第201話:お見合いの理由

「あぁ。俺の弟は君にそっくりなんだよ。お見合い写真を見たときはびっくりしたけど、本当によく似てるなぁ」


 どうやら、アレクのお見合い相手はワタクシにそっくりな人のようです。

 事態を把握したワタクシに、老紳士が椅子を引いて席につくようにうながします。

 逃げ出すわけにもいかず、仕方なくワタクシが席につくと老紳士は「あとはお二人でゆっくりディナーを」と言って去って行きました。


「今日は弟に同席してもらう予定だったんだけど……来ないみたいだ」


 アレクは軽く肩眉を下げて寂しそうに微笑み、シャンパングラスを傾けます。

 仕方ないので調子を合わせて適当にやり過ごすことにしましょう。


「えーっと、その……弟さんはどんな方なんですの?」


「弟はジェルマンって名前なんだけどさ。俺と共同経営しているアンティーク店の店主なんだ」


「あら、素敵ですわね」


「ちょっと性格はキツくて強欲だけど優しくていい奴だよ」


「キツくて強欲は余計です」


「へ? あぁ、そうだな」


 アレクは苦笑しながら「やっぱり似てるなぁ」と独り言をつぶやきます。

 ――そりゃあ似てるでしょうよ、本人なんだから。


「休日はどんな風に過ごしていらっしゃるの?」


「え、あー、そうだなぁ。今は日本の文化……特に漫画カルチャーに興味があって業界の動向をチェックして市場分析をしたりそれに関する文化的な資料を収集したりしているよ」


 ……頑張って高尚な言い回しにしていますが、要は漫画に興味があって常に新刊をチェックして、漫画を買いあさっているだけですね。


「特にパン男ロボというコンテンツは素晴らしいもので……」


「まぁ、すごいですわね~」


 後はクソどうでもいい話なので適当に相槌あいづちをうっておけばいいでしょう。


「――おっと、俺の話ばかりになってしまったな。すまない。ルイーズはどんな休日を過ごしているんだ?」


「えっ、ワタクシですか? えっと……その読書、とか……」


「読書! それはいいな! うちのジェルも本が大好きなんだよ。ぜひ最近読んだ本があれば教えてほしいな」


 ――最近読んだ本なんて魔導書ばかりなんですけど。どう答えたらいいものか。

 視線が空中を彷徨っていると、急に部屋のドアが開いて金髪の女性が男性を連れて入ってきました。


「アレクサンドルさん!」


「うん? あっ、あれ……君は……?」


 その女性は髪型が違うけど、ワタクシになんとなく似た顔をしているように見えます。


「ルイーズです。遅れてごめんなさい」


「君がルイーズ?」


「えぇ。あの、親が無理やりお見合いの席を用意しちゃって。でも私、結婚を前提にお付き合いしている人がいるんです。だから今日はお断りしに来ました」


 そう言ってルイーズと名乗った彼女は隣の男性をアレクに紹介しました。


「そうか……ルイーズは、幸せなんだな」


「えっ、あ、はい。本当にごめんなさい」


「いや、いいんだ。俺も断るつもりだったから」


 驚くルイーズに対し、アレク軽い調子でウインクします。


「君の親御さんには俺からうまいこと言っておくよ」


「ありがとうございます!」


 彼女は婚約者と一緒に深く礼をしました。


「アレク……断るつもりだったんですか」


 ワタクシが思わず漏らした言葉に、視線が集中します。


「あの、アレクサンドルさん。こちらの方は?」


「まさかとは思ったけど……ジェルか?」


 アレクが怪訝な顔でワタクシを見つめました。


「いえ、人違いです! 失礼します!」


 ワタクシは着替えとキリトが入った紙袋を引っ掴んで逃げ出しました。

 そしてすべてのことが判明したのは、翌日のことです。

 帰宅したアレクは帰ってくるなり、呆れた顔でソファーに座りました。


「まさか女装して乗り込んでくるとはお兄ちゃん思わなかったぞ」


「成り行き上、仕方なかったんですよ。ねぇキリト」


 ワタクシがキリトに同意を求めると彼はこくりと頷きました。


「そうであります。成り行きだから無罪であります」


「成り行きねぇ……」


「それにしても、アレク氏のお見合い相手がジェル氏にそっくりで驚いたであります」


「あぁ、キリトは知らないのか。ジェルは母親似なんだよ」


「えっ? アレク、急に何の話ですか?」


「ジェルはルイーズを見て気付かなかったか? 彼女は、俺たちのママンの若い頃にそっくりだったろ?」


 アレクの口から急にママンという言葉が出たことで、古い記憶の中でワタクシ達の母親の顔と彼女の顔が重なりました。


「お見合い写真を見た時は似た顔もあるもんだなと思ったよ。それで気になって調べてみたんだけどさ、彼女の家系を遡ると俺たちの母親の妹に繋がるんだ」


「母親の妹……つまり、あの子はワタクシ達の親族ということですか!」


 アレクはうなづくと、座っていた足を組み替えて遠くを見るような目をします。


「そう。だから会って話してみたかったんだ。直系ではないけどもママンにそっくりな俺たちの子孫にあたる子がどんな風に暮らしているのか、知りたかった」


「どうして早く言ってくれなかったんですか!」


「パリで合流したら言うつもりだったんだよ。でもジェルは来なかったし……いや、まぁ予想外の恰好で来たけど」


「じゃあ結婚は、しないんですね?」


「するわけねぇだろ」


 その言葉を聞いた瞬間、ワタクシがどれほど安心したか。きっとアレクにはわからないでしょう。


「それにしても、なんでジェルはルイーズのふりをしてたんだ?」


「いや、それはもういいじゃないですか」


「よくねぇし! 正直に話せ!」


「あー、ワタクシ、そろそろ開店準備をしに行かないとなのでそれはまた今度ですっ!」


「…………」


 ワタクシ達のやり取りをキリトはやれやれと言いたげに見ていましたが、すぐに興味をなくしたかのように漫画に視線を戻したのでした。

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