第2話
一週間経ったけれどまだ全快はしていない。家事をやるのでどうしても休養する時間が少ないのだと思う。
心配したお姉ちゃんがアパートに来てくれた。お土産にスポーツドリンクとゼリーを持ってきてくれた。
ありがたいのだけれど、私は眠りたかった。風邪には休養が大事だと書いていた。平日は早起きして仕事に行っている。休みの日くらい、長い時間眠っていたいのが本音だった。
このまま心の中がくすぶっていても良くないので、お姉ちゃんにはっきり言おうと思う。
お姉ちゃんはキッチンでガサガサと何かをしていた。麦茶のパックやコンソメ、乾麺を置いてある棚を見ている。
「汚いねー」
お姉ちゃんのその一言に、私はカッとなった。
私は風邪でこの一週間、大変な思いをして過ごしてきたのだ。旦那さんと一緒に暮らしているお姉ちゃんには分からない。風邪をひいたって旦那さんが家事をやってお姉ちゃんは休んでいられるだろう。そんな恵まれた環境にいるお姉ちゃんに私の苦労は分からないんだ。
「もう帰って!」
私は叫んでいた。お姉ちゃんはびっくりしている。
「どうしたの? また熱が出た?」
お姉ちゃんは心配している顔で尋ねる。
「私もう、眠りたいの! お姉ちゃんがいると眠れないじゃない。そんなことも分からないの?」
八つ当たりだった。一度感情を叫ぶともう止まらなかった。
「ごめん、気づかなくて……じゃあ帰るね」
お姉ちゃんは哀しそうな顔で帰って行った。私はすぐに鍵をかけた。
叫んだせいか、喉が渇いていた。お姉ちゃんが持ってきたスポーツドリンクは飲む気がしなくて冷蔵庫の麦茶を飲んだ。
〇〇〇
いつの間にか風邪は全快していた。
十一月の最初の日曜日、私は夜遊びに出た。日中は比較的暖かかったけれども、夜は冷える。朝の情報番組では立冬だと言っていた。
久々に遊んだ。夜九時くらいに解散した。誰かと夜ごはんを済ませたかったけれども、みんな明日は仕事なので早々に散ってしまった。私も明日は仕事だ。誰かとごはんに行ったらきっと長引くだろう。これで良かったのだと思う。
寒いので鍋でも煮ようかと思った。けれども実際に帰宅するとそんな気力はなかった。鍋のつゆもなかった。レトルトも冷凍のごはんもない。これからコンビニに行くのも面倒くさい。
コンソメスープに乾麺を茹でて入れようかな。スープパスタになるじゃないか、ナイスアイデア。
早速コンソメと乾麺を置いてある棚を探すとすぐに赤いものが目に入った。赤いきつねだ。付せんが貼ってある。
―万が一のために置いておきます。
付せんにはお姉ちゃんのメッセージが書かれていた。
あの時、この前うちに来た時にこっそり置いたんだ……。私に見つかると「カップ麺は食べない」って言って拒否されるから……。
私はすぐに、やかんにお湯を沸かした。電気ケトルのほうが早く沸くのだけれど、やかんにした。
やかんから赤いきつねにお湯を注ぐ。フタの
タイマーをかける。五分の間に、お姉ちゃんが持ってきてくれたスポーツドリンクを用意する。あれからずっと、飲むことが出来なかった。ゼリーも用意しておこう。
ピピピピピピピ。赤いきつねが完成した。
フタを開けるとフワッとおだしのにおいがした。そして、白い。うどんだから白いのだ。丸くて可愛いかまぼこが懐かしくて癒される。
少しかきまぜて、スープを飲む。熱い。冷えた体に
麺をすする。優しい味がした。ラーメンよりうどんのほうが優しいから、赤いきつねにしたのかな。お姉ちゃんの優しさを想ったら涙がどんどん出てきた。おあげにかじりつく。じゅわっとおだしがはみ出した。歯が熱い。少し甘い。私は泣きながら食べた。おつゆを飲み干した。
「ありがとう、お姉ちゃん。ありがとう、赤いきつね」
鼻をかみ、スポーツドリンクをごくごく飲んだ。けれども途中でやめた。スポーツドリンクで赤いきつねの後味が消えそうだったから、麦茶に変えた。
口の中も胸も熱い。サッとお風呂に入り、そのまま眠った。
夢の中にきつねとたぬきが出てきた。赤いきつねと緑のたぬき。
次の日の昼休み、お姉ちゃんにメールを送った。この前はごめんね、そして赤いきつねをありがとう。すごく助かった。風邪も治ったと付け加える。
―赤いきつね、役に立って良かった―
お姉ちゃんからそう返信が来た。ちゃんと仲直りをしたいので、今度はお姉ちゃんの家に行きたいと言った。お姉ちゃんは
私は赤いきつねと緑のたぬきをお土産に持って行こうと決めた。
赤のしあわせ 青山えむ @seenaemu
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