season4
第202話:キリト失踪事件
それは梅雨の時期のわずかな晴れ間の出来事でした。
「よし、これでスーパーエクセレントパン男ロボが9凸(とつ)だ! あと1体だぞ」
「アレク氏、ガチャ石がもう無いでありますよ」
兄のアレクサンドルとテディベアのキリトは、それぞれスマホを見ながら二人で盛り上がっています。
どうやらスマホゲームをしているようなのですが、何を言ってるんでしょうか。
「このゲームな、同じキャラクターをガチャで引いて合体させて強化する仕組みなんだよ。何体重ねて強化したかを凸って呼んでるんだ」
「9凸ってことは9体同じキャラクターを引いて、合体させたってことですか?」
「そういうこと」
「そんなに同じキャラクターが何体も引けるもんなんですか?」
ワタクシの疑問に対し、アレクは片方の眉をキュッとあげて得意げな顔をします。
「そこはまぁ、お兄ちゃんのリアルラックの良さと課金パワーで何とかする感じだよなぁ」
「課金パワー……?」
「要はリアルマネーをつぎ込んでいるでありますよ」
そんなことにお金をつぎ込むなんて勿体ないなぁと思うのですが、彼らはそれが当たり前と認識しているようでした。
「オタクたる者、好きなコンテンツには出来る範囲で金を落とさないとな」
「アレク氏の言う通りであります! 我々の課金がこのゲームを存続させているであります!」
我々って……キリトはアレクからお小遣いをもらってゲームをしているのですから、実質アレクの課金だと思いますけどねぇ。
「お、リアルイベント開催のお知らせだってさ!」
アレクが弾んだ声でスマホを覗き込みました。どうやら近くのイベントホールでそのゲームのユーザーに向けた展示会があるようです。
「限定グッズ販売に……会場に来た人限定で好きなキャラクター1体もらえますだってさ! これで完凸できるぞ!」
「アレク氏! 小生も連れて行ってほしいであります! クマーマンが欲しいであります!」
キリトが反応したので、ワタクシは即座に反対しました。
「ダメですよ。あなたの中身はオタク幽霊でも、見た目はテディベアなんですよ? もし会場でうっかりはしゃいだりしたら騒ぎになります」
「じゃあ動かずじっと黙ってたらいいでありますか?」
「でも人ごみで汚れたらテディベアとしての価値が――」
「またそれでありますか⁉ 結局ジェル氏はお金のことしか頭に無いであります!」
「当然です! 自分の資産を心配して何が悪いんですか?」
「いやいや、そのボディを買った金は元々キリトが憑りついてた人形を売り飛ばして得た金じゃねぇか」
「だったらこの体は小生のものであります! ジェル氏にどうこう言われる筋合いはないであります!」
「だったら好きになさい! キリトがどうなってもワタクシは知りませんから!」
そこまできつく言うつもりは無かったのに、ついヒートアップしてケンカになってしまいました。
そしてワタクシはその言葉を後悔することになるのです。
イベント当日、キリトはアレクのサブバックに入って出かけていきました。
サブバックは中が透明になっていて、中から外が見えるのでそれならキリトも満足でしょう。
ワタクシの言ったことを気にしたのか、バックの中に入っている彼がいたって普通のテディベアのようにおとなしくしていたのが印象的でした。
それから数時間後。急にアレクから電話が入ったのです。
「おい、ジェル大変だ! キリトがいなくなっちまった!」
「えっ⁉」
慌てて会場に駆けつけると、もう展示会は終了していて撤収作業が始まっていました。
「荷物整理している間に気が付いたらサブバックごと居なくなっててさ。キリトのスマホは俺が預かってたから連絡もつかねぇしどうしようかと思って」
「もしかして家出したんですかね……ワタクシがどうなっても知らないなんて酷いことを言ったから」
「それは無いと思う。クマーマンがもらえたから帰ったら一緒にボス戦やろうって約束してたし」
「クマーマン?」
「クマーマンはこのゲームの新キャラでさ、熊のぬいぐるみでキリトによく似てるんだよ。だからキリトが欲しがってたんだけど」
そういえば、開催のお知らせを聞いた時にキリトがそんなことを言っていた気がします。
「とにかく、急いで探しましょう!」
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