12

 橋本の家に訪問してから数日が経過した頃、中里が大きなビニル袋をぶら下げて学校に登校してきた。

 明らかに学校行事とは関係のない荷物に僕らは興味を持ち、柿川と共に何を持ってきたのか聞くと、中里は「うちの庭で大量に成ってて、お裾分けしにきた!」と言って袋から取り出したのは、赤い玉ねぎ大の球体だった。

 ついでに持ってきたナイフを使い、慣れた手つきで球体をカッティングしていく。しばらくして「はい!」と渡されたそれは、血のように赤い粒々がびっしりと付いている果物……、石榴だった。

「お、ザクロじゃん! やったー!」

 時折自宅でも食べることがあるが、実際に切られる前の果物を見たのは初めてだったので、最初は何だか分からなかったが、正体が石榴だと知ると心が弾む。

 何気に甘酸っぱいあの味は好きだった。他の果物に替えがたいものがある。

 僕の歓声を聞きつけてか、真情美や摩耶、橋本も僕らのところに集まり、中里はそれぞれに切り分けた石榴を配っていった。


 僕も私もとクラスメイトが集まり、大所帯で渡された果実の味、噛み潰した食感を楽しんでいた頃、いつの間にか別クラスから参加していたまどかは「石榴なんて初めて食べた」と初めての食感に意気揚々とはしゃいでいた。


 渡された果実の味に舌鼓を打っていると、トントンと軽く肩を叩かれそちらを向く。振り向くと、驚いた表情の橋本がそこにいて、僕が気づいたことを確認すると、小さい声で耳打ちをした。

「おかしい。いや、別に毒が盛られていると言うわけではないんだが……。これを食べると、普段の吸血欲求が軽減される。何だか少し気分がいい」

「マジで!? なんでだろう。何にせよ良いことだよね?」

 予想外の嬉しい結果に思わず声が大きくなり、耳ざといまどかや真情美たちが「どうしたの?」と僕らの方に向かってきた。

 橋本は「いや、べつに」と軽く流そうとするが、彼の体質の問題が解決したと思いこんだ僕自身、あまり周りが見えていなかった。

「ハッシーの体質の話! でもよかったじゃん。これで人を襲わなくて済むってことでしょ?」

「ちょ! おま……、この馬鹿!」

「人を襲うって、どういうこと? 何でハッシーが人を襲うの?」

「心配しなくても大丈夫! ハッシー、ヴァンパイアだけど、これを食べれば血を飲まなくて済むって話!」

「は?」「あ……」

 言ってから気付いた。これは内緒のことだったと。浮かれてそれどころではなかった僕には、秘密にするべきこととそうじゃないことの判断がいまいち曖昧だった。

 間の悪ことに、僕がそれを発したのはクラス中のざわめきが一瞬静かになる時でもあった。僕の発言は喧騒と喧騒の間にある静寂の中、クラス中に響き渡り一気に注目を集めることとなる。

 話の前後関係を知らないクラスメイトが何事かとこちらを向くが、焦って冷静になれず「あうあう」と口籠る僕の代わりに橋本が「何でもない、ゲームの話」と言って周囲の人の興味を分断させた。

 ほとんどのクラスメイトが「そんな話か」と言った表情で興味を失い元の話に戻る中、中里、柿川、まどか、真情美、摩耶は話の詳細を聞きたそうに僕らを見つめていた。

「はあ……、しょうがないか」

 先に観念したのは橋本の方で、大きなため息をついた後、簡単にことの経緯をまとめみんなに説明した。

 僕の血を舐めて吐いた話は省略していたが、生まれた元からヴァンパイアだった出生の話、吸血衝動が抑えきれなくて、転校して数日後に何名かの血を吸ったこと、その中の一人である柿川に対して謝罪をすると、彼女はため息を吐き「若干キモいけど、まあ許す」と渋々と言った口調で応えていた。


「でもまあ、コレがあれば何とかなるんでしょ?」

 まどかは手に持った石榴を指差しながら橋本に聞く。橋本は小さく頷くも「いつでも手に入れられるものではないと思うから、その時はどうするかだな」と言い表情を暗くした。

「ハッシー、一度に吸う吸血量って多いの?」

 そう質問したのは真情美だった。橋本は軽く首を振る。

「いや、転校直後は吸えなかった期間もあって、久々の吸血で多く吸っちゃったけど、普段はそんなに多くなくて充分。献血とかで取るよりかも少ないと思う」

 橋本がそういうと、真情美と摩耶はお互いに顔を見合わせて軽く頷き、「じゃあさ」と言うと、

「「もし、我慢できなかったら私たちの血を吸っていいよ」」

 二人は前もって示し合わせたかのように、声を揃えて言った。

 突然の申し出に周りにいる全員が固まった。中でも一番驚いたのは申し出をされた橋本だったようで、目をパチクリとさせて二人の顔を見返し、口はあんぐりと開いている。

「お、私も良いよ!」とまどかは追従し、「私はパス。流石に二回も血を吸われたくないし」と柿川は首を横に振る。許すとは言っても、やはり黙って血を吸われれば多少の遺恨はあるのだろう。

「い、いや。流石に二人もいれば充分……。ってか、本当に良いのか?」

 念のためにと聞き返した橋本に、真情美と摩耶は「うん!」と力強く首を縦に振る。

 橋本は軽く顔をほころばせ、「ありがとう」と応えた。


 正直、真情美がどこか遠くに行ってしまうような感じがして、終始胸が締め付けられる思いはしたのだが、まあお互いが幸せそうなので良しとするか……。

 チクチクとする胸の痛みを抱えているこちらの心中など知らないだろう橋本は、僕の顔を見返し「ありがとな」と声をかける。僕はその声に「あ、ああ、うん……」と、何とも曖昧な答えしか出来なかった……。

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