爆弾少女 ~Beyond the Dead End~

埴輪

爆弾少女

 夕暮れの公園。それはそれは、とてもロマンチックな光景だった。


「ラ、ライム!」


 アル君の顔が真っ赤だったのは、夕陽のせい? ううん。きっと。私だって。

 ズキンズキンと、胸が痛いぐらいに高鳴っている。そして──

 

 ドッカーン! 大爆発。かくして、世界は滅亡したのでした。

 

 ──はっと目を覚ます。手を伸ばすと、濡れた頬がそこにあった。

 私はベッドから下りて、手でサインを送る。ベッドが壁に収納されると、そこは一面の空となった。眼下に広がる、白い雲海の絨毯。それ以外は、どこまでも蒼い空。

 最初は恐かったけれど、一週間もすれば平気、へっちゃら。むしろ、周囲十キロメートルに誰もいない空の上でぽつねんとたたずむのは、爆弾少女にお似合いだ。

 ピピピ。通話を求める合図。もうそんな時間かと、受信を許可する。空に窓が開き、トーマスさんが映し出された。その端整な顔立ちが、ぎょっと歪む。

 私は目をぱちくりし、自分の姿を……あー! あれもない姿とは、まさにこのこと。自慢の黒髪もぼさぼさで……「ちょっ、ちょっと待っててください!」


 ──ややあって。


「ライムちゃん、今日も元気そうだね」

「はい! 元気満点です!」


 私は敬礼してみせる。その後は、お決まりの質問の数々。痛くないか、痒くないか、不安はないか、よく眠れるか……などなど。それでも私には、お話ができる唯一の機会なので、大いに楽しみだった。だけど、楽しい時間はあっという間に過ぎていくのが、世の常である。


「あとは、何かあるかな?」

「あの、私の使い道って、決まりましたか?」

「……いや、まだだよ」

「私としては、この星を脅かす隕石を破壊するとか、そういう感じのがいいと思うんですが、どうでしょうか? それが駄目なら、鉱山でダイナマイト代わりに──」

「ライムちゃん、無理しなくていいんだよ」


 ──一週間前。私は後天性爆弾病に罹患りかんした。十年前の戦争が遺した負の遺産。戦争末期、資源不足の中で人間を兵器にする微少機械ウィルスが開発され、ばら撒かれたそうだ。その後、抗体ワクチンも散布されたのだけれど、今でも年に数百人ほど罹患する人がおり、私もその一人である。

 ただ、私は少しだけ特別だった。火力の因子が相当、強いらしいのだ。通常の人間爆弾はせいぜい周囲5メートルほどを吹き飛ばすぐらいの威力だけれど、私はそれが少なく見積もっても1キロ、その上限は未知数だという。だから、私はここに隔離されているのだ。


「私、無理なんてしてませんよ? 爆弾病は誰でも罹患するリスクはありますし、ここの生活も悪くないですからね! ご飯はおいしいですし、眺めも最高ですから!」

「どうして、君はそんなに強いんだい?」


 トーマスさんは困ったような、戸惑ったような、不思議な表情を見せた。何だかそれは、初めて見る、トーマスさんの本当の顔という気がして、私は少し、ドキっとした。


「……強くなんかないですよ。たぶん、バカなんだと思います!」


 私はにへらっと笑った。すると、トーマスさんも笑ってくれた。……いつもの顔で。


※※※


 警備も何もないのは、オーナーの根回しが効いているのか、アトラスも持て余しているのか、多分、その両方だろう……僕はそんなことを考えながら、汎用人型駆動兵器アームズを、檻に取り憑かせた。壁も随分と薄い。これなら、拳の一撃でいけるだろう。

 ズドン。……警報もなし。張り合いも何もあったもんじゃないと、壁をこじ開ける。悲鳴の一つでも聞こえるかと思ったが、静かなものだ。まだ寝ているのなら、中々の大物だろう。

 風が吹き込む。マヤがハッチを開けたのだ。……楽しみにしていたからなぁ。それで終わりを迎えることになっても、まぁ、悪くないかなと、僕もハーネスを外した。


※※※

 

 不思議な感覚。まるで、体中がまさぐられているかのような……手を伸ばすと、何か柔らかいものが手に当たった。目を開けると、闇の中に二つの光が浮かんでいる。


「ら、らいとー!」


 私が叫ぶと、部屋が明るくなった。女の子だった。猫耳と、尻尾を生やした女の子が、私に覆い被さり、私の手や、足や、あんなところ、そんなところを、触りまくっていたのだ。


「な、何、なんなの!」

「爆弾」

「へ?」

「スイッチどこ?」


 フーフーと呼吸も荒く、女の子は私の体をまた触り始める。


「ちょ、や……ん、もう、なんなのよー!」

「落ち着けって」


 ひょいと言う感じて、女の子の体を持ち上げたのは、眼鏡をかけた、毛むくじゃらの──


「お、おおおお、おおかかみおとこ!」

「僕は犬なんだけど……」

「わ、私は、食べもおいしくないですよ!」

「安心して。僕たちは、君を助けに来たんだよ」

「……助け?」

「うん」

「食べない?」

「うん」

「……本当に?」

「僕は嘘はつかないよ」

「嘘をつかないっていう人を、信用しちゃ駄目だって、お母さんが」

「……それは、良いお母さんをお持ちだ」

「うう、お母さん、お母さん、あ~ん!」


 急に泣けてきた。爆弾になって、閉じ込められて、猫娘にはセクハラされて、狼男が助けに来て、もう、訳がわからないわよっ!


「そりゃそうだよね」


 全部口に出ていたようだが、構わなかった。何もかもが嫌になって、もう、爆発するなら、今すぐ爆発すればいいんだ!

 ペロ。頬を舐められる。猫娘だ。その金色の瞳を見ていると、不思議と気持ち落ち着いてきた。「あ、ありがと」と、布団で顔を拭う。


「じゃあ、行こうか。長居は禁物だ」

「……どこに行くんですか? お家に帰してくれるんですか?」

「ごめん、それはできない」

「私が、爆弾だから?」


 狼……もとい、犬男は、耳をぺたんと寝かせている。


「じゃあ、行きません」

「……参ったな。でも、君の意向が最優先だから」

「あなたたちは、その、何なんですか?」


 犬男は「そうだな」と、長い顎下に拳を当てる。


「今言えることは、僕たちもかつては人間だった……ってことかな」


 人間だった。ということは、今はもう……私と、同じだ。


「……私も、行きます」


 すると、猫娘が飛びついてきたので、私は「よしよし」と、その頭を撫でてやった。


「歓迎するよ。僕はロイド。その子はマヤ。よろしくね、ライムちゃん」


 犬男……ロイドさんの差し出した右手は毛深く、温かかった。


※※※


 眩しい日差し。目を覚ます。温かい。膝の上に、猫娘……マヤちゃんがまがたり、私にしっかりと抱きついている。すやすやと、寝息を立てて。


「すっかり懐かれてしまったね」


 前の座席から、ロイドさんの声が聞こえた。このアームズとかいうロボットを操っている。私たちは後部座席に座っていたのだけれど、いつの間にか、眠ってしまったらしい。


「火薬の匂いが落ち着くのかも知れない」

「わ、私、そんな匂いしてます?」

「僕は鼻が利くからね。匂うといっても、人間とはまた違う感じだけど。それに、嫌な匂いじゃない。温かくて、柔らかい……強いて言えば、そうだね、太陽に近いかな」


 太陽……お日様の匂いと考えれば、そう悪くないかもしれない。それにしても……


「どこに向かっているんですか?」

「死者の町さ」

「え?」

「そら、見えてきたよ」


 雲海を抜けると、そこには多くの飛空艇、そして浮島が集まっていた。その浮島の一つ一つも、私の故郷の浮島より、随分と小さくて、スポンジケーキの切れっ端のようだ。


「これが、町?」

「ああ。戦争でいなくなったはず、もう存在しないはずの人々が暮らす町だよ」

「だから、死者の町?」

「そう。あくまで自称で、世界統一機構……アトラスは認めてないし、一人でも多くの人を生き返らせようと頑張っているんだ」

「……冗談ですよね?」

「ちょっと複雑でね」


 死者の町か。遠目で見るその町は、そんなおどろおどろしい場所には見えず、ただ、逆光が後光のように煌めいていて、天国には見えないこともなかった。

 ピピッと音が鳴り、「オーナーだ」と、ロイドさん。空に窓が開き、金髪の女性の姿が映し出される。とんでもない美人だった。長い足を優雅に組み、椅子に……あれ、これ、椅子?


『ようこそ、死者の町へ! あなたがライムちゃんね』


 女神のような微笑み。それだけに、腰掛けているものが気になった。とっても。


『私はジェシカ。みんなオーナーって呼ぶわ。よろしくね!』

「あの、オーナーさん……」

『なあに?』

「……あ、その、どうして私を?」

『依頼があったの。依頼者とも会ってもらうけれど、まずは病院で検査を受けてもらいます。それからのことは、それからね。安心して、悪いようにはしないわ』

「……ありがとう、ございます」

『ロイド君、後はよろしくね!』

「はい、オーナー」


 通信が終了し、窓が閉じる。私はほうと溜息をつき、おすおずと切り出す。


「……ロイドさん、一つ質問していいですか?」

「なんだい?」

「あの、椅子になっていた方は、どなたですか?」

 そう、オーナーさんが座っていたのは、執事服を着た、四つん這いの男性だった。

「ああ、気付いちゃった?」

「はい、気付いちゃいました」

「あれは、まぁ……オーナーの使い魔だよ」

 使い魔? 確かに、頭には角、ズボンからは尻尾のようなものも見えていたけれど。

「……冗談ですよね?」 

「ちょっと複雑でね」


 ロイドさんの声に疲れを感じたので、私はそれ以上、追求することを控えた。


※※※


「うん、完璧に爆弾病だね! これ規則だから、額に貼らせてもらうね! お大事に!」


 ……扇風機みたいなデザイン。額を気にしながら病院を出ると、マヤちゃんが駆け寄ってきた。私の額に手を伸ばすので、屈んでやる。マヤちゃんは何度も私の額を撫でた。


「もう、そんなに擦ったら、燃えちゃうよ?」


 マヤちゃんの手の動きが加速する。さすがに熱いので立ち上がり、飛び跳ねるマヤちゃんを抱きしめてやると、やっと大人しくなった。


「お疲れ様」


 ロイドさんは私の額を見ても、頷くだけだった。大人の対応。


「あの、この後は……」

「依頼者に会って貰うけど、待ち合わせは15時でね」


 時計台の針は、13時を回ったばかりだった。


「まだ時間がありますね」

「うん。それまでは自由時間だよ」


 ロイドさんは私に財布を差し出した。ずっしりと重い。


「オーナーからだ。好きに使って貰って構わない」

「でも……」

「いいから」

「……ありがとうございます」

「15時に時計台の前にいれば、迎えが来るはずだよ。マヤ、行こう」


 マヤちゃん首を横に振り、私の足にしがみついた。キュンと、愛しくなってしまう。


「あの、私だったら──」

「プレミアム猫缶買ってやるから」


 マヤちゃんが私から離れる。……ちょっと、切ない。


「ライム、またね」


 手を振るマヤちゃんに、私も手を振り返す。二人の姿が見えなくなると、私はうんと伸びをした。さて、どうしようかな?


※※※

 

 一人で町を散策するのは、思っていた以上に楽しい時間だった。財布には手を出すまいと思っていたけれど、ジェラートのお店を見つけてしまっては、抗うことはできなかった。

 死者の町と聞いていたけれど、生き生きとした、素敵な町だと私は思った。行き交う人々の表情も明るく、陽気で、時計台前のベンチに座り、それらを眺めているだけでも楽しかった。

 ──ふと、一人の女性に目が留まった。額に私と同じマーク。いけないと思いながらも、目で追ってしまう。女性の隣には一緒に歩く男性がいた。きっと、恋人同士なのだろう。

 アル君のことを思い出す。最後に見た、恥ずかしそうな……ううん、あの顔は──

 轟音が響き渡った。目で追っていた女性が爆発したと理解できるまで、時間がかかった。私は目を見開いたまま、黒煙の上がるその場所を凝視していた。

 パチパチパチ。拍手が起こった。口笛に歓声、それは、異様な光景だった。祝っている。人が爆発し、恐らく、いや、確実に、その命が奪われたというのに。

 カタカタと鳴っていると思ったら、私の歯だった。あんなにも、突然くるもなのか。私は飛びっ切り強力な爆弾だという。そんな私が、今、爆発したら──


「君、大丈夫?」


 顔を上げると、メイド服を来た女の子が私を見下ろしていた。


「は、離れて下さい、わ、私は──」

「爆弾病だよね」

「いま、そこで──」

「爆発したね」

「どうして、あんな、嬉しそうに──」

「終わりが来たからね。はい」


 差し出されたハンカチを震えながら受け取り、私は涙を拭う。


「落ち着いたら行こう」

「……どこへ?」


 女の子は時計台を指さした。15時。


「ボクはユーコ。よろしく」


※※※


「この町の人、おかしいでしょう?」


 私は否定することはできなかった。クリステルさんは口元を抑えて笑った。

 クリステルさんはユーコさんのご主人様で、私を助けるようにとオーナーさんに依頼したのが、クリステルさんだった。大きなお屋敷に案内された時はどうなることかと思ったけれど、クリステルさんは優しい女性で、一安心。ただ、ご病気のため、寝室での面会となった。


「この町の人は一度死んでいるんです。もっとも、本物の死ではありませんが」

「死者の町」

「そう。十年前の戦争で、世界は終わるはずでした。それを、一人の英雄が覆したのです。彼女の遺した言葉が、この町の礎となりました」

「……どんな言葉だったんですか?」

「あなたたちは死にました。だから、本当の終わりがくるまで、自由に生きて下さい」

「自由」

「この町の人は、なかったはずの生を生きている。だから、後はどう終わるか、それが最大の関心事なのです。それは、私も同じこと」


 クリステルさんは両足をベッドから下ろし、立ち上がった。枕の下に手を入れる。再び現れたその手には、大きなナイフが握られていた。


「命を終える時、華々しく散る……私は、あなたが羨ましい」


 クリステルさんはナイフの柄を両手で持ち、腰にためた。私は椅子から立ち上がった。両手を広げ、頷く。クリステルさんが私に迫る。ナイフが深々と、私のお腹に突き刺さった。


「……どうして、避けなかったの?」


 ナイフは刺すと刃が引っ込む、玩具だった。クリステルさんは激しく咳き込む。


「クリステルさん!」

「お嬢様!」


 扉を開けて、ユーコさんが駆け込んでくる。


※※※


 ユーコさんが用意した薬が効いて、クリステルさんはベッドで眠りについた。その寝顔を見守りながら、ユーコさんは昔話をしてくれた。

 戦争の末期、この星はもう駄目だと、脱出する計画があった。しかし、移民船に乗り込める人は、ごく限られた、お金持ちだけ。クリステルさんは、その移民船に乗り込むはずだった。

 しかし、直前になってクリステルさんの病が判明した。どうせ長く生きられないのなら、この星と運命を共にしようというのが、クリステルさんの家族が下した決断だった。


「半年も生きられないと言われてたのにね。それから、いつ死ぬのかが見えない日々を十年……もう希望を持っていいかなというところで、これだもの」

「ユーコさんは、知っていたの?」

「うん。生まれた時から、お嬢様はお嬢様だから。その企みも、それが失敗することも」

「……私は、どうすればいいのかな」

「逃げて」

「え?」

「三時間後、この空域に宇宙で投棄された移民船が墜ちてくる。ボクがそう仕掛けたから。君を殺した方が確実なんだろうけど、君には死んで欲しくないと思ってさ。君だって、好きで爆弾になった訳じゃないものね」


 ──警報が鳴り響く。それはアトラスによるもので、移民船がこの町に墜落すること。回避することはできないこと。そして、今すぐこの空域を離脱するようにと、避難を訴えていた。


「逃げたい人は間に合うはずだよ。だから、これで良かったんだよ、これで」


 私は一人、屋敷を出た。さよならは、言わなかった。


※※※


 警報が鳴り響く死者の町。そこでは、常人の目を疑うような光景が繰り広げられていた。


「ついに来やがったな、終わりの時が!」


 警報に負けじと、大音量で賑やかな音楽が鳴り響き、大量の風船やリースで町中が彩られ、急ピッチでパーティ……いや、祭の準備が進められていた。屋外にテーブルが並べられ、次から次へと料理が並べられていく。横断幕には「祝! 世界滅亡!」と大きく記載されている。


「急に来るんだから、もうちょっと前に言って欲しかったねぇ」

「いや、いつ来るか分からないのがオツってもんさ」

「こうやって迎える準備ができるだけ、幸せだと思った方がいいだろう?」

「違いねぇ」


 老人達は陽気に酒を酌み交わす。とっておきの酒を、ここぞとばかりに大放出している。


「な、何をやってるんだ! 早く避難するんだ!」


 アトラスの軍人が声を張り上げても、それに従う人の姿はなかった。


「兄ちゃん、中央区は筋金入りが多いからよ、誘導するなら、外周の方がいいぜ?」

「十年振りの移動だってんで、ろくに動けない飛空艇、空島も多いだろうからなぁ」


 その言葉通り、空ではぎこちなく移動している飛空艇、空島の姿がちらほら見えた。だが、アトラスの軍人は首を横に振り、声を張り上げる。


「私の任務はここにいる人達の誘導だ! 最後の一人が移動するまで、逃げることはない!」

「偉い! その心意気は褒めてやろう! じゃあ、一緒に逝こうじゃないか! 飲め飲め!」


 悲痛な警報と華やかな音楽。相反する二つの音色が高らかに、夕暮れの空に響き渡る。


※※※


「全く、度し難いな」


 私が振り返ると、そこには見覚えのある男性が立っていた。執事服。角と尻尾。


「椅子の使い魔さん!」

「誰が椅子の使い魔だ!」

「ご、ごめんなさい! 私、あなたの名前知らなくて……」

「ディーだ。覚えておけ」

「……なんか、凄いですよね、これ」


 私は眼下のお祭り騒ぎを見渡した。飲み、歌い、笑い、踊る。それは、異様を通り越して感動すら覚える、摩訶不思議な光景だった。


「本当に、終わりの時を待っていたんですね」

「そんなはずねぇよ」

「そう、なんですか?」

「気付いちまっただけさ。人間はいつか死ぬ。いつでも死ぬ。その、当たり前なことにな」

「……本当に、当たり前のことですね」

「だが、それを理解している奴は少ない。自分だけは違う、どこかそう思っているもんさ。そうじゃねぇと、生きていけねぇだろうしな」

「ディーさんは、どうしてここに?」

「マスターの命令でな。お前の望みを叶えてやれってさ」

「私の望み?」

「俺が知る訳ねぇだろ? ねぇなら帰るぞ」

「椅子になるために?」

「そうそう……って、何を言わせるんだ。てめぇ!」


 ディーさんは凄んでせるが、椅子の姿がちらついて……第一印象の重要さを実感する。


「じゃあ──」

「移民船をどうにかってのは無理だぞ?」

「えー……」

「文句言うな! 何にだってな、限度があるんだよ!」

「それなら、願いは一つです!」

「……いいんだな、それで」

「はい!」

「……全く、人間は度し難いな」


 ディーさんが、パチンと指を鳴らした。


※※※


 そこは一面の草原だった。暖かな日差し。爽やかな風も吹いている。


「ここって、本当に移民船の中なんですか?」

「移民と言っても、あてはないからな。必要だったんだろ」


 それなのに……本当に、終わるはずだったのだ。この世界は。


「他に望みは?」

「私を殺して貰えませんか?」

「よしきた! ……な~んて、言うと思ったか、この馬鹿! 悪魔をなめんじゃねぇ!」

「ご、ごめんなさい!」


 悪魔だからこそ、いけると思ったんだけれど……ディーさんはこほんと咳払い。


「……薬ならできる。痛みもなく、眠るようにいけるやつだ」


 ディーさんが指を鳴らすと、空中にさかずきが現れた。果実の甘い香り。


「ありがとうございます! ディーさんって、優しいんですね!」


 ディーさんは苦虫を噛み潰したような顔をして、指を鳴らした。その姿は消えてなくなり、残ったのは手の中の杯のみ。

 杯を口に近づける……と、杯が飛ばされた。マヤちゃんだ。 


「ど、どうしてここに!?」

『マヤはどこにでもいるんだ。望み、望まれる場所にね』


 ロイドさんの声が響き渡る。


『さすがにこの大質量、アームズ一機でどうにかできるもんじゃないか』

「何を……」

『少しでも軌道をずらせれば、被害が抑えられるかなって』

「町を守ろうって言うんですか? でも、あの人達は、終わりを望んでいて──」

『それでも、さ。君だってそうなんだろ?』

「でも、ロイドさんじゃ、無理じゃないですか!」

『痛いところを突かれたけれど、こればっかりは、譲れないんだよね』

「どうして……」

「ライムを死なせたくないから」


 そう言ったのは、マヤちゃんだった。私は思わず吹き出してしまった。


「私をいの一番で爆発させようとしてたの、マヤちゃんじゃないの!」

「爆発はみたい。でも、ライムが死ぬのは嫌」

『滅茶苦茶な話に聞こえるかもしれないけれど、それが正直な思いだと思うよ」


 ……本当に滅茶苦茶だった。終わりを求める人。終わらせたい人。それでも、救おうとする人。ただ、その根底にあるのは、生きたい、生きて欲しい、ただ、それだけ。


「……ディーさん!」

「これが最後だぞ!」


 ディーさんが現れ、マヤちゃんを抱きかかえると、瞬時にその姿が消えた。


『わっ! いきなり入ってくるなって!』

『うっせぇ、犬っころ! 爆弾女! やり方は分かるな!』

「はい!」


 ……それから、一切声は聞こえなくなった。そう、分かっていた。体の奥底から、熱い力が込み上げてくるから。


 爆弾病の兆候。朱色の瞳。それはきっと、夕陽に照らされてもなお、見紛うことは無かったのだろう。あの時、アル君の恐怖に歪んだ顔を見たあの時、私はもう終わっていたのだ。


※※※


「……ごめんなさい。我が儘言って」


 クリステルを抱き上げ、屋敷の屋上に辿り着いた時、さすがにユーコは息切れしていた。


「はあ、何でも、はあ、仰って下さい」


 ユーコは空を見上げる。夕焼け空に見える黒点。あれが移民船だろう。


「逃げてと言っても、無駄?」

「それが、本当の望みなら」

「……意地悪ね」


 ドカン。空が燃えた。夕焼けよりもなお赤く、全てを吹き飛ばす巨大な花火。


「お嬢様、見ましたか?」

「……生きて」


※※※


 がばっと身を起こすと、オーナーさんの姿が目に入った。


「気付いたのね!」


 オーナーさんの笑顔がみるみる滲み、熱い物が頬を伝い、流れ落ちていく。


「私、駄目だったんですね……オーナーさんまで巻き込んで……」


 そりゃそうだ。いくら込み上げてきたからって、そう都合良く、自爆なんてできるはずがないのだ。ちゃんと、ディーさんに新しいお薬を用意して貰うべきだった。馬鹿! 私の馬鹿っ!


「何言ってるの。ライムちゃんがこの町を救ったのよ? あのクラスの移民船を跡形もなく吹き飛ばせるんだから、この町で爆発してたら、本当に終わりがきてたわね!」

「え? でも、そんな、じゃあ、なんで私は?」

「完成したのよ」

「完成?」

「爆弾病はね、人工的に超能力者を生み出すための実験だったのよ。でも、その力に耐えられるものはいなくてね。結局、人間を爆弾代わりに使うことしかできなかった。でも、あなたは完成品となった」

「どうして、私が?」

「奇蹟の一言で片付けてもいいけど、私はあなたの力だと信じたいわね」

「そんな、私、ろくなことを考えてなかったのに……」


 ……そういえば、私は何を考えていたんだろう? もう、何も思い出せなかった。


「終わりよければ全て良し。とにかくご覧なさい。よく似合ってるわよ?」


 オーナーさんは私に手鏡を差し出した。額の扇風機マークは健在。いや、それよりも、何よりも、私の自慢の黒髪は、鮮やかなオレンジ色に変わっていた。


「な、なにこれーっ!」


 私の絶叫に応じるように、ロイドさんとマヤちゃんが部屋に入ってきた。マヤちゃんは私に向かって一直線。飛びつき、押し倒すと、全身をまさぐり始めた。


「ちょ、ちょっと、マヤちゃん!?」

「爆発して。もう、安心だから」

「いや、あぅ、もう、やめてー!」


 ドカン。マヤちゃんは盛大に吹き飛び、それを受け止めたロイドさんと一緒に、目を丸くしている。私からは、黒煙がもうもうと立ち上っている。


「えっと、これって……」

「どうやら、力の使い方を勉強する必要がありそうね」


 オーナーさんは、コホコホと咳き込みながら、窓を大きく開けた。


※※※


 真新しいお墓。ユーコさんは花を供えて、立ち上がった。


「ありがとう。お嬢様は最後に救われたんだと思う。君のおかげだよ」

「そんな、私は何も──」

「あんなに綺麗な花火だったのに? 自信を持っていいよ」


 ……そう言われても、私は何も覚えてないからなぁ。でも、私一人だけでは、あの花火は成功しなかった。だから、あれは奇蹟なんて綺麗な物じゃない、泥臭い、命だったのだと思う。


 ユーコさんは「それにしても」と、溜息をついた。


「やっぱこの町はおかしいよね。ボクにお咎めなしだなんて、さすがにひくよ」

「結局、移民船しか実害はなかったみたいだし、いいんじゃない?」

「……その性格なら、君もここでうまくやっていると思うよ」

「そうかな?」 

「うん。そうだ、お礼にジェラートを奢らせてよ」

「やった! ありがとう、ユーコさん!」

「ユーコ」


 差し出された右手を、私は握り返す。爆発しないよう、気をつけながら。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

爆弾少女 ~Beyond the Dead End~ 埴輪 @haniwa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説