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「……っと。そんな感じで橋本の吸血衝動は、どうにか石榴と二人の生贄で済むことになった。

 まあ小学生の口に戸は立てられないから、橋本がヴァンパイアだってことは次第にクラスメイトに知れ渡るんだけど、まどかが率先して問題ないってことを説明しまくった。

 どう言った説明をしたのか不明だけど、いつの間にか橋本の抑えきれない吸血衝動を、僕が石榴で救ったって事になってて、いろんな怪談話を持ちかけられるようになって、で、今に至るって感じ」

 僕は思い出話を語り終え、ふうと息を吐き背もたれに全身を預けた。


「吸血衝動って、石榴で抑えられるんか?」

 河鹿の疑問は確かにその通りだった。僕もそれには納得のいく答えを持っていない。

「鬼子母神の石榴の伝承の力でしょうね」と田村さんがこともなげに言うと、河鹿は「ああ、なるほど」と納得した様子だった。僕がピンと来てないことを察し、田村さんは聞こえるように大きな嘆息を吐きながらも、説明をしてくれた。


「鬼子母神……、ハリティーとも呼ばれるわね。

 インド神話は種族が混在していて色々と面倒だけど、まあ神の一人と考えてもらって構わないわ。

 彼女は夫との間に五千とも五万とも言う、とにかく大量の子供がいたの。で、その子供を産むエネルギー充填のため、人間界に降りては人間の子供を攫っては喰らいまくっていた。

 神は人間と違う尺度を持っているので、たいていの神の言動に人々は「そういうものだ」と納得していたのだけど、流石に彼女の行動は目に余ったようね。

 当然、次第に人々は彼女を恐れ他の神々にどうにかしてくれと願い、それを聞いたシッダールタは、彼女が一番可愛がっている末っ子を何処かへ隠してしまう。

 愛しい我が子が消えて、半狂乱になって彼女は我が子を探すも見つからず、七日間探しても見つけられずに悲しみに暮れていた頃、シッダールタが彼女の前に現れ彼女に諭す。

『君には大勢の子供がいる。その中の一人の子供が拐われただけで大きな悲しみだと知っただろう。数人の子供しか持たないものからその子供を拐えば、それがどれほど悲しいことか理解できただろう』と。

 シッダールタの言葉に、彼女は今までの行動を反省し、改心後は安産と子供を守る神となり、彼に仕えたそうよ。

 しかし一度覚えた子供の味を忘れられない。子供の血を求めそうな時は、味の似ているもので我慢しなさいと、渡されたのが石榴だと言われているわね」

「ちな、最後の石榴の伝承は日本だけで発生したオリジナルストーリーらしいで」

「へえ。知らなかった……。ってか伝承の力って、日本が追加したオリジナルストーリーでも効くのか」

「言い伝えがある程度広まれば力を持つようになる。それはあまりにも曖昧だけど、馬鹿にはできない力よね」

 そう言って彼女は紅茶を飲み干す。

 思い出話で長居しすぎたのか、時刻はもう9時を回っている。僕らはそろそろお暇しようと、会計を済ませて店の外に出た。

「それにしても。結局秘密を守れなかったのに、山本って人に始末されずに済んでいるのもすごいわよね」

「ええ……。当然、藤堂さんは怒ってましたが、真情美と摩耶っていう二人の贄を手に入れたってことでチャラにしてもらいました」

「ホンマ、運だけで生きとるような人生やな」

 河鹿の言葉に言い返そうと思ったが、結構的を得た言葉だと思い僕は口をつぐんだ。

「まあ、こんな特別な境遇でも平然と生きているのはある種の才能よね。運だとしても誇って良いとは思うわ」

「それ、褒めてるんですよね……?」

「一応、ね」

 意味深な微笑みをし、田村さんは「じゃ、また」と言ってその場を後にした。河鹿もそれに倣い家路につき、僕も車に乗って自宅へと帰る道を進める。

 今行っている調査が終わったら、久々にみんなに会うのも良いかもしれないな。まどかや中里はしょっちゅう会っているけど、橋本達にはあまり遭遇する機会もない……。

 そういえば、まどかが前に橋本がヴァンパイアコミュニティを立ち上げてたと言う話をしていたな。河鹿が話していた団体名は明らかに日本語表記だったので、少なくとも違うことだけは確かだろう。交流は少なからずあるかもしれないが……。


 コミュニティ名は、何だったっけな。確か、歌うだか賛美だかと言った意味があった気が……。


 ああ、そうだ。思い出したーー。


 Song for V編 了

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