第35話 俺達パーティの冒険はこれからだ(2)


「ああ……」


 そういえば、そういう話もしていたな。

 パーティ名がないと色々不便だからあった方がいい。

 俺が決めてやらないといけないって思っていたけど、ゴタゴタがあって結局うやむやになっていた。


「『ムーンライト』っていうのはどうでしょう?」

「ムーンライトって、月の光? なんか、あんまり冒険者って感じの名前じゃないな」


 以前の案よりは大分マシになっているけど、もう少し強そうな名前の方が一般的だ。

 武器の名前とか、モンスターの名前とか、有名人の名前とかから取るのがいいと思っていたけど、全く別の角度の答えを貰った。


 別案は思いつかないが、素直に賛成もできない名前だ。

 パーティ名は自分達だけじゃなくて、他の冒険者にも知られる大切な看板のようなものだ。

 パーティ名だけで、活動の幅が狭まることだってあるかもしれない。


「月の光って、日中は届かないし、月そのものも目立たないじゃないですか。でも、さっき外に出ていた時思ったんです。ああ、月の光って夜になると綺麗だなって」


 シャンデの視線につられて扉を見る。

 そこからは外は見えないけど、今日の月を思い返した。


 確かに綺麗だったな。

 満月ではなかったけど、あれはあれで味があった。


「日中は太陽の光が大きすぎて、月なんていらないとも言い換えられますよね? でも、時間や場所が変われば、月は輝ける。そういうのって、追放された私達にピッタリの名前なんじゃないかって」

「そうですね……。いいと思います。シャンデ様……」


 話を聞いている内に、段々いいかも知れないと思ってきた。

 月の光か。

 確かに昼間じゃなくて夜にだけ光ってみる、なくてはならない存在。

 ある時は、誰にも気づかれないでいるけど、ある時は輝ける。

 そう思えると、月の光もいいネーミングセンスだと思える。


 追放された俺達が居場所を見つけたことを思わせる名前で、凄くいいな。

 噛めば噛むほど味が出る食べ物みたいだ。

 いい名前のような気がしてきた。


「ん?」


 今、なんか違和感が。

 追放された私達?

 俺、じゃなくて?


「どうされましたか? もしかして、パーティ名が気にいらなかったですか? いいですよ。他の案があればどうぞ」

「いや、あの、別にいい、というか、意味を聞けば凄くいいし、しっくりくると思う。だけどさ――今の言葉って、まるで俺だけじゃなくて、二人とも追放されたって聞こえたけど?」


 否定して欲しくて、チラッと様子を伺う。


「そうですけど、言ってませんでした?」


 けど、何の躊躇いもなくシャンデは返答する。


「言ってませんねぇ!!」


 全力でツッコミを入れる。

 が、どういうことだ?

 いきなり新事実をブッこまれて頭が混乱してきた。

 まず整理したい。

 どこか親近感が湧いていたけど、二人は本当に同じ境遇だったのか?


「え? どういうこと? 元々二人は冒険者ってこと?」

「いいえ。私、シャンデリア=ストックはストック王国の王女です。そして、」

「私は王女の護衛であるリュミエール……です。これって、言って良かったのでしょうか?」

「いいじゃない。私達、もう仲間なんですし」


 口に含んでいた地竜の骨が、ボトリと落ちる。

 脂が口の端についてしまったが、拭き取る余裕がない。


「え? 何でそんな嘘を……」


 王女?

 ということは、国のお偉いさん。

 ……駄目だ。

 あまりにも荒唐無稽過ぎて全然想像力が働かない。


 ジッ、と二人を見るが、黙っている。

 その顔はふざけている訳でも、酔っているようにも見えない。

 本気だ。

 嘘をついているようには見えないし、二人は嘘を平気でつくような人間じゃない。

 邂逅して短い時間しか経っていないが、それは分かる。


「本当なんでございましょうか?」

「本当でございますよ」


 そもそも嘘を吐く理由がない。

 ちょっと調べれば、すぐにバレるような嘘だ。

 そんなことを二人が口裏合わせてつく理由なんてないのだ。


 元冒険者じゃなくて、王女様が本当だと仮定する。

 だとしたら、なんで追放なんてされるんだろうか。

 そもそも王女を追放なんてできる奴がいるか?


「えっとお……。何で違う国の王女様が、こんな所で冒険者をやっているんですか?」

「追放されたんです。お父様に」

「えぇ……」


 か、かるぅ。

 衝撃的事実をなんて事のないように言っている。

 ま、まあ。

 父上で王様なら、王女だろうと、娘を追放するぐらいできるか。


「ちなみに、どうして追放されたか訊いていいですかね?」

「訊いてもいいですけど、敬語はいらないですよ」

「いや、でも、ちょっと王族の方に敬語を使わないのは……」

「いらないです」

「あっ、はい、分かりました――じゃなくて、分かった……」


 敬語で話してくるから、こっちも敬語になるんだよな。


 それにしても、王女様か。

 そう言われると、気品がある所作とか、外国の紙幣とか、色々と符合が一致する。


 アリアと面識がありそうだったのは、もしかして社交場がどこかで会ったのだろうか。

 貴族や王族は社交場や誰かの誕生日などで行われるパーティ会場で、踊りを踊っているイメージなんだけど。


「実は私、許嫁がいるんです」

「はあ!?」

「正確には、いた、ですね、王女様」

「そうですね」


 ビックリした。

 心臓破裂するかと思った。


 でも、許嫁か。

 金持ちとか権力者になってくると、許嫁がいてもおかしくない。

 というか、普通か。

 王様クラスになると妾がいても、何の不思議もないもんな。


 シャンデに婚約者がいたのは、ちょっとショックだ。

 ……なんでだろう。

 先を越されたのが悔しかったからかな?

 男女の関係って、全然ないからな、俺は。


「その許嫁は別の国の王子なのです。つまり、政略結婚ってやつですね」

「な、なるほど……」


 さらり、と言っているけど、深堀りしづらい話題だ。

 思ったよりも重い話だったみたいだ。

 それとも、政略結婚なんて、シャンデにとってはなんてことないことなんだろうか。


「許嫁と結婚するのが嫌でずっと断っていたのですが、とうとうお父様に追放を言い渡されたんです。それで、私は追放されたという訳です」

「ああ……」


 嫌、だったのか。

 むしろ、嫌すぎて追放されたのか。


「国王様も引くに引けないといった様子でしたけどね。本気で追放する気はなかったと思いますが、王女様はお忍びで逃げたようなものです」


 リュミの言う通りならば、俺が最初に思い描いていた想像とは全然違ってくるな。

 俺とは状況が微妙に違う。

 追放された俺とは違って、シャンデは自ら追放されることを望んでいる。


 で、口ぶりから察するにシャンデを溺愛しているっぽい王様がいて、自分の娘がどこかへ行ってしまった、と。


 これって、結構マズイ状況なのでは?

 まさか、王様が事態を放置する訳がない。


「……それって、連れ戻すための追手が来るんじゃないのかな?」

「そうかも知れないですね。私達も目立ちたくなかったので、冒険者になるのはどうかと思ったのですが、レイリーさんに誘われたので、こうして冒険者になれることができました。楽しいですね。こうして、誰かと自由に外の世界を冒険するという経験がこんなにワクワクすることだとは思いませんでした」


 呑気な台詞が飛んできたけど、俺はそうはいかない。

 ワクワクどころか、ハラハラするんだけど。


「いや、俺、殺されない!? 王女を誘拐されたとか誤解されないか!? 書置きとかは残したんだよね?」

「その可能性は考えませんでしたね……。残した? と、思います?」

「大丈夫だ。仮に追手がそんな勘違いをしていたら、私達が全力で否定する。それに、何かあっても、レイリー先輩だったら世界を相手にできるスキルを持っているから、その心配は杞憂だろ」

「国家と対峙する覚悟はないけど!?」


 今すぐ冒険者を止めて、国に戻った方がいいんだけど。

 結婚するのが嫌だとか、そんなこと言っている場合じゃない。

 もう少し話し合いをしてから、追放されてくれ。


「私達、仲間ですもんね。ないとは思いますよ。ないとは思いますが、もしも私達を連れ戻すために、お父様の兵や婚約者の兵がここに雪崩れ込んでも、きっと、命を懸けて助けてくれますもんね? レイリーさん、私達仲間ですもんね」


 だから、さっき妙な言い回しをしていたのか。

 まんまとはめられてしまった。

 だが、これ以上は深みにはまるつもりはない。


「……ノーコメントで」

「沈黙は肯定ということで、よろしいですね?」


 逃げ場を塞がれてしまう。

 流石王女様だ。

 社交場でもその巧みな話術で、貴族達と渡り合ってきたのだろう。

 交渉術は俺をはるかに超えている。


 追放された俺達『ムーンライト』パーティの冒険は、どうやら始まったばかりのようだ。


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口下手な魔術師は、自己アピールが足りないせいでパーティをクビになりました 魔桜 @maou

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