第200話:アレクのお見合い

 それは本当に急な話でした。

 海外旅行に出かけている兄のアレクサンドルから電話がかかってきて、意外なことを言われたのです。


「えっ、アレクがお見合いですか⁉」


「あぁ。たまたま知り合いに紹介されたんだけど、ぜひ会ってみたいと思ったんだ」


 スマホ越しに聞こえる彼の声は、心なしかうれしそうでした。


 ワタクシと違ってアレクは社交的で人脈が豊富です。

 それゆえにお見合いの話が無かったわけではないのですが、今まではすぐに断っていたはず。

 だから彼が「ぜひ会ってみたい」と言ったのは前代未聞のことでした。


「それでさ、お見合いの席にはぜひジェルも同席してほしいと思って」


 同席ということはワタクシに紹介したいということなのでしょうか。

 つまりそれって、本気でその人を気に入ったということですよね。


「急な話で悪いんだが明日、現地時間で十九時からだ。ジェルなら転送魔術ですぐ来れるだろ?」


 そういって彼はパリのとある高級レストランを指定しました。

 相手はフランス人なのでしょうか。


「……行きたくないです」


「そんなこと言うなよ。絶対ジェルも会ってよかったって思うはずだからさ。それじゃ、明日待ってるからよろしくな」


 電話はそこで切れました。


「ジェル氏、どうしたでありますか。顔色が悪いでありますよ? アレク氏に何かあったでありますか?」


 同居しているテディベアのキリトが、遊んでいたゲームを放り出してワタクシの顔を見ています。


「お見合い……」


「おみあい?」


「アレクがお見合いするんです!! 結婚するんですよ!!!!」


 ワタクシは爆発したように大声を出してしまいました。


「信じられません! 三百年以上ワタクシ一緒に独身を貫いてきたのに今更ひとりだけリア充になろうなんて!! しかもお見合いでだなんて!! 今までずっと断ってきたのにどうして⁉」


「ジェル氏、落ち着くでありますよ……」


「落ち着いていられますか⁉ アレクがワタクシ達を捨てて他の人と暮らすってことですよ! 優しく美しい完璧なワタクシと暮らしていて何の不満があるって言うんですか⁉」


 電話口では言えなかった心の内を吐き出すと、少しだけ冷静さを取り戻せたように思います。

 しかし、胸の奥にモヤモヤしたものがまだ残っているようななんとも気持ちの悪い感じです。


「相手はどんな人でありますか?」


「わかりません。アレクが気に入るくらいですから、魅力的な人なのでしょうけど……」


「どんな人か見てみたいであります」


「そうですね。同席したくはありませんけども、こっそり見に行くくらいのことはしてもいいかもしれません」


 ――翌朝。

 寝付けないままにベッドから起き上がり、だるさを感じつつもワタクシはキリトを連れてパリに移動しました。


「ジェル氏……大丈夫でありますか?」


「しっ。キリト、あなたはテディベアなんだから話しかけちゃだめですよ」


 ワタクシに抱っこされているキリトに小声で伝えると、彼はおとなしくなりました。

 あとは目的のレストランですが……たしかこの通り沿いにあったはず。

 きょろきょろしていると金で装飾された看板が目に入りました。


「あぁ、ここですね」


 少し時間が早いけど近くで見張っていればいいかな、と思っていたそのとき、ワタクシを呼び止める老紳士の声がしました。


「お嬢様! こんなところにいらっしゃったのですか⁉」


「はい? 何のことでしょうか?」


「お嬢様、服装を変えてもこの爺やの目はごまかせませんぞ! さぁ、行きましょう!」


「いえ、人違いです!」


「いくら気が進まないからって、逃亡は許しませんぞ! さぁ!」


 ワタクシがいくら人違いだと訴えても、この老紳士は聴く耳をもたずにワタクシをレストランの中へと連れていこうとします。


 ここであまり騒ぎになっても困るので、付いて行くことにしました。

 事情はよくわかりませんが、第三者が見れば人違いなのはわかってもらえるでしょうし。


 レストランの中は複数の個室になっていて、ワタクシは控室らしきところに連れて行かれました。


「お嬢様。そちらでお召替えを」


「はぁ……」


 困りましたねぇ。ワタクシは今からアレク達を監視しないといけないのに。


「――ジェル氏、どうするでありますか?」


「とりあえず言うことを聞いておいて、隙をみて逃げ出すことにしましょうかね」


 ワタクシ達は小声で相談して、置いてあった服に着替えたのですが。


「く……どうしてワタクシがこんな格好を……」


 用意されていたのは清楚な雰囲気のワンピースでした。肌の露出が少ないのが救いですが、着慣れないので落ち着きません。


「さすがジェル氏、似合ってるでありますよ」


「誉められてもうれしくないです」


 着替えたワタクシはその場にあった紙袋に元の服とキリトを入れて部屋を出ました。

 このまま逃げ出せるかと思ったのですが、残念ながら先ほどの老紳士が待ち構えています。


「お嬢様! ちょうどアレクサンドル様がお見えになりましたぞ」


「えっ、アレクサンドル⁉」


「何を驚いていらっしゃるのですか。さぁ、あちらですぞ」


 老紳士に連れられて隣の部屋に行くと、そこにはよく見慣れた兄の姿がありました。


 シャツのボタンを外して胸元は開いているのですが、いつもより落ち着いたトーンのスーツを着ています。

 レストランのドレスコードに沿った、お見合いの席らしい恰好ということなのでしょう。


 ワタクシの姿を見た彼は、目を大きく見開きながら立ち上がりました。


「初めまして、ルイーズ。……いやぁ本当に弟にそっくりだなぁ」


「は? ルイーズ? 弟にそっくり?」


「声まで似てる! 姿が似てると声も似るのかなぁ」


 どういうことでしょう。アレクはワタクシを別の人と認識しているようです。

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