赤のしあわせ
青山えむ
第1話
秋分の日、私は一人暮らしを始めた。理由は一人暮らしをしてみたいから。
親戚の人がアパート経営をしているのですぐに住む場所は決まった。
家電付きのアパートだったし、事前に親戚の人とお父さんが布団や衣装ケースを運んでくれたので当日は身軽に引っ越しをした。
「
お姉ちゃんが感慨深く言う。
「私も二十四歳だよ、ちょうどいい時期じゃないかな」
「そっか、いつまでもお子様じゃないんだもんね」
二つしか違わないのに、そう思うとおかしくなった。けれども、もう結婚して家を出ているお姉ちゃんは人生経験においても、確実に私の先を行っている。
「ところで……引っ越し祝い、本当にこれでいいの?」
なんだか疑っている表情でお姉ちゃんが紙袋を差し出す。
私はわくわくして紙袋の中身を取り出す。料理の本だった。
「やった! これが欲しかったの。ありがとう、お姉ちゃん」
ズボラレシピ・時短レシピ。そんな単語が目次に並んでいる初心者向けの料理本だった。
一人暮らしをしたら料理をする。これが私の目標だった。
実家にいるとどうしてもお母さんがごはんを作ったほうがいいからね。私じゃお父さんが気に入るおかずを作ることは出来ないし。
可愛いお皿は揃えたし、新しい炊飯ジャーも買った。これから始まる料理生活にわくわくしている。
「何もない時のために、カップ麺も買っておいたほうがいいよ」
お姉ちゃんはそう言うけれど、私は抵抗があった。これから料理を頑張るんだから、そういったものに頼らないでいきたい。
「うーん、カップ麺があるとそれを食べちゃいそうだから……買わないでおく」
私は自分の決心の表れにもなる気がしてそう決めた。
明日も仕事だからと、お姉ちゃんは夕方には帰って行った。
午前中は両親や親戚の人もいたのに。誰もいない部屋は、しーんとしていた。本当に、しーんという音がする気がする。気のせいか気温まで低く感じる。エアコンの赤いボタンを押した。
あまりに静かなのも怖い気がしてテレビをつけた。ローカル番組が流れていた。
この番組、実家にいる時は「いかにもローカルだな」って思って見ていなかったけれど、今は救いになっている。わざとらしいほどの笑顔が部屋に暖かみを運んでくれた気がした。
早速初日の夕食作りをした。明日のお弁当のことまで考えたおかずにしよう。私はお姉ちゃんがくれた料理本を開いた。
次の日、早起きして朝ごはんとお弁当を作った。会社までの距離が短くなったはずだけれども、家事をやるので時間に余裕はなかった。
朝に食べた食器を洗うことが出来ずに家を出た。
「昨日から一人暮らし始めたんだ」
仲の良い同僚に話したら、いいなぁと羨ましがられたので「朝からバタバタだったよー」と
お昼は自作のお弁当。中身は知っているけれども開けるのが愉しみだった。黄色のたまご焼き、レトルトのミートボール、ほうれん草のおひたしにプチトマト。ごはんはふりかけをサンドしている。
定番にも思えるおかず達が誇らしかった。
周りの人はどんなお弁当を持ってきているのか気になり始めた。少しきょろきょろした結果、これからの季節、保温タイプのお弁当箱が欲しくなった。
水筒を持っている人がいる。節約にいいかも、と思った。
家事もメイクも頑張る私、きっとキラキラ女子になれる。希望が溢れていた。
〇〇〇
一人暮らしが二週間ほど過ぎた頃、私は疲れ始めていた。
朝に食べた食器が帰宅後も汚れたままシンクに放置されている。当然だ。いったん洗って、拭いてからじゃないと夜ごはんを食べられない。私は食器をもう一式買い揃えた。
毎日作っていたごはんは週に一、二回はテイクアウトか外食になった。
水筒を毎日洗うのが面倒になり、週の半分は自販機で飲み物を買っていた。
理想と現実がほど遠いことを実感していた。キラキラ女子になれなかったことをがっかりする気力もないほどに疲れていた。
気力だけではなく、体力も落ちていた。金曜日の夜、体がだるいので早めに就寝した。翌朝起きたら発熱していた。風邪だった。
スマホで近所の病院を調べてなんとか薬をもらってきた。
本来は今日、買い出しに行く予定だったけれどもそんな余裕はなく、コンビニでスポーツドリンクやレトルトのおかゆを買ってきた。
近くに住んでいる親戚の人が梨やりんごを持ってきてくれた。
果物と病院の薬のおかげだろうか、風邪は少しずつ良くなった。
調子が良くなるとお腹が空いた。節約ばかりに気を取られずに、栄養をたくさん
倒れて苦しい思いをするのはもう嫌だった。お肉を使ったメニューを探す。
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