2人だけの秘密

@mifune0710

2人だけの秘密

「熱いから気をつけて食べんだよ。」


 勢いよく一口麺を啜った後、僕を見て言うのは僕のばあちゃん。そのいい啜りっぷりを見るのが僕は大好きだった。


 「うん。」


 僕もばあちゃんに続いて勢いよく啜るとちらりとばあちゃんの方を見る。そこでいつも「美味しいか」と聞かれ、僕が「美味しいよ」と答えるとそれからは黙ってひたすら麺を頬ばる。次に僕たちが発する言葉は決まって「ごちそうさま」だった。


 これは私の祖母との思い出。一緒に出かけたり、遊んだり、色んな思い出があるけれど、一番鮮明に覚えているのはこの思い出。祖母と私が家族のみんなに内緒で食べた赤いきつねの思い出。


                ーーーーーーーーーーー


 祖母は赤いきつねが大好きだった。常に買い溜めをしていて、ストックを切らさない。祖母曰く、毎日食べても飽きないらしい。それほどに赤いきつねが好きだった。当然食べ過ぎれば70歳を越えた祖母の体に悪い。その為、赤いきつねは週に1回までと父に制限されていた。それでも食べたかったのか、学校から帰ってきた私とこっそり赤いきつねを食べていた。その当時の私はこっそり美味しいものを2人で内緒で食べようと誘われている気がして嬉しかったが、今思うとあれは私を共犯にしようとしていたのかもしれない。


 「ただいまー。」


 「おかえり。たくちゃん、お腹空いてないかい?」


 たくちゃんは私の愛称だ。


 「お腹すいたー。」


 「じゃあ赤いきつね、一緒に食べっぺ。」


 きつい訛りのあるこの誘い文句と満面の笑みが印象的だった。


 「食べる!」


 お湯を入れると家の外に出て、庭の木の影に椅子を持っていき座る。家の中で食べれば祖父に見つかってしまうからだ。木の影で赤いきつねを一緒に食べた相手は後にも先にも祖母しかいない。これからもずっとそうだと思う。


 「よし、5分たったな。さぁ、食べっぺ。」


 そう言うと祖母はお椀に私の分を取り分け、お椀を渡すと自分は容器を持ってすぐに食べ始める。私と一緒に食べ始めることは考えていない。それほど早く食べたかったのかといつも横目で見ながら思っていた。


 「熱いから気をつけて食べんだよ。」


 「うん。」


 私はいつもその忠告を聞くと慎重に麺に息を吹きかけ、冷ます。そして勢いよく麺を頬ばる。そして祖母を見て「美味しい」と目で訴えかけるのだ。すると祖母は「美味しいか?」と聞いてくるので私は「美味しい」と答える。そこから会話は無い。お互い食べることに夢中になってしまうからだ。

 夕風を浴びながら食べる赤いきつねはいつもより美味しく感じた。「冷たい風にあたるから美味いんだべ。」と祖母は言っていたけれど、きっとそれだけじゃない。祖母と内緒で食べる、そんな背徳感も美味しくしていた1つの要因だったと思う。


                ーーーーーーーーーーー


 中学に入ると帰ってくるのはいつも夕飯時で、祖母と2人で赤いきつねを食べることもなくなっていった。あれからも1人でこっそり食べていたのかは分からない。聞かなかったからだ。中学に入った私は友達と遊んでばかりで家族とのコミュニケーションをあまり取らなくなっていった。そして私が18歳の時、祖母は肺炎で亡くなった。祖母が亡くなった時、もっと話しておけばよかった、もっとたくさん思い出を作っておけばよかったという後悔で頭がいっぱいになった。そんな後悔からか私は今も祖母の月命日に庭の木陰で赤いきつねを食べる。もちろん麺は半分こ。私はお椀で。この時だけは祖母が隣にいると思える。


 「よし、5分たったな。」


 お椀に麺を取り分け、勢いよく食べようとすると祖母の声が聞こえた気がして手が止まる。


 (熱いから気をつけて食べんだよ。)


 「もう、そんな歳じゃないよ。」


 今月も私は勢いよく麺を啜る。心地よい夕風を浴びながら。

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