27.心のままに、決意


「どんな男、とは?」


 カカルモが尋ねると、ライナは視線を彷徨わせた。


「その……下の世界の人間は皆、この男のように我らを気にかけてくれるものなのか、と。我らは他の人間を知らないから、こいつが特別なのか、そうでないのかわからない。それが……不安で」

「ほっほっほ。人間に興味を持つのは良い傾向ですな」


 カカルモは朗らかに笑った。


「私も知人から聞き及んだ程度、今日初めて直にお会いしたのじゃが……そうですな。彼のような青年は珍しい」

「そう、なのか?」

「ええ、本当に希有なお人でしょう。『龍に匹敵する実力を持った世話焼き』といったところですかな。少なくとも、この方はあなたがたを嫌ったり憎んだりしているわけではありますまい。そんな男と出逢えたあなたがたは、とても運が良い。この先もきっと大丈夫ですじゃ」


 カカルモの言葉に、ライナとスチサは顔を見合わせた。安堵したような照れたような、そんな笑みを交わす。


「クラーロ殿のことがずいぶん気に入ったようですなあ」

「いや、気に入ったというか」


 ハッと我に返ったライナが手を振る。


「我らにとって都合が良かったというか、色々と借りがあるというか……そ、そうだ。聞いてくれ翁よ、こやつはことあるごとに我らを叱る。翁も聞いたらびっくりするぞ。滅茶苦茶ひどいことを言うのだ」


 ライナの言い訳じみた照れ隠しに、カカルモの笑声が大きくなった。

 そんな中、スチサは静かに告げた。


「私は……クラーロ先生が好きです。子を作りたいと思うくらい」


 フラッカが耳と尻尾をぴょんと立てる。なにか信じられないモノに遭遇したような目で、召喚獣はスチサを見た。

 カカルモが言う。


「なるほど。『好き』ですか」

「この言葉は母に教わりました。心から大切な人間に向ける言葉だと」

「確かに。こと龍にとって、相手の人間が『好き』かどうかは大事なことですじゃ。人との絆こそ、我ら龍が子孫を繋ぐために必要なものですからな」


 スチサがうなずく。フラッカは微妙な表情でその場に伏せた。

 カカルモが髭を撫でる。


「まあ、人の社会ではもう少し意味合いが異なりますが」

「……?」

「いえ、こちらのことです。スチサ殿は、いつかクラーロ殿の『血』で子をなしたいと考えているのですな」


 そう言われて、初めてスチサが少し顔を赤らめる。

 カカルモは茶を一口すすった。


「……『この人間の血が欲しい』。そう感じるのは龍が人に対して持つ最も基本的な愛情表現です。ですが、人間と本当の絆を結んだときは、龍はもっと人に近い感情を抱くと言われております」

「人に近い感情?」

「ええ。『愛』――と呼ばれておりますな」


 愛、とスチサがはんすうする。彼女は顔を上げた。


「このひとのためなら、私、なんでもしてあげたいと思います。ずっと、側で教えて欲しい……いつか、目覚めているときもこんな風に近くにいられるようにしたい……です」


 言いながらだんだんと照れてきて、小声になっていく。

 カカルモは何度もうなずいた。


 老龍人は茶を淹れ直した。琥珀色で満たされたカップを少女たちに差し出す。

 龍人少女たちの頬の赤みが茶を飲んで落ち着いた頃を見計らい、カカルモは尋ねた。


「お二人とも、これからどうなさるおつもりですかな?」


 龍人少女たちの手が同時に止まった。


「クラーロ殿と出逢い、あなたたちは良い方向に変わりつつある。そろそろ、自分たちの意思で決めても良い頃なのではないですかな。自分たちがなにをしたいか。自らの心に問いかけてみなされ」


 静かな瞳がライナとスチサを射貫いた。

 沈黙。

 クラーロの微かな寝息だけが規則正しく聞こえてくる。


「我は」「私は」


 ふたりの声が重なった。

 考えていることはまったく同じなのだろう。お互いに視線を合わせ、大きくうなずく龍人少女たち。


「何でも屋にはまだまだ教えてもらいたいことがある」

「もっと、クラーロ先生から学びたい」


 一拍。

 少し唇を震わせながらも、彼女らは声を揃えて言った。


「そして……この集落から独立したい。人の社会に出たい」


 それは、ライナとスチサの二人が将来のことを強く意識し始めた瞬間だった。


「カカルモ様」


 スチサが意を決して口を開く。

 自分たちが聞きたかったことを、自分たちから。

 目上の龍に、正面からぶつける。


「人間社会に詳しく、先生とも繋がりがあるカカルモ様にお尋ねします。私たちは今後、クラーロ先生とどのように接していけばよいでしょうか。あの方の生徒として、相応しい振る舞いとはなんなのでしょうか」


 龍人少女たちの真摯な目に、カカルモは自らの白い髭を撫でた。


「彼は人間社会で『教師』と呼ばれる仕事についています。あなたたちに欠けているものを教え、あなたたちにとってより良い未来へ導く役割のこと。クラーロ殿に教えてもらいなされ。その心のままに。彼もまた、ここに来るまでは不幸にも教師としての役割を果たせないでいたそうですじゃ。あなたがたの『学びたい』という心は、きっとクラーロ殿も救うことでしょう」


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龍の教師 ~『龍に近づくと眠くなる』不幸体質で学園から追放された俺、積み上げた本来の実力で龍人少女たちを導いて最強の教師となる「おい、いい加減ひとり立ちしてくれ。いつまで付きまとう気だ」~ 和成ソウイチ@書籍発売中 @wanari

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