。フィリス・リック。増した光量の中に浮かび上がったのは、大聖堂の最奥を飾る、まるで雪の女王のような、冠をその真ん中にいだく純白の花。総督の後ろのスクリーンにも、その麗しい姿が映し出される。ああ、なんという美しい組み合わせだろう。花を背負った軍神はまるで幻想の世界の住人のようだと誰もが思ったに違いない。

 もうこれだけで、スロランスフォードへの憧れが強くなるだろうと思った時、ついに新しいロゴやマーク、キャッチコピーがベールを脱いだ。街中の旗にも、一斉に浮かび上がったはずだ。まさに新しい時代の到来だと思った。より大きな平和に向かって僕らは歩いていくのだとそう感じた。スロランスフォードのあり方は、一都市の主張を超えて全銀河の未来を物語っているのだ。

 

 続いて登場した副総督が、今後の新しい事業展開について説明する。全て非常時対応品ではあるけれど、そこには悲壮感も緊迫感もなく、誰もがより良い生活を想像することができた。膨らんで破綻するような未来ではない、極め研ぎ澄まされ、本当に良質なものだけが残るのだという予感。移動式ホテルも、小洒落たレストランの一品を詰めた缶や瓶も、僕らが等しく享受すべき本物の贅沢なのだ。誰もに喜びを提供するもの。そしてそれらに携わることで発生する利益は、全て銀河のために使われることとなる。そのための財団が立ち上がったことを少佐が宣言すれば、会場は再び大きくわいた。


「シャーロット・ティナ・オーウェン=デボンフィールド」


 突然のアナウンスに驚くロティの腰を僕は押し上げた。戸惑いつつも、こちらを向く少佐と目があった瞬間、アイスプリンセスは無敵のポーカーフェイスとなった。翼を背負い、氷河色の瞳をきらめかせる美貌の理事誕生に、惜しみない拍手が贈られる。してやったりと言わんばかりに、総督と少佐が満足そうに笑っていた。


「もお、狸親父たちが。見てなさいよ。直ぐに泣かしてやるんだから!」


 にこやかに微笑みつつ着席するロティが漏らした言葉は、あえて聞かなかったことにする。再び始まった聖歌隊のパフォーマンス。誰もがはるかかなたへと続くような聖堂の柱を見上げ、流麗なる旋律に身を委ねる。

 とその時、人々は息を飲んだ、仕掛けた僕本人でさえ、見惚れた。最後の音が大ホール内に余韻を残していく中、ひとひらの雪が舞い降りてきたのだ。嘘のように静まり返った聖域に、一つまた一つと美しい結晶が降ってくる。高い天井に舞うそれに触れることはできないけれど、誰の席からもその美しい形は見えた。感嘆のため息が広がっていく。


「ベニー! ああ、なんて綺麗なの。ありがとう」

「ルカのヘルプがあってのことだよ」

「ええ、ええ。ルカもありがとう」


 満足そうな三人を見ながら、僕は最後のスイッチを押した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る