警察官Aの新しい家族
夏野菜
少女との出会い
多分、誰も興味は無いと思うけれど、ここで俺の過去のことを振り返りたいと思う。
日記というか、備忘録というか、自己満足で書くだけだから、最後まで読んでもらわなくても大丈夫です。
本当に自分の気持ちの整理がしたいだけだから。
とはいえ、日記みたいにあんまり詳しく書くと、個人が特定されてしまうから、詳しくは書けない部分もあるんだけど。
ちなみに、俺は都内の警察署でおまわりさんしてる30代半ばのおっさん。
ちょっと最近、身の周りに変化があったから、それも含めてここで書いていくつもりです。
まずは、2018年1月下旬の夜のことから振り返りたいと思う。
思い出しながら書き出してるから、読みにくかったらごめん。
あの日のことは、今もずっと後悔している。というか、今も夢に出てくる時がある。
都内でもかなり雪が積もってニュースになった日だった。
少しネットで調べれば、細かい日付も出てくると思う。
その日、俺は深夜0時すぎまで、乗用車3台が絡むスリップ事故の交通整理に駆り出されていた。
雪国出身の俺には、今だに信じられないけれど、都心の人って、積雪の経験なんてほとんどないから、車のタイヤをスタッドレスに交換していないんだよね。
だから、少しでも積雪すると驚くほど事故が起きる。
雪のつもった道路に2時間ぐらい突っ立ってたから、俺は足の指の先の感覚がなくなるぐらい冷え切っていた。
交通事故の整理が終わると、俺は先輩とパトカーに乗って一緒に都内の中規模署に戻った。
署に戻ると、部屋のテレビがついていて、「都心でも20センチ超の積雪」みたいなことが、災害の時みたいに画面の端に表示されていた。
外で立ってたから支給されている紺色のブルゾンは、雪でびちょびちょ。
すぐに脱いで、黒い革の手袋と一緒に、ぽいってあいているデスクの上に放り投げた。
まだ体が冷えていたし、小腹も空いたから、一息つこうと思って、お湯を沸かしてコンビニで買った夜食のカップラーメンに注いだ。
その瞬間に、職場の真ん中らへんに置かれた通信端末がピーピーと、けたたましいアラーム音を響かせた。
管内の110番に入電したときの音だった。
俺はバッと立ち上がって、すぐに端末横のパソコンの画面をのぞきこんだ。
「公園に5歳ぐらいの子ども 薄着 周りに親なし」
これって、あんまり知られていないけれど、通報を受けた通信員っていまだに手書きでメモとっているんだよね。
そんで、署に置いてある端末には、通信員のその殴り書きが表示されるんだわ。
どんどん、手書きのメモが書き足されていく。
場所は○○区△△町1丁目、××公園。近所だった。
「あ~ラーメン伸びるわ」とか、正直、結構うんざりした気持ちが顔に出ていたと思う。
顔を上げると、先輩はすでにブルゾンを着なおしていた。
そんで、「ボケッとするな。いくぞ」とか言われたと思う。
俺は先輩にせかされるようにパトカーに乗って、現場に向かった。
通報があったのは、築40年ほどの団地の裏にある小さな公園だった。
テニスコートほどの広さは、雪で灰色に染まってて、外灯に照らされたすべり台が怪しく銀色に光っていた。
俺は赤色灯を点けたままサイレンを消して、パトカーを停車させて外に出た。
ブーツで踏みつけた雪がギュッという音を響かせた。
公園の端に植えられていた枯れたツツジの壁に、女の子はもたれかかるように座っていた。
ピンク色のTシャツに半ズボン姿。
むきだしの腕は青白く、骨に皮を張り付けただけという表現がぴたりと当てはまった。
ぐっしょりと濡れた髪には、フケがたまっていた。
女の子の納豆のような臭いが、夜食を食べそびれた俺の胃をぎゅっと締め付ける。
俺たちは女の子に毛布を掛け、暖房を効かせた車の中に座らせた。
「大丈夫?寒かったでしょ? お父さんとお母さんは?」と聞いた。
その時、助手席にまわった先輩は、俺がカップラーメンに使う予定だった残りのお湯を入れてきた水筒を取り出して、コップに移していた。
「雪がキレイだから見に来たの」と、話す女の子の両手足は小刻みに震えていた。
「お父さんとお母さんはどこ?」と、俺はもう一度聞いた。
女の子は少しためらってから「私、悪いことしちゃったの? お母さんも怒られちゃう?」と不安そうに聞いた。
「大丈夫。おじさんたちはキミが寒そうだからって聞いて、温かくするためにきただけだよ」と返した。
女の子はほっとした顔をみせて、「ご飯を食べ過ぎちゃったの。それで、お母さんが怒って。家に入るなって……」と語り始めた。
(虐待だな……)。
ちょうど目が合った先輩と、心の中で声がそろったように感じた。
無線で本部と連絡を取る先輩の後ろで、コップの中で少し冷めたお湯を口に含んだ女の子の腹が、ぐぅーと鳴った。
警察官Aの新しい家族 夏野菜 @naatsuyasai
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