第203話:ヒヒハロカロエの謎
ワタクシ達は撤収作業が進む中、真剣にキリトを探しました。
それなりに規模の大きなイベントだったのもあり、まだ人がごった返していて簡単には見つかりそうにありません。
しかし、そこで有力な手掛かりを得ることができました。
「うん。透明な鞄に入ったクマーマンがトラックに乗ってたよ」
「あれって、クマーマンだよね!」
会場に来ていた子どもたちがたまたまトラックに乗せられるキリトらしき姿を見たらしいのです。
「あの……そのトラックはどんなトラックでしたか?」
「えーっと、白色のトラック!」
「ナンバーとかどこの会社のとか、そういうのはわからないですか?」
子どもたちもさすがにそれは覚えてないらしく、困った顔をしました。
「えーっと、どんな小さなことでもいいんだ。何か覚えていることはないかな?」
アレクが優しい声音で訊ねると、一人の子どもが奇妙なことを言いました。
「ヒヒハロカロエ」
「ヒヒハロカロエ?」
「うん。ヒヒハロカロエってトラックの後ろに書いてあった」
その言葉に他の子どもも、そういえばそうだったと同意します。
「ヒヒハロカロエ……なんだろうな?」
聞き覚えのない単語で、スマホで検索しても当然何もでてきませんでした。
「らくがきか何かですかね……?」
「そうかも。しかし下手くそな字だったよなぁ。テストだったら先生が×つけると思う」
「どんな下手くそな字だったんだ?」
「うーんとね、文字が細かったり太かったりしてた」
それを聞いたワタクシは、ふと思いついたことがありました。
「すみません、具体的にどういう風に書かれていたのか思い出せますか?」
ワタクシは子どもたちから聞き出した通りに文字を書いて、確信しました。
「これはヒヒハロカロエではなく比八口加工(ひやぐちかこう)と読むのではないでしょうか? おそらく正式名称は比八口加工産業とか、比八口加工株式会社とかそういったものではないかと」
まだイベントの熱気にあてられて興奮冷めやらぬ子どもたちにお礼を言って、ワタクシ達は早速スマホで検索してみました。
すると本当に比八口加工株式会社があったのです。
すぐに電話で問い合わせすると従業員が早速調べてくれてキリトは無事に見つかりました。
どうやら彼は会場内でおとなしく普通のテディベアのふりが出来ていたようです。
「今すぐ受け取りにいきますので、そのまま保管しておいてください!」
ワタクシ達は急いでキリトを迎えに行きました。
向こうで詳しい経緯を聞いたところ、この会社もイベントに出店していて、キリトのことを自社のブースで展示販売していたクマーマンの人形の予備だと思って一緒に回収してしまったのが原因だったようでした。
ワタクシ達が迎えに来るの待っている間、キリトはかなり不安だったのでしょう。
それまではおとなしくしていましたが、無事に家に連れて帰った瞬間、キリトは堰を切ったように話し始めました。
「アレク氏が荷物整理している間に、急に知らない人にトラックに乗せられたであります! スマホもないから連絡もできなくて、もう家に戻れないかと思ったであります!」
「そうか、大変だったな」
「まったく。ワタクシの言うことを聞かないからこんなことになるんです」
思わず文句を言うと、アレクがワタクシにも聞こえるような声でキリトに耳打ちします。
「ジェルはあぁ言ってるけど、自分が酷いこと言ったからキリトが家出したんじゃないかって心配してたし一生懸命探してたぞ」
「ちょっと、アレク!」
「ジェル氏」
「はい?」
「探してくれてありがとうであります」
「……無事でよかったです」
――まだ付き合いこそ短いですが、キリトも我が家の一員なんですから急に居なくなられたら寂しいじゃないですか。
でもそんなことを伝えると、キリトは調子にのるに違いありません。
だからワタクシはそんな思いを心にしまって、紅茶を淹れにその場を離れたのでした。
それは非売品です!~残念イケメン兄弟と不思議な店~ 白井銀歌 @ginkasirai
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