赤い狐と緑の狸と黒い豚と蒼き狼と白き牝鹿

@snacam

赤い狐と緑の狸と黒い豚と蒼き狼と白き牝鹿

 昔々のことだ。

 ある時、空から青白い星が落ち、草原に長い冬が来た。

 草は枯れ、羊は凍え、馬は痩せ果てた。

 草原の民にとって家畜は財産であり、また力そのものだ。

 力を失った草原の民は、西国から来る鉄の車に蹂躙された。


 このままでは早晩、草原は侵略者に奪われ、草原の民は滅び、草原は忽ちメガソーラーに覆われることだろう。

 かつて分かれた5色の氏族は、生き残るため、今一度ひとつの国へと纏まった。

 氏族を率いた5人の長――赤い狐、緑の狸、黒い豚、蒼き狼、白き牝鹿。

 一際大きな分厚い天幕の中、長らは各々で暖房代わりの羊を抱えて集まっていた。


 赤氏の長、赤い狐は細い目を吊り上げて、他の4人をぐるりと見回す。

「やはり西伐しかあるまいコン」

 そう言って、手元の羊を撫でた。


 緑氏の長、緑の狸は腹を叩いて鼻で笑う。

「狐は現実が見えておらぬポコ。寒さに痩せた馬の脚で、あの戦車に勝てるものかポコ」

 そう言って、羊の毛に両手を埋めた。

「コンコーン! 戦車が怖くて騎馬民族ができるか!」

「怖いかどうかは知らぬ。現実を見ろと言うのだ、ポコポン!」


 言い合いをする2人を見て、黒氏の長、黒い豚はスパイスの香る息を吐き出す。

「ブヒブヒ。この草原の一大事に、くだらぬ戯れで時間を無にするでないブヒ」

「そうガオ。もっと建設的な話をするガオ」

 蒼き狼が鋭い目でそれに賛同すると、狐と狸は渋々互いの矛を納めた。


 とはいえ、それで簡単に建設的な意見とやらが出るものでもない。

 そう簡単に解決する話なら、元よりこんな苦労はしていないのだ。

 何とも言えない沈黙が続き、黒い豚も蒼き狼も、気まずくなってつい手元の羊に顔を埋めてしまう。


 黙り込んだ長達に、羊を抱き締めた白き牝鹿はこう提案した。

「キョーン! まずは私達に足りないものを挙げてゆくキョーン!」

 物事を改善する上でまず不足を並べることは、必ずしも成果に繋がる方法論とも言えないが、膠着を崩す1つの手ではある。

 まずは脳を回すことで思考を活性化させるのだ。


「根性」と狐は答えた。

「健康な馬」と狸は答えた。

「余裕」と豚は答えた。

「脳の栄養」と狼は答えた。


「つまり、食が足りないということだキョーン。温かく美味しい食事は根性を蘇らせ、人も馬も癒し、心の余裕を生み、脳に栄養を補給するキョーン!」

 牝鹿がそう纏めると、他の4人も確かにその通りだと納得する。


 かくして、草原の民は合同で資金を出し合い、東国からカタログを取り寄せ、大量の食料を発注した。

 輸送に容易く、熱湯を注げば5分や3分で温かい食事となる、全く新しい食料。

 その名をカップ麺という。


「新しい食料、楽しみだコン。やはり油揚げの赤は外せないコン」

「俺は天ぷら蕎麦の緑が良いポン」

「どっちも旨そうだったブヒー」

「だが、結局どれをどれだけ発注したのかは、仕入れ担当の牝鹿しか把握してないガオ」


 4人が集まって予想を戦わせている所へ、天幕の外からガラガラと台車を押す音が聞こえてきた。

「きっとカップ麺が届いたコン!」

「皆で搬入を手伝うポン!」

「新しい食料は、赤か緑か……」

 ぞろぞろと天幕から出てきた4人に、段ボール箱の積まれた台車を押してきた牝鹿が自慢げに告げた。


「白い力うどんだキョーン!」


 大型トラックから次々に荷下ろしされてゆく段ボール。

 それらは全て、力もちうどんの箱であった。


「えぇ……全部力うどんガオ?」

「カレーうどんに山菜、鴨出汁に芋煮、ごぼ天……種類は色々あったはずだブヒ」

「色々あると分配が面倒くさいキョーン! 全部力うどんの方がわかりやすいキョーン!」

 各々不満はあったものの、届いてしまったものは仕方がない。

 それに、実は力もちうどんには、ある特別な点があったのだ。


「普通のうどんや蕎麦だと、消化が早い分だけ腹の空くのも早いコン」

「その点、餅が入っているから腹持ちが良いポン」

「何度も噛むから満腹中枢も刺激されるブヒ」

「餅を食うと力も湧いてくるガオ!」

 やはり力もちうどんを選んだのは正解だった、と草原の民達は白き牝鹿の采配を讃えた。

 実際には牝鹿の誤発注で白一色になってしまったのだが、皆が納得しているから別にいいだろう、と牝鹿は黙っておくことにした。


 そうして草原の民は、力もちうどんで大いに力をつけた。

 馬や羊も健康を取り戻し、彼らはこの苦境を見事に乗り切ったのだ。

 これが、赤い狐と緑の狸と黒い豚と蒼き狼と白き牝鹿の物語の顛末である。


 どっとはらい。

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